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記憶の中の墓地

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――出会うべくして出会った二人――
 と言っていいのではないだろうか。
 二人とも、意識的に近づいたわけではない。
 もっとも、お互いに、
――相手が近づいてきた――
 と思っているだろう。
 その思いは麻衣子の方に強かったかも知れない。しかし、麻衣子の方でも正則のことが決して嫌いだったわけではない。今まで意識していなかっただけで、意識してしまうと、
――思っていたよりも、この人は頭のいい人なのかも知れないわ――
 と感じていた。
 しかし、感情的なものはまったく分からず、冷静なところがあるという意識はあったが、それ以外には何も感じるところのないのが第一印象だったのだ。
 最初にどっちから声を掛けたのか、当然覚えていない。お互いに、
「相手からだった」
 と思っている。
 しかし、意外とそういう中途半端な意識でいる方が、仲良くなれば長続きするのではないかという思いを抱いたのも事実である。二人とも知らないが、その思いを感じたのがほぼ同じ頃だったというのは、どこか運命的なものがあったからに違いない。
 お兄さんと一緒に住んでいる部屋の後ろから伸びる河原への道を発見したのも偶然だった。
 ちょうど一人の男の子がバケツと釣り竿を持って、草むらの中から出てきたからだ。
「どこから出てきたんだ?」
 と思った時、相手はまったく正則に気づいていないはずだった。
 なぜなら、二人の間にかなりの距離があり、正則は意識しているからその少年を見ることができるが、向こうからこっちは、意識していたとしても、本当に見えるかどうかと思うほどであった。向こうの後ろには草むらしかないが、こっちには、生活の息吹を感じることのできるいろいろなものが点在している。その中に点のように人がいても、意識するのはかなりの困難を要するはずだった。
 だが、その少年は正則を意識していたようだ。
 正則からもかろうじてしか見えていないのに、彼は正則に対して熱い視線を浴びせている。この感覚は熱い視線以外の何物でもないという意識、それもやはり子供の頃に感じたものだった。
 大人にじっと睨まれることに敏感だった正則は、相手が分かっていないと思っているだろうと思いながら、相手の視線に対して熱い視線で返すことで、相手がビビッてしまうのを感じ、楽しんでいた時期があった。
 子供の頃は今よりもさらに視力がよく、少々遠くても相手の視線を感じることができた。
 一度、正則が遠くから見つめる方向に二人の男女がいた。
 一人は小柄な女の子で、その子がまだ子供だということはすぐに分かった。
 男の人は大人の人で、その子の顔をまったく見ようともせず、繋いだ手を引っ張るように、自分勝手に先に進んでいた。
 大人と子供の、しかも、子供は女の子である相手の手を引っ張って、大人のペースでも早いくらいに歩いているのだから、女の子はかなり窮屈そうに歩いていた。
 時折、男は無理に女の子の手を引っ張った。明らかに女の子は嫌がっている。
 先しか見ていない男性とは対照的に、女の子は必至で抗うようにまわりを見つめていた。正則の視線は彼女に注がれる。
 その視線に気が付いたのか、それともまわりを見ていて、偶然正則がいることに気がつぃいたのか、彼女の視線は正則を捉えて離さなかった。
「た・す・け・て」
 彼女の唇は確かにそう動いた。
 その表情からも、男を抗う態度からも、そう言っている以外には考えられなかった。
 正則は、どうしていいのか分からない。実際に今から追いかけたとしても、追いつけるものではないし、もし追いついて目の前に現れたとして、自分に何ができるというのか、
「飛んで火にいる夏の虫」
 同然ではないだろうか。
 何もできない自分は、蹂躙される彼女を見ていて、どうすることもできない。このままでは自己嫌悪に陥るばかりだった。
 正則は、妄想するしかなかった。
 男に蹂躙されている彼女の前に颯爽と現れる正義のヒーローである自分。
 特殊スーツに身を包み、悪人をやっつけるのだ。
 マントを翻している姿も凛々しく、仮面をかぶっている。
 素顔でないとせっかくの彼女の気持ちを鷲掴みにできないというのは分かっているが、正義のヒーローは、最初から正体を明かすものではない。
 来るべき時がくれば正体を明かすことになるのだが、ヒーロー戦隊ものというのは、正体を明かしてしまうと、そこで最終回になってしまう。
 自分をいつも助けてくれていたヒーローが実は自分が知っている人で、いつもは頼りない少年だとすれば、それだけでストーリーはいくらでもできる。しかし、正体を明かしてしまうと、話はそこで終わってしまうのだ。ヒーロー戦隊ものとしては、そこで終わりなのだ。
 正則は、
「正体を明かすことはタブーなんだ」
 と、子供心に思っていた。
 その時の女の子を助けることができなかったことで、戦隊ものを想像した正則だったが、結局は自分を納得させるまでには至らなかった。
 しかも、その時の女の子の存在は、今考えればおかしなところが多かった。普通にシチュエーションを想像すれば、それは誘拐であり、立派な犯罪だ。犯罪を見て見ぬふりをしたことになるのだが、本当に目撃したのなら、いくら子供でも、警察に届けるくらいはしたはずだ。
 しかも、もしそれが犯罪に結びつくなら、誘拐事件だったり、失踪事件、下手をすると殺人事件として、狭い田舎町のことなので、話題が駆け抜けるはずだが、まったくそんなものはなかった。
「夢だったんだろうか?」
 そう思うしか、その状況を説明できるはずもなかったのだ。
 その思いが、正則にとってのいつ頃だったのか、今なら分かる気がする。
「自分をいつも助けてくれていた女の子が引っ越していってから、麻衣ちゃんと知り合う前の『孤独』を感じていた頃だったのではないか?」
 と思われる時期だったのだ。
 普通なら、そんなにハッキリと覚えているはずもないのに、どうしてこんなに鮮明に覚えているかというと、麻衣子と一緒にいる時に、似たような経験をしたからだった。その方が後なのに、鮮明に覚えているのは、こちらの方である。時系列よりも、かなり印象に残ったことだったに違いない。
――あれは予知夢だったのか?
 そう思えても仕方のないことだった。
 誘拐された女の子のイメージは、その時は分からなかった。しかし、同じシチュエーションを今度はハッキリと、
「寝ている時に見る夢」
 として見たことで、以前に見たことが夢だったのだと感じた。
 実際に、そんな誘拐事件があったという話はずっと聞いていない。やはり最初に思っていた通り、夢だったのだ。
 しかし、同じ夢を二度も見るというのは、おかしなものだ。
 よほど意識していない限り、一度見た夢をもう一度見るなどということはないだろう。
――いや、夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れてくるものなので、覚えていないだけで、同じ夢を二度見るということは珍しくはないのではないか?
 と感じた。
 それでも、覚えている夢をもう一度見るということはなかったのだ。やはりこの夢は特殊なものであった。
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次