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記憶の中の墓地

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 いや、彼女は自分が利用されているということくらいは分かっていただろう。それでも構わなかった。それだけ感情がマヒしているからだった。
 彼女がマヒしていたのは感情であって、感覚ではない。むしろ感覚は鋭いものを持っていた。人が気づかないことも気づくのだが、気づいてからその後をどうすればいいのか分からない。
 そんな時に知り合ったのが主人公だった。
 彼は毎日を無為に過ごしていた。そんな彼がある日、お金を拾うことになる。それまでお金に対して執着などまったくないと思っていたはずなのに、そのお金を見た時、彼は豹変してしまう。
 しかし、それは未来の話だった。
 それを彼女は分かっていた。それまで自分に予知能力があるなど想像もしていなかった。もちろん、兆候があったわけではない。唐突に彼の未来が見えたのだ。
――そんな、信じられない――
 感情がマヒしているはずなのに、この感覚は何なのだろう? 彼女は自分の気持ちをっ整理できないでいた。
 それまでに男性を好きになることはおろか、人のことなどどうでもいいと思い続けてきた彼女は、自分が彼のことを好きになったからだと思うようになっていた。
 彼女は目立ちすぎたのか、警察には完全にマークされていた。彼女を利用している連中も、さすがに彼女を利用し続けることが自分たちの墓穴を掘ってしまうことに繋がるのだと思い、次第に彼女を遠ざけるようになる。
 彼女にとって、絶好のタイミグだった。彼を好きになったと思った自分を我に返ってみてみると、いじらしさという感覚が自分の中にあった。
 もちろん、
「いじらしさ」
 などという言葉を知ってはいるが、それがどんなものなのか考えたこともないので、言葉が頭に浮かんでくるということはなかった。
 悪い連中と手を切ることができて、彼のことを気にするようになると、自分の能力が想像以上のものであることに気が付いた。しかし、それは同時に自分に対しての運命のいたずらであることにも気づかされることになるのだ。
 彼がお金を拾うと性格が一変してしまうのは想像がついたが、どちらが本当の彼なのか、その時点では分からなかった。
――自分が好きになったのだから、今の彼に決まっている――
 という思いと、
――今の彼を好きになっただけで、豹変してしまった彼のことを見ようとしない自分もいる――
 とも思った。
 しかし、今までの自分を考えると、まわりに利用されたり、世間的に悪いと言われることでも平気でやってきた自分に道徳観念もなければ、感情がマヒしていたと言えるのではないだろうか。
 いつの間にか、自分から何も考えないようにする感覚が根付いている自分を彼女は悔やんでいた。
「お父さん、お母さん、どうして死んじゃったのよ?」
 そう言って、両親の葬儀の時、墓前に手を合わせ、周囲の涙を誘った光景が瞼の裏によみがえってきた。
――私は、可愛そうな子なんだ――
 当時まだ小学生だった彼女がそう感じたのは無理もないことだった。
 だが、世間はそんなに甘いものではなかったのである。
 初七日が住んで、彼女の身の振り方を親戚で話し合っていた。彼女はおばあさんに連れられてその席には同席できなかったが、
「トイレに行ってきます」
 と言って、部屋を出て、自分のことを話し合っている親戚がいる部屋の近くで聞き耳を立てていたのは、自分の運命を親戚の人たちも一緒に受け入れてくれるものだと信じて疑わなかったからだ。
 それを希望という言葉で感じたわけではなかった。むしろ、
「当然のことなんだわ」
 と、今まで生きてきた中で守られてきたという思いを抱くこともなく、平凡に育ってきた小学生なので、そう感じるのは当然だった。
――それなのに……
「うちは、おばあちゃんも引き取っているんですからね。お兄さん夫婦で何とかしてくださいよ」
 二番目のおじさんの奥さんの甲高い声が聞こえた。すると、一番上のおじさんがその言葉を聞いて、申し訳なさそうに口を開いた。
「うちも、子供が三人もいるんだよ。いっぱいいっぱいだよ」
 というと、さらに二番目のおばさんは、
「義母の時もそう言って私たちに押し付けたでしょう? 今度はそうはいかないわよ。一体どう考えているの?」
 と、またしても声を荒げた。
 すると、一番上のおばさんが落ち着いて、
「厄介者は、困るということよ」
 彼女は、もう聞いていられなくなった。
「押し付けた?」
「厄介者?」
 この二つの言葉で十分だった。
 この時を境に彼女は心を閉ざし、感情がマヒしてしまったのだ。結局引き取り手がおらず施設に入ったのだが、ある意味、施設が彼女にとって一番よかったのかも知れない。もしどちらかの家に引き取られていたら、感情どころか、感覚までもマヒしてしまい、人間の抜け殻になってしまっていたに違いないからだ。
 それからの彼女の転落人生は、語るに足りないものがある。思い出すだけの価値のないものだった。
 そんな彼女が男性を好きになった。信じられないことだが、彼の将来に危険を感じたからだというのは、半分当たっているかも知れない。
 だが、彼女には人との関わり方が分からない。彼は優しいが、何を考えているのか分からないところがある。だからこそ、お金を掴んだことで豹変するのだ。
――この人がお金を拾わないようにしなければいけない。それができるのは私しかいないんだ――
 どうすればいいのか考えた。すると一番いい方法は、彼がお金を拾う寸前に、自分がそのお金をどこかに隠すことだった。
 彼女は、記憶が直近になれば、その場所と時間を特定できた。彼女の計算では、何とか彼よりも先にお金を自分でどこかにやることができると感じた。
「これでうまくいく」
 実際にその場所に行ってみると、確かにお金がそこにはあった。
 何も考えず、まわりを気にすることもなくお金の入ったカバンを取って、必死に逃げた。さすがに警察に届けるわけにはいかず、近くの丘の木の幹のそばに、穴を掘って埋めることにした。
 するとそこに彼の好きになった男性が現れ、
「どうしてここに?」
 と彼女がいうと、
「そのお金どうしたんだい? それは俺のお金だよ」
「えっ?」
 彼女は、男がすでに豹変しているのを感じたが、それと同時にその男性が自分の知っている他の人であることにも気が付いた。
「このお金はヤバいお金でね。普通に取引したのでは、警察の目もある。だから君を利用してここまで運んでもらったのさ。もし君が警察に捕まれば、僕が彼氏のふりをして、君を助けにくる。そして、元々の持ち主にお金を取りに来させて、取引をやり直す手筈さ。一度失敗した取引は、警察に露見させた方が二回目の成功が確実になる。警察には一度調べた場所は捜査の盲点だからね」
「私の予知能力を利用したの?」
「君が予知能力を持っていることは分かっていたのさ。それでこうやって利用させてもらったわけなんだが、どうして組織から簡単に抜けることができたのか、そこまでは考えていなかったようだね」
 彼女の好きになった男性というのは、面識があったわけではないが、
「この組織には結構いろいろな能力を持った人がいるようだよ」
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次