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記憶の中の墓地

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 この時にそう思ったのは、表に出ている正則ではなく、客観的に自分を見ている正則だった。そのことをハッキリと自覚できるというのは、表に出ている正則は、決して人を憎むことのできない性格だということだった。
「汚い部分は、もう一人の自分がすればいいんだ」
 心の声がそう言っているのを、正則は自覚していなかった。しかし、実際には人を憎んだり、蔑んだり、妬んだりするような部分は、明らかにもう一人の自分の仕事だった。
――もう一人の自分は嫌な気分にはならないのだろうか?
 もう一人の自分の存在を意識するようになってから、正則は今まで感じていなかったような露骨な感情を抱くようになった。
 恨み、蔑み、妬み、ハッキリと意識している。しかも、それを自分の中で正当化できているような気がするのだった。
 いくら客観的に見ているもう一人の自分の感情だとはいえ、「他人事」のように思っているのは、逃げではないかと思う。そう思った時、自分が孤独であることを一番自覚していた。
 孤独だからこそ、露骨な感情を抱くことができる。もし、少しでも他の人と感情を通わせてしまっていれば、露骨な感情を抑えなければいけない。孤独であっても、感情を自由に解放できるということは、正則にとって喜びである。
 正則は、麻衣子から連絡をもらった。
「お母さんも、あなたに会ってみたいと言っていましたよ」
「それはありがたい絵のお話などで三人、話が盛り上がればいいですね」
「ええ、母も絵を描いている人といろいろお話してみたいって以前から言っていたので、よかったです」
「お母さん、楽しそうでしたか?」
「ええ、あまり感情を表に出す人ではないので、私もビックリしたんですが、それだけ誰かとお話をしたかったのかも知れませんね。新鮮な気持ちになったんだって思います」
「そういってもらえると嬉しいです」
「三日後、母はパートがお休みなので、その時がいいって言ってますけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「じゃあ、三日後、私と待ち合わせをして、私が正則さんを家に連れていきますね」
「ええ、それがいいです。僕も楽しみですよ」
「よかったです。普段からあまり人と話すことのない母なので、娘としても楽しみなんですよ」
「日頃の募る思いを話してくれればいいので、気楽にいきましょうね」
「ええ」
「じゃあ、三日後ですね」
「はい、その時はよろしくお願いいたします」
 そういって、電話を切った。
 三日というのは、あっという間のようで、なかなか過ぎてくれないこともあった。最初の一日はあっという間に過ぎるのだが、二日目にどんな気分になるかで、三日後があっという間だったのか、それとも結構過ぎてくれなかったと思うのかが決まるのだ。
 正則は、翌日会社の帰りに、この間の境内に立ち寄ってみることにした。なぜ立ち寄ろうと思ったのか分からないが、急に思い立ったかと思うと、あっという間に、行かなければ気が済まないくらいの気分になっていた。
 仕事が終わって夕日を背に浴びながら、前に来た時のように足元の影を気にしていた。長く伸びた影を追いかけるように歩いていると、気が付けば、目の前に赤い鳥居が見えてきているのに気が付いた。
 その日は前の時のように踵を返して後ろを振り向いたりしなかった。前の時は鳥居に最初から気づいていたが、その日は、鳥居というよりも自分の足元から伸びる影を見ながらだったので、鳥居が目の前にあったという印象だった。だが、突然現れたという印象ではない。最初からそこにあるという意識を持って頭を上げたのだ。まだ二回目の来訪なのに、もう何度も訪れているような感覚に、正則は違和感を持っていなかった。
 背中に熱いものを感じた。首筋あたりから、汗が背中を流れているのを感じた。それは一筋ではなく、幾筋もあった。背中を掻きたい気持ちもあったが、そのうち慣れてくるという気持ちが芽生え、そう思うと、意識しなくても気持ちが悪くなくなってきた。
――気の持ちようなんだわ――
 と感じるようになったのだ。
 石段を上がっていると、少し違和感があった。前に上った時と少し違ったからである。最初はどこから来ている感情か分からなかったが、歩いているうちに、なぜか疲れを感じるようになったことで分かってきた。
「以前来た時は、この石段が不規則な段差になっていると思ったのに、今日は、本当の階段のように、規則的な段差になっているんだ」
 と感じたのだ。
 それなのに疲れを感じるのは、もっと楽なはずなのに、思ったよりも足にだるさを感じたからだろう。規則的な階段を上っている時に得てして疲れを感じるのは、動きが同じなので、昇っていくうちに足が重たくなっていくはずであることに気づいていないからではないだろうか。
 特に以前はもっと疲れたはずだった。その思いが意識というよりも身体が覚えていて、意識が身体の記憶を理解していないと、こういうことになるのだ。石段を昇っていくうちに、本当は重たくなっているはずの足を感じていないつもりでいる。それがもどかしさになり、
「理由のない疲れ」
 を引き起こしているのだろう。
 それともう一つ、
「昇っても昇っても、上の鳥居が近づいてこない」
 と感じたこともあった。
 石段を昇り終えたところに境内に向かうための敷石の前に、石でできた鳥居があったのは覚えていた。だから石段を昇る時に目標にするのは上の鳥居だということを最初から意識していた。
 前の時もそうだったが、今回も石段を昇りながら見ているのは、上の鳥居だった。これは前の街にもあった同じような神社の境内に昇る時から一緒だったことだ。
――前の街でも同じ感覚に陥ったことがあった――
 それは、正則にお兄さんから、
「一緒に住まないか?」
 と言われて、今まで住んでいたおじさんたちも、厄介払いができると思ったのか、二つ返事で了承が出て、とんとん拍子に話が進んだ時のことだった。
 もちろん、正則にとっても願ったり叶ったりで、誰もが喜ぶべき、最高の着地点だった。
 正則は、次の日さっそく、境内にお参りに来た。
 実は、いつもここに来て、
「少しでいいので、今よりもマシな生活ができますように」
 とお願いしていた。それが実ったのである。
 しかも、「少しでも」どころではない。最高の形ではないか。自由も手に入れることもでき、嫌な人たちとも別れることができる。やっと人並みの扱いを受けることができ、
「人生これからだ」
 と思った。
 学校で、
「人は皆平等なんだよ」
 などという言葉を先生の口から聞かされて、先生を嫌いになった。
 近所のおばさんたちとの「井戸端会議」で、いかにも正則のことも平等に扱っていると言わんばかりのくせに、口から出てくるほとんどは、自分の子供のことだ。
 おばさんの家では差別待遇を受けていた。
 それを当然のように思っていたのは、そう思うようにまわりから仕向けられていたこともあったが、
――そう思って、何も感じないようにすることが、一番楽だ――
 ということを正則自身分かっていたからだ。
 この感覚には大きな矛盾があった。
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次