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いたちごっこ

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「それは私もありますね。客観的に自分を見てしまうということですよね。そんな時、我に返ることもあるんですが、それまで自分が興奮の極地にあって、我を忘れてしまっているということだったんだってあとになって思うんです」
「客観的に自分を見るわけですね」
「ええ、そうですね」
「でも、私は少し違うんです」
「というと?」
「私が言っているのは、自分を他人事のように見るということです」
「一緒じゃないんですか?」
「違います。客観的に見るというのは、あくまでも、自分を自分として見ているということですよね。そうじゃなくて、本当に他人のように見るんですよ。だから、見ている自分が他人なのかも知れないし、見られている自分が他人なのかも知れない。ひょっとするとどちらも他人なのかも知れないとも思うことがあるくらいです」
 とえりながいうと、
「よく分かりません、私には自分を他人事のように見るなど、想像できないんですよ」
「それはきっと、子供の頃に何かそそうをして、誰かに怒られた時、子供としては、他人事のように考えようと無意識かも知れないけど、すると思うんですよね。大人はそのことを看過して、『あなたが悪いのよ、誰が悪いわけではない』って言って怒られると思うの。それが頭に残ってしまい、奥深く入り込んだトラウマとなって、自分を他人事のように思うのは悪いこととして、無意識にそう思うことをしないようにしているんじゃないですか?」
「そうかも知れません」
「だから、他の人が自分を他人事のように思おうとしている人がいると、嫌悪を感じてしまうんじゃないですか? そういう意味では私も今までに何度もまわりからそう思われていると意識したことがあります。それでも私は他人事のように思うことをやめないと思うんですよ。決していいことではないとは思うんですが、トラウマとして抱えてしまうほど悪いことだとも思えないんですよ」
 というえりなの言葉を聞いて、
「なるほど、そうかも知れません。私はずっと漠然とそのお話を聞いていたんですが、ここまで言われたことを咀嚼すると、何かの結論が生まれてくるような気がするんです。それがどんな形なのか分からないんですが、今までにはない感覚ですね」
「というと?」
「私は、今まで話を聞いていて、最初から漠然としていて、理解できないと思えていたことは、話を聞いたあとでも、理解できることはできなかったんです。それだけ自分の思い込みがあったからなのか、それとも最初から無理だと打て合わなかったのかのどちらかではないかと思うんです」
「私は、その気持ちはよく分かる気がします。しかし、そんな感覚に陥ったことはないんですよ。他人事のように自分を見ているからで、見られている自分はひょっとするとそう感じているのかも知れませんね」
「まるで、幽体離脱のようですね」
 とあゆみがいうと、
「何とも怖い発想ですね」
 とえりなは笑みを浮かべた。
 だが、えりなもそのたとえを聞いて、
――何ともユニークな発想だ――
 と感じた。
 ユニークというのは、面白いという意にではなく、
――唯一の、単一の――
 という意味のユニークであった。
 確かに幽体離脱という発想は面白い。ただ、他人事のように感じているえりなの発想とは相容れるものではないように思えた。
「心理学というものを勉強してみたくなりましたね」
 というあゆみの言葉を聞いて、
――私は、心理学を勉強したからこういう性格になったわけではないと思っていたけど、彼女と話をしていると、こういう性格だから、心理学を専攻しようと思ったのかも知れない――
 と、いまさらながら思い知らされた気がした。
 あゆみと話をしていると、この間見た夢を思い出した。普段からあまり人と話をすることのないえりなは、自分でも珍しく、夢の中では饒舌だった。
 しかし、それは夢から覚めて感じたことで、夢の中では饒舌な自分を当たり前のことのように思っていた。普段から人の輪の中にいて、中心ではないが、暗黙の了解のように、えりなの立ち位置は真ん中に近いところにあったという意識である。
 えりなは電車に乗っていた。
 その電車は、満員ではなかったが、座席をゆったりと使って座っている人が多いので、自分が入ると、誰かを押しのける形になるので、それが鬱陶しかった。普段から立ちくらみを起こすことが多かったので、なるべくなら席に座ることにしていたえりなにとって、その時は、少し覚悟を要する気がした。
 実際に窓際に立って、車窓から流れる風景を見ていると、普段とは違った光景が見えてきたことに気付いた。
「あれ?」
 えりなが住んでいるところは大学が密集しているほどの場所で、近くには高級住宅街などもあり、都会へのベッドタウンとして発展していた。決して田舎ではないと思っているし、田んぼなどが見えるような場所ではなかったはずだ。
 最初車窓を眺めていて、田んぼがあることを意識してはいたが、それが変だとは思っていなかった。急に我に返って、
――田んぼが見えるなんて――
 といまさらながらに感じた。
 えりなは、田んぼが見えたことよりも、自分が意識しながらも、それをおかしいと思わなかったことにビックリしていた。
――これって夢なのかしら?
 と、早々と夢であることに気が付いた。
 普段から、おかしなことが起こると、夢だと思うようにしている。そう思うと十中八九夢である。また、夢でなければおかしいと夢から覚めて思うのも当たり前のことで、ちょっとした普段と違うことであっても、
――これは夢なんだ――
 と思うようになっていた。
 田んぼが見えてからすぐ、電車は減速をはじめ、まもなく駅に到着した。
 その駅は、いつもと変わらず、都会の中にある駅で、さっきの田んぼの光景が何だったのかと思わせた。この駅では乗ってくる人はあまりおらず、降りる人の方が多かった。そのおかげで、座席はほとんど空いてきていて、えりなも席に座ることができた。
 えりなの正面に、一人の少年が据わっていた。彼は学生服を着ていたので、中学生か高校生だろう。成長期特有のニキビが顔には表れていて、えりなはなるべく彼の顔を見ないようにしようと意識していた。
 この意識が普段よりも強かったのか、それとも彼が聡いたちなのか、えりなの視線に気が付いたようだ。彼はえりなを見つめていて、ニッコリと笑った。
「こんにちは」
 と、言って、彼は顔に浮かんだニキビの印象とは裏腹に、あどけない表情を見せると、立ち上がって、えりなの隣に腰かけた。
「こんにちは」
 普段のえりななら、完全に無視を決め込んでいたに違いないが、その時のえりなは違っていた。
 彼に対する返事には、引きつった顔がついてきたはずなのに、彼は人懐っこそうな顔を変えることもなく、笑顔を振りまいている。
「えりなさんは、今おかえりですか?」
 と彼はふいにえりなの名前を呼んだ。
「えっ? どうして私の名前をご存じなんですか?」
 というと、
「えりなさんのことはこの世界の人は誰でも知っていますよ」
 と答えた。
――やはり夢なんだ――
 という意識がなければ、信じられないという思いが強く、戸惑ってしまっていたことだろう。
作品名:いたちごっこ 作家名:森本晃次