小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集38(過去作品)

INDEX|18ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

「当たり前のことを当たり前にしているだけなんだけどね」
 と苦笑いするが、
「それができなくて困っているんじゃないか」
 としか答えることのできない有田は、自分で自分が情けない。そういう意味でも真田という男性に男性っぽさを感じるのだ。
 そんな真田が相談?
 信じられないことだった。大学時代にじっと有田の話を聞いてくれて、最後に目からウロコの落ちるような適切なアドバイスを送ってくれたのは真田だったのだ。
 真田のいいところは、聞き上手なところでもあった。
 人の話の腰を折ることなく、相手に最後まで話をさせる。当然のことなのだが、話を最後まで聞かなければ適切なアドバイスもできないはずだ。それが分かっていて途中で話の腰を折ってしまうのは、話を最後まで聞いていては、頭の中で整理できないからだろう。途中で何度も確認しながらでないと話が理解できないのが、普通の人なのだろう。
 実際に有田もそうだった。特に頭の中を整理するのが苦手な有田は、すぐに相手に確認したくなるのだ。
 それにしても真田から
「会わせたい人がいる」
 と言われて、それが女性だとピンと来たところがすごいかも知れない。
 しかしよく考えてみれば、今まで真田からあらたまって話をしたいと言ってきたり、いつも一人が似合っていたやつが会わせたいというのだから、今まで想像のつかなかった相手だということで、女性だと思っても何の不思議もないことだ。
 しばらくすると、部屋の呼び鈴がなり、真田が待っていましたとばかりに立ち上がった。
「こんにちは」
 玄関先から聞こえてきた声は少し高めの擦れ気味の声で、スリムで背の高い女性を思い浮かべたのは、今までの有田の勘だった。
 おもむろに振り向いてその姿を見ると、少し薄暗い玄関先に真っ白なワンピースがまるでシルエットのように映し出された女性が立っていた。まさしく、有田の想像通りのスリムで背の高い女性だったことに、一瞬心の中で、
――思ったとおりだ――
 と叫んで一人ほくそ笑んでしまっていた。その表情を真田にも彼女にも気付かれるようなことはないはずだ。
 二人が有田の面前に仲良く座った。お互いにテレを隠せないその表情は、すでに二人の間に他の人には入り込むことのできない空気を作り出せる力があることを示しているようだ。
 見れば見るほどお似合いの二人、次に出てくる言葉は分かるような気がした。
「彼女は田崎由美さん。三ヶ月ほど前に知り合って、それからお付き合いをしているんだけど、今まで誰にも紹介したことがなかったんだ。別にお互いに誰に隠しているというわけでもなかったんだけど、正式に紹介する相手というのもいなくてね。それで、彼女と話して誰かいないかということになって、思い出したのが有田、君だったんだ」
 すでに婚約でもしていて不思議のない雰囲気だが、見ていてお互いに一歩先に踏み出すことが苦手に見える。よく言えば控えめなのだが、お互いに恋愛経験が乏しいのが原因に違いない。
 女性である由美さんは問題ないのだが、男性である真田が控えめでは、お互いの気持ちが固まっても、そこからの進展はなかなか難しいものがあるだろう。
 真田の表情も今までに見たことのないものなので、興味深く見ていたが、由美さんは初対面ということで、どうしても相手を見ようと少し鋭い視線を送っていた。それに気付いたのだろうか、一瞬たじろいだように見えて、モジモジし始めているその姿はいじらしく感じる。
――もし真田が知り合っていなければ、自分が知り合いたかったな――
 と思えるほどである。
 だが、最初の印象というよりも、見ているうちに徐々に気になってくるのが由美という女性である。果たして普通に気になる相手として知り合うことができるだろうか、それが疑問である。
 元々あまり一目惚れをしてから付き合う方ではなかった。一目惚れをしないタイプだと有田自身が感じているくらいで、人を好きになる時、身近にいてもしばらくは相手のことが気にならなかったことが多い。
 有田は気が多い方だった。一人の人が決まるまでは、結構いろいろまわりの女性を見ている。皆同じ視線で見ているのだが、ある日目線が違う相手に気付く時がある。
――今が恋をした時なのだ――
 それが人を好きになり始める瞬間である。
 そういう自覚をできるようになったのも、実は大学時代に真田と話をしていた時からだった。その時に真田がどういう気持ちで聞いていたか分からない。きっと経験のないことだからある程度他人事として聞いていたことだろう。
 他人事として聞いてくれているから、話していても自分を顧みながら話をできる。そして、話しながら気付くことも多いはずだ。そしてある程度は成し終わったあとに、真田が貴重な意見をしてくれる。それが有田にとってどれだけありがたかったか。これだけのことが揃って、有田は自分のことを顧みることができるのだった。
 由美さんを見ていて、
――以前に会ったことがあったかな――
 と思えるのは気のせいだろうか。たくさんの女性を見てきたつもりだが、あまり記憶することが苦手な有田には、人の顔を覚えることは最大の苦手だった。仕事の上でもプライベートでも、一番のネックだと思っている。とにかく物忘れの激しさは自分でもどうすることもできないでいた。
 だが、時々どうかすると、思い出せそうなことがある。完全に忘れてしまうのではないのだろう。
――記憶の奥に封印されているのだが、それを開けるのに必要な鍵をなかなか見つけることができない――
 と思うのも、自分の中で整理できないことが多いからに違いない。時々でも思い出せるのはその鍵を引き出しから出すタイミングを自分の中で知らず知らずに図っているからではないだろうか。鍵を開ける時に毎回感じることだった。
 その日も鍵の存在に気がついた。開く音が頭の中でこだまする。
「ガチャ」
 そこから出てきたものは、由美さんの顔だったのだが、どこかが違う。一番の理由は、由美さんがすでに真田のものになっているということだった。
 有田は人のものを取るのを極端に嫌う性格だ。特に女性に対してはその感情は強く、いくら好きになった人であっても、その人に彼氏がいたりすれば、気持ちはすぐに萎えてしまう。
――本当に好きだと思ったのか――
 と疑いたくなるほどの気持ちの変貌に、最初は戸惑ったものだ。
 好きになった女性は数知れず、その中で果たしてどれだけ自分の心の中に残ったことだろう。きっと相手がいるというだけで忘れ去ってしまった女性もかなりいるに違いない。由美さんを見ていて、彼女に似た女性もその中の一人だったように思えてならない。
――これだけ魅力的な女性だ。彼氏がいても不思議はない――
 由美さんの場合、相手が真田だということで少し違和感があったが、それを除けばどこに出しても恥ずかしくない素敵な女性である。
――今目の前にいる由美さんも、彼がいるという理由で忘れることになるのだろうか――
作品名:短編集38(過去作品) 作家名:森本晃次