いたちごっこ
「あなたは、いったい何が言いたいのかしら?」
「私はあなたに対して、あなたの本当の性格を言いたいと思って出てきました」
「本当の性格?」
「ええ、ひょっとするとあなたにはもうある程度予想がついていることなのかも知れないんですが、そのことをお知らせしたいと思ってですね」
「あなたは。私のことをよく分かっているようだけど、私が何を考えているかということは分からないんですね」
「ええ、それはもちろんです。あなただって、私が分かっているとは本当は思っていないでしょう? こうやって指摘しているのだって、本当は信じたくないと思う自分がいるのも事実で、そのことを早く自分で理解したいと思っているはずです」
ここまでよく分かっているくせに、それでも人の心や何を考えているかということが分からないということは、ある意味ホットした気分になった。万能の神が存在しているのであれば、もし、その神が暴走を始めれば誰が制御するのかと考えると、考えるだけで恐ろしくなる。
「ねえ、私の本当の性格って何なの?」
「それは、あなたがいたちごっこを繰り返す性格だということです。あなたはこの間、ペットショップに立ち寄ってハツカネズミを見ていたでしょう? あの時、あなたはひょっとすると自分とハツカネズミを重ねて見ていたんじゃないですか? 私もあの時、陰から見ていたんですよ。実際には、私はこの世界にはほとんど存在することはできないんですが、あなたが自分の本質に気付きそうな時だけ、現実世界に現れるんです」
「なるほど、だからあなたには私の本質を分かるというわけですね。でも、私とあなたの関係というのはどういう関係なんですか?」
「夢の世界と現実世界というのは、表裏一体の世界なんですよ。どちらかが表にある時は、どちらかが裏になる。しかもそれは個人個人で別々の世界があるということです」
「ということは、夢の世界には対になる人が必ずいるということですか? じゃあ、人口も同じと考えていいんでしょうか?」
「そうですね。鏡に映る世界と似ていると言ってもいいでしょうね。でも、鏡の奥に世界が存在しているわけでないんです。あくまでも鏡の世界は、現実世界の裏を示しているだけで、夢の世界とはまったく関係がありません」
「そうなんですね。それにしても、ためになるというべきなのか、話を聞いているとあなたに引き込まれてしまうようですよ」
「そうでしょう。あなたはさっきの私の話を覚えていませんか? 私があなたの前に現れたということは、あなたと入れ課wる可能性があるということになるんですよ。しかもあなたは私に対して絶対的な優劣を抱いているでしょう?」
――ああ、そうだった――
えりなは、こんな話は信じられないと思いながらも、彼の話を聞いていて、いつの間にか信じてしまっている自分にビックリしていた。
しかも、信じながらも、自分に不利になるような話は聞き流そうという意識を無意識に持っていたようだ。だから、彼がいうさっきの話というのを忘れてしまって話を聞いていたようだ。
「私って、今都合の悪いことを忘れようとしているのかしら?」
「そうじゃない。私の話に共感しながら、少しでも粗を探しているという感じだって私は思っています。でも、実際に私が話している話だてt、本当にすべてが本当のことではないんですよ」
「どういうことですか?」
「さっきも言ったように、現実世界と夢の世界というのは、個人差があるんですよ。だから教科書のように、すべてに当て嵌めて書かれているわけではないということですね」
「じゃあ、この会話や、出来事の一つ一つは何かに記載されているということですか?」
「ええ、現実世界のことも、夢の中でのことも、すべては過去に予言されていて、書物に記載されているんです」
「どうしてあなたはそのことを知っているんですか?」
「知っているのは私だけではありません。夢の中の人間は皆知っています。現実世界の人間だけが、その存在を知らずに生きているんです」
「どうしてですか?」
「差別化なんじゃないですか? 私も詳しいことは知りません」
「それって不公平じゃないんですか?」
「そんなことはありません。夢の世界と現実世界を比べると、絶対的に現実世界の方が強いんです、だから、それを補うために、夢の世界の人間にはいろいろな情報が与えられています。この予言もその一つなんですよ」
「なるほど、だから夢の世界の人は現実世界の人とのかかわりを嫌うんですね。夢から覚めるにしたがって夢の内容を忘れていくというのは、そうやって考えると理屈に合っているような気がしますね」
「ええ、きっとあなたになら分かる気がしました。私があなたとこれから入れ替わるためには、今のあなたに少し私のことを意識したまま夢から覚めてほしいと思っていたんですよ」
「どうしてなんですか? 私とあなたが入れ替わるって、それはどの段階からのことなんですか?」
「それも個人差があるので何とも言えません。実際に入れ替わった人というのもごく少数で、同じ時代であれば、ほとんどいないかも知れませんが、過去にさかのぼれば、そんな人たちはもっとたくさんになるでしょう? 特に過去の世界というのは、人間が殺しあう世界が長く続いたので、それだけでもm入れ替わりが激しかったんじゃないかって私は思っています」
「どれくらいの人がいて、その人の情報ってあるんですか?」
「いいえ、ありません。その情報は未来に残さないようになっているんです。これは現実世界と夢の世界の間での暗黙の了解であり、本当は許されることではないと聞いたことがありました」
「何か怖いわ」
「でも、こうなってしまった以上、入れ替わらないと何が起こるのか、私にも想像がつきません。私もあなたと入れ替わることを決意するまでには時間がかかりましたからね」
と、彼は答えた。
えりなは、本当に、
「キツネにつままれた」
という表現がぴったりに思えるほど、話を聞いていて、何とか他人事のように考えようと思っていた。
しかし、皮肉なことに、こんな時に限って他人事のようになりきれない自分がいる。それを感じると、皮肉なことが忌々しく感じられ、彼の話していたことが、ただの夢であってほしいと思うのだが、その思いは虚しく頭の中に響くだけだった。
彼がいう、
――いたちごっこ――
とはいったいどういうことなのだろう?
そしてその言葉が枕詞のようになったかのように思い出すのはペットショップで見たハツカネズミだった。
えりなは、本当に夢から覚めることができるのか? そんなことを夢の中で考えていたのだった……。
夢への思い
えりながいつ夢から覚めたのか分からなかったが、その日の朝も、最近仲良くなったあゆみといつものように喫茶店でモーニングを食べていた。
以前から夢の話をよくしてくれていたあゆみだったが、話が突飛すぎて、普段はあまり意識することもなく、本当に他人事のように聞くことで、
――ちょっとした面白い話――
という程度で聞き流していた。