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いたちごっこ

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 しかし、その日はえりなも不思議な夢を見たという意識があることで、あゆみの話をまともに聞ける気がしていた。もっとも、この日えりなが見た夢も、いつもと同じように、目が覚めるにしたがって忘れていってしまったようで、ところどころの記憶はあるものの、断片的で話が繋がることはない。
 普段から、そんな夢を見た時は思い出そうとするエネルギーが無駄なものに感じられ、必要以上に思い出したいと思うことはなかったが、その日は、
――思い出す必要がない――
 というよりも、
――思い出したくない――
 という思いが強く、忘れてしまいたいとまでは思わないまでも、断片的な意識を感じないようにすることで、あんるべく普段と変わらない精神状態でいたいと思うのだった。
 そう思っている時点で、夢が尋常でなかったことは分かっている。分かっているだけに思い出す必要のないことだとして、記憶の奥に封印してしまいたかった。それなのに残ってしまった断片を必要以上に封印しようとすると、まるで藪の中にいるヘビをつつくような真似をしているような気がして、意識しないことが一番だと思うようになっていた。
 えりなはその日、目を覚ますと目の前にある天井が落ちてきそうな錯覚に襲われ、思わず身体が硬直してしまったのを感じた。
――このまま金縛りに遭ってしまうのではないか?
 と感じた。
 以前にも怖い夢を見た時、目を覚ました瞬間、目の前にあった天井が落ちてきそうな錯覚に陥り、避けようとして、金縛りに遭ったのを思い出していた。
 金縛りは痛いものではなかったが、動けないこと自体が恐怖で、
――このままずっと身体を動かすことができないのではないか?
 という思いに駆られた。
 さらに次に感じたのは、自分がまだ夢の中にいて、
――このまま夢から覚めなければどうしよう?
 という思いだった。
 夢から覚めることを許さないために、自分の身体が金縛りに遭っているのだと思っていた。その思いはあながち間違いではないと思っている。金縛りは解けたのだが、どうやって解けたのか自分でも分からない。もし、金縛りが解けるからくりが分かってしまえば、その時点で夢だという意識が働き、夢の世界からそのまま抜けられないという思いを、えりなはかなり高い確率で信じていたのだ。
――まったく信憑性のないことなのに――
 という思いを抱いていたのだ。
 その日がいつだったのか、今では思い出せない、一年前だったのか、一か月前だったのか、下手をすれば、一昨日だったのかも知れないと感じるほどだ。
 しかし、昨日おかしな夢を見たということを、将来になって思い出すことがあるとすれば、それがいつだったのかというのを今回よりももっと曖昧に感じるかも知れないと思った。曖昧というのは時期が曖昧というよりも、夢の内容がもっと曖昧であり、昨日のことであっても、まったく覚えていないという感覚に、現実世界でも陥ることを予感させるものではないかとえりなは感じるのだった。
「まるで老人になってしまったようだわ」
 と、今では想像もできない感覚に陥るかも知れないのに、頭の中では、それを怖いことだとは思っていない。
 なぜなら、それは一過性のもので、ある時期がくれば、元に戻ると思っているからだ。その時期というのも、限りなく近い将来で、そんな根拠のない思いを信じている自分が、おかしく感じられるほどだった。
 えりなは、夢の中に出てきた少年の顔は頭の中に残っていた。あどけない顔の中学生くらいの少年だったはずなのに、今から思えば、かなり難しい話をしていたような気がした。そんなことを考えていると、夢の中で聞いた話が断片的であるが思い出されてくるような気がしていた。
「夢の中の世界の彼と、現実世界の私が入れ替わるような話をしていたような気がするわ」
 というのを思い出した。
 それは目が覚める前の寸前のことだったという意識がある。ただ、それが本当に夢から覚める寸前のことだったのかと言われると、ハッキリと言い切れるものではなかった。
「夢というのは、目が覚める寸前の数秒間で見るものだっていう科学者の研究があるらしいわよ」
 という話を以前に友達から聞いたことがあった。
 それを聞いたのは、まだ中学時代のことで、その友達がSFやオカルト的な話に造詣が深かったのを思い出した。
 その頃のえりなは、そんなオカルト的な話に興味があったわけではないが、話を聞いてあげないと、友達ではいられなくなるという観念から、話を聞いていた。
――ひょっとすると、その頃から自分を他人事のように思うようになったのかも知れないわ――
 と思っていた。
 聞きたくもない話を聞かされるというのは、考えただけでも苦痛でしかない。しかし、その頃のえりなは、それほど苦痛ではなかった。
――彼女が楽しそうに話しているんだから、それでいいじゃない――
 と自分に言い聞かせていたような気がする。
 それが、自分を他人事のように感じることとつながっているという感覚は、その頃にはなかったのだ。
 だが、最近になって、友達の話していたことをよく思い出すようになった。聞いていないつもりでもしっかり聞いていたということになる。つまりは、他人事のように聞いていたとしても、その他人は結局自分であり、もう一人の自分というものを他人として作り上げていただけなのかも知れない。えりなは大学生になる頃から、そんな風に思うようになっていた。
 大学三年生になってから、急に自分だけが置いて行かれているような気がしていた。大学に入学してから、大学生として、勉強よりも友達関係や大学生活という今までにはなかった新しく開けた世界に身を投じることで自分が大きな甘えを感じるようになっていることを自覚しながら、それを悪いことではないと思っていた。
 大学三年生になった頃から、次第にまわりが変わり始めた。勉強しなければいけないという思いと、就職に備える気持ちを持つ人が多くなってきた。当然といえば当然なのだが、えりなには、まだその自覚が備わっていない。きっと、自分を他人事のように思うことが災いして、現実逃避に走ってしまう自分を自覚できないでいたからであろう。
 そんなことを考えていると、最近、よく夢を見るようになっていた。もちろん、目が覚めるとその夢がどんな夢だったのか覚えていないことがほとんどだが、たまに覚えている夢もあった。
 そんな夢に限って、ロクな夢ではない。怖い夢であったり、現実を思い知らされるような夢だったりする。そんな時に感じるのは、
「夢というのは、目が覚める寸前の数秒間で見るものだっていう科学者の研究があるらしいわよ」
 と言っていた友達の話だった。
 そう思うと、自分が夢の中で遭遇している世界というのは、自分の中学時代のシチュエーションがほとんどだったような気がする。
 不思議なことである。
 夢のシチュエーションは確かに中学時代のものであるが、えりな自身は大学三年生の今であった。大学三年生で、もうすぐ就職活動を控えていて、それが終われば卒業を迎える。その後には社会人が待っているという意識が頭の中にある中での、シチュエーションが中学時代だという実に歪んだ世界を形成する夢の中だった。
作品名:いたちごっこ 作家名:森本晃次