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いたちごっこ

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「だから、いつかは壁にぶつかることがあると思うんですが、その時にどう感じるかだと思うんですよ。自分のやりたいことの中でぶつかる壁なので、我慢できると思うのか、それともやりたいことの中で生まれた障害だからこそ、予期せぬできごとであり、その時、頭が混乱して、どうしていいのか分からなくなるのかの、どちらからだと思うんですよ。人それぞれ、その人の性格なんでしょうが、あなたの場合はどうなんでしょうね?」
 それを聞いたあゆみは、少し考え込んでしまった。
 少し顔が引きつっているようにも思えたが、これはあゆみが自分のやりたいことを続けていると感じている以上、遅かれ早かれ訪れる問題のような気がした。
 しかし、それを仲良くなりつつあるとはいえ、初対面の相手にいきなりぶつけるというのはどうなのだろう? えりな自身も、最初からそんなつもりなど毛頭なかったはずである。
――どうしちゃったんだろう? 私は――
 と、えりなは考えた。
 あゆみを見ていると、そのことに触れないわけにはいかないと思った。あゆみはえりなに対し、興味のあることが面白いのかどうか、どういうつもりで聞いたのか、最初に考えたのだろうか?
 もちろん、その時、自分が皮肉を言われたという意識があったわけではない。皮肉を言われたのであれば、これくらいの話を返すくらいは問題ないと思うが、相手に悪気がなければ、初対面の相手にすることではない。
 それとも、その時のえりなに、
――この人には、言っておかなければいけない――
 とでも感じたというのか、よく分からなかった。
 それよりも、えりなの中で、あゆみが言った言葉の何かに反応し、その言葉が枕詞のようになり、えりなを動かしたのかも知れない。
 もし、そうであれば、えりなが意識してそのことを言ったのではないともいえる。ただ、それを認めてしまうと、自分の中にもう一人の自分がいて、表に出ている自分に関係なく、裏から動かしていたと言える。心理学ではありがちな話だが、やはり現実的ではない。
――それとも、私の中に何かのトラウマがあって、トラウマは普段意識するものではないとすれば、彼女の話の中に、トラウマを思い起こさせるキーワードがあったと考えれば、納得させるに値する発想にもなるのではないだろうか――
 えりなは、自分が頭の中でいろいろな可能性を組み立てているのを感じ、
――面白い――
 と思った。
 ただ、この思いは今感じたことではなく、時々感じているように思えた。無意識にとった自分の行動を、あとから振り返って、いろいろな可能性を考えるというものだ。
 えりなは、それを、
――積み木遊び――
 だと思っていた。
 積み木を組み立てる発想は、彼女のいう、
――何もないところから新たに組み立てる――
 という発想に似ている。
 そういう意味で、えりなはあゆみと気が合うのではないかと思ったのだろう。それなのに、どうしてあゆみに対して皮肉めいたことを口走ってしまったのか、自分でも分からない。
 えりなはそれを後悔しているわけではない。むしろ、口にしなければいけなかったことだとあとから考えても思うのだった。
 しかし、あゆみの雰囲気を見ると、後ろめたさがあった。それは後悔ではなく、罪悪感に近いものだろう。
――言わなければいけないと思ったことを言っただけなのに――
 えりなの中では、やりきれない気持ちになった。
 あゆみもえりなも、お互いに気まずい気持ちになった。だが、ここで会話をやめてしまうとこのまま彼女とは終わってしまうように思えた。まだ始まっていないと言われれば、そうなのかも知れないが、えりなとしては、
――始まってもいないのに、終わるというのはおかしなものだ――
 という矛盾を含んだ不思議な感覚に襲われていた。
 会話を何とか修復しようと思っていたが、すぐには言葉が浮かんでこない。すると、あゆみの方から言葉が発せられた。
「えりなさんは、失恋したことありますか?」
 と、言ってきたあゆみに対して、えりなはどう答えていいのか、躊躇した。
「ええ、ありますよ」
 というと、
「失恋って、その時は本当につらいものですよね。私の場合は、楽しかった頃のことが思い出されて、やりきれない気持ちになるんですよ」
「そうかも知れませんね。私はそこまでたくさんの思い出ができるほどの恋愛をしたことがないので、よく分からないんですが」
「それは、羨ましいというべきなのか、私にはよく分からないけど、失恋というのは、自分がフラれる場合は、必ず青天の霹靂ですよね。兆候を感じていても、それでも修復を考えていれば、まだまだ恋愛期間には変わりはないからですね。つまり、昨日までは楽しかった思い出に包まれている自分の足元が急に開けて、気が付けば奈落の底に叩き落とされているわけですよ。そんな自分を私は認められないというか、存在自体納得がいかないような不思議な感覚に襲われるんです。そして考えることは、『何が悪かったんだろう?』という思いですね。別れることになったすべての理由は自分にあるという思いに駆られるんですよ」
「そうかも知れませんね」
 えりなは、よく分からないという思いがあったので、曖昧にしか答えることができなかった。
 あゆみは、さらに続ける。
「すべての非が自分にあると思っているくせに、相手に罵倒されたりすると、たまに反抗してしまうこともあるんですよ。ほとんどは、相手のいいなりになっていることが多いんですが、反抗する時というのは、不思議な感覚に襲われているんです」
「というと?」
「もしここで反抗してしまわないと、このあと絶対に後悔すると思うんですよ。このまま言いなりになってしまうと、なし崩しに別れを既成事実のようにされてしまい、すべての非を私に押し付けられたまま終わってしまう。さすがにそれには納得がいきませんからね」
 少しあゆみは興奮しているようだった。
「それはそうですよね。私でも同じことを考えてしまうでしょうね」
 あゆみのつもりになって考えると、十分納得のいく考えだった。
 ただ、興奮しているあゆみを見ていると、それに反して次第に冷静になってくる自分をえりなは感じていた。それは、自分を他人事のように見ている自分に似ているようで、
――こんな時にも、他人事の自分を感じるんだわ――
 と、普段と違う心境から入り込んでしまった他人事を感じる自分に、陶酔する気分になりかかっていた。
「あゆみさんは、自分が納得いかないことには、徹底的に反抗するタイプなのかしら?」
 というと、
「そんなことはないと思うんですが、納得のいかないことを認めるような考えは私の中にはないと思っています」
「それは私も同じなんですが、その時にどう感じるかで、その人の性格、つまり表に出る感情が分かるというものかも知れませんね」
 と、えりなは言った。
「どういうことですか?」
「私の場合は、納得のいかないことがあると、自分を他人事のように感じている時がほとんどなんです。もっとも、自分を他人事のように感じるのは今に始まったことではなく、ずっと以前、子供の頃から感じていたことのように思えるんですよ」
作品名:いたちごっこ 作家名:森本晃次