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記憶の中の墓地

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 前に住んでいた街の光景をイメージしていただけに、さすがに少しだけとはいえ都会なだけのことはある。かなり遠くまで家が立ち並んでいて、マンションも目立っていることで、この街が都心部へのベッドタウンであることを示していた。
 この街は、目の前に海が広がっていて、後ろにはそれほど高くはないが、山があった。人が住める範囲は限られているので、どうしても、横に広がるしかないのだ。
 それは分かっているつもりだったが、上から見る光景は、地図で見るのとはかなり違っていた。
――やっぱり、この街に来てよかった――
 と感じた。
 あのまま前の街にいても、自分を殺して生きていかなければいけない。今から思えば、
――なんて、もったいない時間だったんだ――
 と感じた。
「もったいない……」
 そういえば、さっきの彼女ともったいないという会話をしたのを思い出した。
 その時はあまり深くは考えていなかったが、今から思えば、もったいないという言葉が今の心境への前兆のようなものだったのかも知れないと思うと不思議な感覚だった。
――彼女が分かっていたような気がする――
 正則の、
「もったいない」
 という言葉に反応したのも、自分のことだけではなく、正則の語句のどこかに感情が含まれていたからなのかも知れない。そう思うと、正則にとって感情というものを表現する時、いかに自分で意識していないかということを示しているような気がする。
――もしそうなら、今まで結構損をしてきたのかも知れないな――
 と感じた。
 ただこの場合の損というのは、自分にとっての不利益になっていたのかということは分からない。もし不利益になっていたとしても、それは気づいていなければ、何も問題のないことだったはずである。
 遠くを見つめていた時間はあっという間だったはずだ。それなのに、石段に足を掛けて、足元から伸びる石段をどんどん先に視界を移していくと、さっきまでの彼女の姿はどこにも見られなかった。石段を下りてからの道は三つだが、その三つとも結構先まで見渡せるようになっている。それなのに、彼女は忽然と消えてしまっていた。
 神社を下りてからは、どの方向にも民家はなかった。森のようなものが広がっていたり、学校になっていたり、惣菜工場のようなものがあったりと、入り込むところはそんなにはない。本当に忽然と消えてしまったという表現がピッタリだった。
 ここから見える三本の道も、さっき確認した道以外も、ほとんど一直線になっていて、視界から消えることはなかった。どっちの道を通っても、これくらいの時間なら、視界に入るはずの場所を歩いているはずだった。
――僕の思いが通じたのかな?
 彼女が消えてしまったことよりも、見えなくなっていることの方が安心だった。
――これで、もう会うことはないな――
 と感じたからであり、視界から消えてしまったことで彼女に感じた、
――以前にも見かけたことがあるような気がする――
 という思いも、どこかに行ってしまった。
 今までにも初対面の人で、印象が悪いため、
――遭ったのをなかったことにしよう――
 と思いたいのに、どうしても意識の中に残ってしまって、しばらく残像を消すことができなかったことがあったが、今回はそんなこともなさそうだ。
 綺麗サッパリ忘れ去ってしまうことが今回できれば、これからも忘れたいと思う相手を忘れることができるような気がするのだった。
 その女性の後姿はおろか、どんな雰囲気の女性だったかということまで、石段を下り終わってしまう頃にはすっかり意識の中から消えていた。
――不思議な女性に出会った――
 という意識があるだけで、彼女の何を不思議に感じたのかということすら忘れている。しかし、
「絵を描いていたということ」
 そして、
「左右対称」
 という二つがキーワードとなって頭の中に残った。
 その二つがどういう意味を持つのかということが分かるわけではない。だから不思議な女性としての認識しかないのだ。
――たったこれだけの短期間で簡単に忘れてしまうというのは、まるで夢でも見ていたかのようだわ――
 と感じた。
 この日のことは、次の日になると、
――夢だったんだ――
 という意識を持つことで、自分を何とか納得させた正則だったのだ……。

                 第三章 麻衣子との出会い

 正則は、高校生になってから部活をするわけでもなく、学校が終わったら、まず部屋に帰ってきていた。ちなみに小高い丘の上にある神社は、通学路とは少し離れたところにあるので、真っすぐに部屋に帰る正則が、神社にかかわることはなかった。
 別に神社を避けているというわけではない。ただ行きたいと思わないだけで、寄り道をしてわざわざ行こうと思うのであれば、最初から計画を立てていなければ、なかなか思い立ったかのように立ち寄るようなことはしない。
 元々、面倒臭がり屋なところのある正則は、出不精なところもあった。通学のような毎日の日課なら仕方のないことだが、わざわざ休みの日だからと言って、自分からどこかに出掛けようなどという気持ちはなかった。
 それでも、
「これではいけない」
 と思ったのか、この街に移ってきてから、散歩には出かけるようになった。
 帰ってきてから掃除洗濯を済ませて、ちょうど夕方くらいになってから、近くの公園に出掛けるようにしている。近くの公園というのは、大きな池のある整備された公園で、散歩コースも用意されているので、すれ違う人も少なくはない。
 以前の正則だったら、人とすれ違うことすら億劫だったのだが、この街に住むようになって、少し気持ちに余裕ができたのか、人とすれ違っても、あまり意識しないようになっていた。
――そういえば僕は……
 人とすれ違うだけで、億劫だったのかという思いがどこから来るのか、考えたこともなかったが、なぜ考えたことがなかったのかということに、自分の中で意識しないようにしていたのだと分かっていなかった。
 考えてみれば、すぐに分かることだった。自分が孤独が似合うと思っていて、人と関わらないことが自然だと思っていたのが、理由だと思っていた。
 しかし、もっと直接的なことがあったではないか。それは今では思い出したくもないことだったからだと思うからで、今まで生きてきた人生を二つに分けるとすれば、完全に前半にかかわることで、それこそ他人事と思うようなことなのかも知れない。
 小学生の低学年の頃、正則はいじめられっ子だった。
――どうして僕が苛められなければいけないのか?
 という思いはあったが、それを深く追求できるほど小学生の低学年といえば、本当に子供であった。
 苛めに対して甘んじて受け入れるしかないという思いが強く、その思いを前提に、どうすればいいかを考えるしかなかった。
 そうなると考えつくこととすれば、
――いかに被害を最小限に食い止めるか?
 ということである。
 下手に抵抗しては、相手の気持ちに対して火に油。叩かれたりする時、いかにうまく受け身を取るかということだけが、被害を最小限に食い止めることであった。
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次