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記憶の中の墓地

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 と言って、組織の手下の人から遠目に指を差した相手がいたのを思い出した。それが彼だったのだ。
「こいつはね。どんな性格にもなれるんだよ。しかも、その性格に合わせて雰囲気だけではなく、顔も変えることができる。まじまじと見つめても、性格が変わった時のこの男を見て、同一人物だと気付く人はなかなかいないんだ。だから、女性を落とすなどということはこいつにとっては朝飯前のことなのさ。特に薄幸で感情がマヒした女が相手だと、赤子の手をひねるようなものなのさ」
――やられた――
 彼女は、結局組織を抜けることができなかった。
 その後、彼女がどうなったのか分からなかったが、彼女がいたおかげで、主人公の男性、つまりはどんな性格にもなれるこの男は組織内で出世し、いずれは組長にまで上り詰めるのだが、そこは正則にはまったく興味のないことだった。
 正則が感じたことは、
「やっぱり人間なんか信じちゃいけないんだ」
 という思いだった。
 孤独というのは、煩わしさから完全に解放された自分だけの世界。自分にとって悪いことであるはずはないと思えた。
 正則はその小説は印象に残っていた。それは主人公に対してではなく、彼女に対してだった。
「可哀そうだ」
 という感情があったのは間違いない。
 しかし、それ以上に、
「人間なんか信じるからだ」
 と思うと、苛立ちすら感じられる。彼女を見ていると、その存在が自分に対しての「反面教師」であることに気づかされたのだった。
 もし、この小説を違った感情の時に見ていると、確かに違った角度から見えてくるかも知れない。ただそれは他の人に言えることで、
「俺の場合は、心境の変化などありえるはずはないので、角度が違って見えることはないはずだ」
 と感じていた。
 この小説を読んでいて気になったこの女性、思い入れがなかったといえばウソになる。
「俺はこの女性に、母親を見ているのか?」
 自分の母親は、物心ついた時にはいなかった。最初は、
「お前のお母さんは死んだんだ」
 と聞かされていたが、どうやら違うようだ。
 そんなことは小学生の頃から分かっていた。仏壇に母親の遺影もなければ、墓参りに行くこともほとんどなかった。小さな子供なら不思議に思わないが、小学生でも高学年になれば、不思議に思って当然だ。
 だが、正則はそのことについて父親を追及したことはない。その頃には、母親に対しての感情などまったくなく、母親がいないということを感じてしまうと、孤独が寂しさを呼ぶと分かっていたので、余計なことは考えないようにしていた。
 父親もそのことは分かっていたのだろう。何も聞かない息子に気を遣っている素振りもなく、
――何も聞かれないのは幸いなことだ――
 とでも思っているのか、本当であれば腹も立つことなのだろうが、正則は腹も立たなかった。
 母親がいなくても父親一人で育ててくれているということを分かっているつもりでいるので、必要以上に父親に詰め寄ることをする気はなかったのだ。
 中学二年生になってからしばらくしてから、父親が急に神妙な面持ちで、
「正則、ちょっとこっちに」
 と言って、自分の部屋に招き入れた。
 二人は親子とは言え、プライバシーに関してはある程度徹底していて、あまり干渉することはなかった。他の人の家庭がどうなのか知らない正則は、
――どこもこんなものなのだろう――
 と思っていたので、あまり気にもしていなかった。
 正則が孤独に対して免疫を持っているのは、育った環境が大いに影響していると言っても過言ではない。
 神妙な面持ちではあったが、普段父親と顔を合わせることもないので、普段がどんな表情なのか知らない。
――なるべく人の顔を覗き込まないようにしよう――
 という意識は持っていたが、正則にはそんな意識がなくとも、人の顔を覗き込む気はしなかった。人が何を考えているかなど、正則には関係ないと思っていたからだ。
 だが、この時の父親の面持ちに対して、胸騒ぎのようなものがあった。
 別に怖いと思っているわけではない。人に恐怖を感じたことはなかった正則だったが、不安を感じたことは何度もある。
――恐怖からの不安以外にどんな不安があるというのだろう?
 と、いう思いが強く、それが自分を孤独にしているのかも知れないと思うと、その正体を知りたいと思う反面、知らないでもいいのなら、知らなくてもいいと思うようになっていた。
 正則が父親の部屋に入るのは何年振りだっただろう? 少なくとも中学に入学してからはなかったことだ。もちろん、父親が正則の部屋に入ることもなかった。そして、親子二人が住んでいるこの家には、
「開かずの間」
 と呼ばれる部屋があった。
 もっとも、開かずの間と言っているのは正則が一人で言っているだけで、別にそんな大げさなものではないのかも知れない。
 部屋には鍵が掛かっていて、中に入ることはできない。
「ここは、かつてお母さんが住んでいた部屋なんだ」
 と言っていたが、鍵を持っているのは父親だけなので、父親の許可がなければ入ることはできない。
「俺が時々掃除はしているから、汚くはない」
 と言っていたが、それは本当だろう。父親には潔癖なところがあり、開かずの間として鍵を閉めていても、時々空気を入れ替えるくらいはしていて当然だった。
 ただ、正則にはその部屋の様子はまったく想像がつかない。
 家具は置いてあるのか? それともまったく何もない部屋なのか、父親の性格から考えれば、母親がいた時そのままのような気がする。父親は孤独が嫌いではないが、思い出を大切にするところがあるようだ。それは、同じ孤独を嫌いではない正則には、思い出というものが邪魔でしかないと思っているからであり、根幹が同じ性格なら、枝葉の違いは余計に敏感に感じるものだった。
 物心がついた頃から、母親の存在を忘れている正則だったが、ここまでまったく記憶がないというのも最初は寂しいと思った。しかし、父親の孤独な素振りを見て、どこか頼りなさと情けなさを感じながら、逆に父親に対して、
「もっと、他人とのかかわりを深めればいいのに」
 と考えた時、想像できるのは、まわりの人に対して必要以上な腰の低さだった。
 まわりの人に媚びながら生活をしている父親を想像するのは忍びない。きっと父親に対して、嫌悪感以外何も感じないだろう。
 それに比べて孤独を前面に押し出している姿は、潔さが感じられた。
――これが僕の目指すモノなのかも知れない――
 と正則は感じるようになった。
 人にへつらえて、媚びながら生きていくなど、考えただけでも嗚咽を催してくる。一日たりとも耐えることができないように感じられた。
 そんな父親がプライバシーを大切にするのは当たり前のことだった。正則も父親に対して、かなり気を遣っていた。
 しかし、中学に入った頃から、気を遣うこともなくなってきた。それは、父親が自分に気を遣っていないことに気が付いたからだ。
 会話も最低限のもので、もしこれが夫婦だったら、離婚の危機に違いない。
 お互いの部屋にはそれぞれに生活必需品のようなものが置かれていた。テレビも電気ポットも、電子レンジもそれぞれ置いてある。冷蔵庫まで個人用があるくらいだ。
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次