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記憶の中の墓地

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 父親なのに、ここまで言うかとも思ったが、それも自分だったら同じことを言うかも知れないと思えば、分からなくもなかった。
「これがお母さん……」
 赤ん坊の自分を腕に抱いて、カメラ目線を作っている。それは自分というよりも、子供を引き立てさせようという気持ちの表れに見えて、新鮮な気がした。自分や父親とはまったく違った性格の人で、一番「まとも」な性格の人ではないかという思いに駆られるに十分な写真だった。
「本当に優しそうな顔をしているな」
 と正則が言うと、父親は苦笑を浮かべ、それ以上、その写真の母親について語る気はないようだった。
 正規は自分と父親を決してまともな人間だとは思っていない。
「他の人と同じでは嫌だ」
 と思っているのは、いい意味でも悪い意味でも父親からの遺伝だと思っている。
――いや、そんな父親が選んだのだから、母親も同じような性格なのかも知れない――
 と感じていた。
 それだけにいまだに見たことのなかった母親に対してイメージは湧いてこなかった。まさかこんなにまともに見えるような女性だったとは想像もしていなかったのだ。
 正則は母親の写真を見て安心したわけではなかった。複雑な思いが頭の中を巡った。
――どうしてこんな普通の女性が、父親のような変人と結婚したのだろう?
 正則も父親のような性格を受け継いでいることで、他の人から変人と思われているかも知れないということは想像がついた。それだけに、
――俺は普通に結婚なんかできないんだ――
 と勝手に思い込んでいたのだ。
 それならそれでもいいような気がしていた。もし、誰かを好きになって結婚したとして、すぐに離婚してしまうようなら、どんなショックが待ち構えているのか分からないと思った。
 だから余計に、
「他の人と同じでは嫌だ」
 と強く思っているのかも知れない。
 他の人と同じような平凡な家庭など、自分には無縁でそれでよかった。
 むしろ結婚など煩わしいだけではないか、中学生にもなると、そろそろ異性が気になる時期に差し掛かっていて、いくら人と同じでは嫌だと思っている正則であっても、欲望には勝てなかった。
「恋愛をしてみたい」
 という思いと、
「エッチなことをしてみたい」
 という思い、どちらもあった。正則には恋愛よりもエッチなことをしてみたいと思う方が圧倒的に強かった。
「理屈じゃないんだ」
 という思うことで、それが本能から来るものだということをハッキリと認識したわけではなかったが、しばらくして感じたことに対しての結論をすでにその時に感じていたということを理解した。
 本能という言葉、正則は嫌いではなかった。むしろ、思春期になって意識するっようになり、
「どうしてこんな不思議な気持ちになるんだ?」
 と、異性への感情が高ぶってくることに対しての答えを、その一言が表しているような気がした。
 だが、正則は母親の写真を見せられてから、エッチへの欲望が少し萎えてきていることを感じた。最初はそれがどうしてなのか分からなかったが、何かを理解するということが、きっかけ一つでどんでん返しを食らうような大きな起点になるということを分かった気がした。
「この写真、俺もらっていいかな?」
 きっと、反対されると思ったが、思い切って言ってみた。
「構わんぞ」
 父親は意外にも簡単に写真を正則に手渡した。
「たぶん、お前はそういうだろうと思って、お前に見せたんだ。もし、誰にも渡す気がなければ、この写真を見せたりはしないさ」
 またしても、苦笑した父親だった。
 これまでに写真を見せてくれなかった理由の一つに、自分に見せることで、写真をほしいと言われた時、あげることのできない自分を分かっていたからではないだろうか。もちろん、他にも理由はあるのだろうが、この写真が父親にとって、手放したくない写真だったということは理解できる気がする。
――ということは、父親はこの写真、いや、母親に対して何か吹っ切れたものがあったんだろうか? 逆に今まで吹っ切ることができなかったというのも、父親の性格からすれば考えにくい――
 と正則は考えた。
「ありがとう」
 思わず、正則の口から零れた言葉だった。さすがにそれには父親も驚いていたようで、一瞬だが目をカッと見開いていた。
 今まで親子の間とは言え、感謝の言葉をお互いに口にしたことはなかった。食事の時でも、
「その醤油取って」
 と言って、相手が取ってくれると、普通の人なら、
「ありがとう」
 という言葉を発するのはデフォルトのような気がする。
 それは反射的に口にすることで、無意識の人も多いだろう。しかし、それは、
「他の人」
 のすることであって、自分は他の人とは違うという意識が先にあるのだから、デフォルトで口にするような言葉を口にすることはなかった。
 もっとも、そういう会話というのは、親の教育によって培われるものが大きい。母親のいない家庭で、しかも父親が自分と同じように、
「他の人と同じでは嫌だ」
 と思うような人で、孤独を自分のもののように感じている人に、教育も何もあったものではない。
 学校では、先生から、
「人から何かを言われると、お礼をいうものですよ」
 と言われたこともあったが、
「どうしてなんですか?」
 と、素直な疑問をぶつけると、さすがに相手も困ってしまって、
「だって、相手はあなたのことを思ってしてくれたんだから、相手に対して敬意を表するというのは、当たり前のことなのよ」
 と、それこそ教科書的な答えしか返ってこない。
 正則はため息をついて、
「だから、どうしてそうなるんです? こっちが望んでいないことかも知れないじゃないですか。何でもかんでも礼をいうというのは、相手に誤解を与えることになる場合もあるんじゃないですか?」
 と反論する。
 それに対して、さすがの先生も返答に困ってしまった。
 相手は小学生である。この回答自体、子供とは思えないような的確な反論だった。正規の回答しか用意することのできない先生に、それ以上何もいうことなどできるはずもなかった。
 正則は、そんな
「ませた小学生」
 だったのだが、それも、自分が他の人と同じでは嫌だと思っていることで感じることができる長所だと思っていた。だからこそ、孤独を悪いことだとは思わずに、長所のように思っていた。だが、その時の正則には、
「長所は短所と紙一重」
 という意識はなかった。
 さらに、到底受け入れることのできない相手が一番身近にいるのに、その人が自分と同じ性格であるということをまともに感じることができない自分が、ジレンマに陥っていることに気づき始めていた。
 そんな時、
「何をいまさら」
 と思えるような母親のことを告白した父親。一体何を考えているというのだろう?
「お母さんは生きているの?」
 それだけはハッキリさせておきたかった。
「今はどうか分からないが、お前のお母さんとは死別したわけではない。きっとどこかにいるんじゃないかと思っている」
「じゃあ、お母さんが出て行ったということ?」
「それは、今のお前なら分かるかも知れない」
 と言って、それ以上は話してくれなかった。
 正則は、今の自分が考えられることとして、
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次