いたちごっこ
「そんなことはないと思うよ。自由主義の世界だって、所詮は競争世界じゃないか。競争に敗れた者は『負け組み』として、最低の人生を歩むことだってある。それを誰が差別だっていうんだ? 実力だって言われるかも知れないけど、実際には親の七光りだったり、自分の実力以上のものを持っている人は、持って生まれた運命を盛っていたりするんだよ。それは誰にも曲げることはできない。そう思うと、それらだって差別と言えるんじゃないか?」
「なるほど、確かに究極ではあるけど、そうかも知れないな」
少し話がまた脱線したようだが、
「ところで、その宇宙人に対して地球防衛軍の参謀が、謙遜からなのか、『君たち宇宙人は』という言葉を使ったんだ。その時、その宇宙人は、『おいおい、君たちだって宇宙人じゃないか』といさめたのが印象的だったんだよ」
「それは謙遜からというよりも、地球人が他の宇宙人とは明らかに違った優秀な人種だという驕りが溢れた言葉になるんだよね。それを当たり前のように使っている地球人は、それこそ傲慢だという話に聞こえて、俺はその言葉が頭に残っているんだ」
と言っていた。
「考えてみれば、地球侵略にやってくる宇宙人というのは、なぜ日本ばかりに来るんだろうね? これは日本人が制作しているから当たり前のことなんだろうけど、それを見ている人は誰も何も言わないというのも面白いよね」
「やはり、人間というのは、自分中心に考える癖を持っているんだろうね」
その話をえりなは思い出していたが、犬や猫のように鳴き声がある動物は、人間には分からない波長で話をしているのではないだろうか。それは一般的に言われていることだし、えりなも依存はない。ただ、それが人間の傲慢さから考えると、それを当たり前のことだとしてそれ以上意識しない。
動物を研究している人は、動物の鳴き声から、何を言っているのか研究しているグループも存在する。
イルカの言葉を研究しているという話はよく聞く。これは昔からのことで、それがなぜかというと、
「イルカは、頭のいい動物で、人間の幼児くらいの知能がある」
と言われているからだという。
要するに、人間に近い高等動物だから、人間になら分かるだろうという発想である。
ただ、イルカの知能がどうしてそんなに高等なのかというのはどうして分かったのかという疑問が浮かんでくる。
その答えとして、
「イルカは、自分たちで信号を出して、会話しながら行動している。その行動パターンが人間に近いから、知能が高いと言えるんだ」
という、どこかの教授の話を聞いたことがあった。
つまりは、言葉のようなものを持っているから知能が高いという発想なのに、知能が高いイルカだから、人間にならその言葉が理解できるかも知れないという思いに繋がっているのだろう。
その考えは一見、間違っていないように思うが、どこかがずれているような気がするえりなだった。
――この考えは、どうも人間の傲慢さを浮き彫りにしたようなものだわ――
と感じた。
そう思うと、前に聞いた宇宙人の話が思い出されて仕方がなく、その時に一緒に思い出すのが、檻の中で走り続けるハツカネズミの姿だった。
えりなは、自分が見ている夢を一度棚上げして、他の人が見ている夢は、
――人間の傲慢さが見せているものではないか?
と考えていた。
どうして自分の夢を棚上げするのかというと、
――私は、夢に対してある程度の考えを持っている。冷静に見ているのが夢だということを理解しているからだ――
だが、この思いこそ中学時代に特撮の話をしていた発想に近いのではないか。
つまりは、えりなほど、人間の中で傲慢な人はいないと言えるかも知れない。それでも、そのことを意識しているとすれば、それはすでに傲慢ではないと言えるのかも知れないと思った。
――これこそ、いたちごっこだわ――
と感じたのだ。
結局は……?
えりなは、それから少しして、再度駅前の喫茶店で、あゆみと会った。
「久しぶり」
約束をしていたわけではないので、そんな口調になったのだが、お互いにそろそろ会いたいと思っていたのか、その言葉には感情が篭っていた。
「最近、忙しかったんですか?」
とえりなが聞くと、
「ええ、えりなさんが心理学を専攻しているということで、私も心理学に興味を持って、心理学の本とかを少し読んでみました」
えりなは、その言葉に感激した。
「まあ、そうだったんですね。私のことを気にしてくれていた証拠だと思うと嬉しいです」
と答えたが、その答えには普通なら嫌味にも聞こえてきそうなのだが、あゆみにはそんな思いはまったくなかった。
それはきっとえりなの言い方が、相手に嫌味を感じさせないほど、自然だったということなのだろう。
「心理学って面白いですよね。最初は難しい本を読んでみようと思ったんですが、結構難しくて、少し別の観点から見てみようと思っていたら、夢について書いてある本が見つかったので、それを少し読んでいました」
何という偶然だろう。
えりなが夢についていろいろと考えている間、あゆみの方でも夢に興味を持っていたなんて、先ほど感じた感激が間違いでなかったことを、えりなは感じていた。
「心理学って難しく考えるから難しくなるんでしょうね。まずは、一つ気になるキーワードを見つけて、それが題材になっている小説などを読むことから始めるというのも、いいかも知れませんね。大学で心理学を専攻していても、教授によっては、難しいテキストを使うわけではなく、小説を題材にした講義を進めてくれる人もいます。そんな時は、他の難しい授業の中で憩いを感じさせるように思えてきて、目の前にオアシスがあるかのように感じることもありますよ」
「大げさですね」
「ええ、確かに大げさかも知れませんけど、心理学自体が大げさな学問だって思うと、納得も行きますよ」
「心理学は大げさな学問なんですね。私などは心理学というと、地味で静かな学問に思えますよ」
とあゆみがいうと、えりなも少しむきになっているのか、
「そうですね。でも、地味で静かなものほど、大げさに感じられるものではないかと思うんですが、あゆみさんは違う考えなんでしょうか?」
「そんなことはないですよ。この感覚の相違は、最初から心理学を専攻しようと思って真面目に向き合っている人と、私のように、興味本位で向き合う人との違いなのかも知れませんね。それに私は心理学に興味を持ったのは、私が研究している電子工学に繋がるところがどこかにあるのではないかと思ったのも事実なんです。そういう意味では、同じ興味を持つにも角度が違えばまったく違ったものが見えてくるものなのかも知れませんね」
というあゆみの横顔には、
――大人のオンナ――
の雰囲気が感じられた。
――この間ここで会ったあゆみとは少し違う――
どこが違うのかハッキリとは分からない。
少なくとも心理学に興味を持って心理学を少し齧ってみた雰囲気があるからなのか、やはり大人を感じさせるという意味で、雰囲気が違っているのだろう。
「夢というのは、すぐに忘れていくものだって私は思っていたんだけど、本当にそうなのかしらね?」