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記憶の中の墓地

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「本当に奇遇ですよね。でも、そう思っていたということは、他にもいるかも知れないということですよね。偶然ではあるけど、ひょっとするとこの出会いは必然なのかも知れませんね」
「私もそう思います」
「私は、今のあなたの話を聞いて、今日あなたに話かけるということを、以前から想像していたような気がしてきました。声を掛けるというのは勇気がいることで、今までの自分ならできるはずもないことだと思ったんですよ。それでも声を掛けることができたのは、絶妙のタイミングがあったからではないでしょうか?」
「確かにタイミングというのは大切ですよね。私もあなたに今日声を掛けられたのは、タイミングが合ったからだとは思っていました」
「あなたは、いつもここでデッサンをしているんですか?」
「毎日というわけではないんですが、結構来ていますね」
「絵を描くのが本当に好きなんですね」
「ええ、私は孤独が好きなので、絵を描いていると、楽しいんです」
 正則は彼女に声を掛けたのがやはり必然であることを、彼女が孤独が好きだという話を聞いて確信した。同じ思想発想を持っている者同士が惹き合うというのは当然のことだと思うからだ。
「どうして、孤独が好きだと絵を描いていると楽しいんですか?」
「私は、元々絵を描くことが好きになって、孤独が好きになったんです。だから、今の表現は的確ではなかったのかも知れませんが、絵を描いていると自分の世界に入ることができるんですよ。自分の世界というのが、他の人が入ってこれない孤独な世界だと思って何が悪いんでしょうかね」
 少し興奮気味の彼女だった。
「そうですよね。孤独という言葉は悪いイメージが付きまといますが、私は決してそうは思わない。孤独というのも、その人の個性の一つであって、自分の世界が開けていれば、それでいいんだって思っていますよ」
「どうやら、あなたとは気が合いそうな気がしてきました」
「ええ、僕もですよ」
 正則は、デッサンをするつもりで、その日もデッサンの道具は持ってきていた。しかし、彼女を見ていると、一緒にデッサンをする気にはなれなかった。今日は彼女の絵を見ているだけで満足だったからだ。
 しかも、時間的にも日没までほとんど時間がない。絵を描くだけの時間は残されていない。
 正則のカバンの中には、以前に描いた絵も入っていた。
「僕が前にいた街で描いていた絵があるんですが、ご覧になられますか?」
 目の前で絵を描いている人を前に、本当なら言わないことだが、今日、彼女に自分の絵を見てもらわなければいけないような気がしたのだ。
 その理由としては、今日見てもらわないと、次がないような気がしたからだった。
「ええ、ぜひ」
 彼女も乗り気のようで、表情が好奇の目に変わったのが分かった。
 正則はカバンの中から数枚絵を取り出して彼女の前に掲げてみた。
 最初の絵は、境内から見た、石段を昇り切ったところにある石段だった。
 この絵の自分なりのコンセプトは、
――左右対称――
 というものだった。
 境内の中心に座って、境内への石畳を中央に、左右に広がっている光景、鳥居を見つめるように立っている左右の狛犬を見ていると、遠近感がマヒしてくるのを感じるはずだった。
 描いていてもそのことは意識していた。彼女も同じことを感じていたようで、
「遠近感とバランスというのは、絵を描く上での基本ですからね。この絵は、それを無理に意識させることなく、眺めているうちに自然と感じさせる力がありますね。素敵な絵だと思いますよ」
「ありがとうございます。僕は左右対称というものに興味があって、絵を描くのとは別に、鏡の表と裏というのにも興味を持っているんですよ」
「左右対称なんだけど、映し出しているのは、反対の画なんですよね。そういう意味でも鏡というのは何かの魔力が潜んでいるような気がしますね」
「あなたは、そんな絵を描いたことはありますか?」
「私は、確かに左右対称ということに興味を持ってはいますが、自分の絵に描いてみようという思いはないんですよ。私の中では、描いてはいけないものになっているんですね。それだけ神聖だという思いがあるのかも知れませんね」
「僕は、新鮮なイメージはありますが、神聖だとは思ったことはないんですよ。興味のあるものに新鮮なイメージが湧いてくれば、自然と描きたくなるものになるというのも不思議ではないですよね」
「あなたは、透明な心を持っているように思えますね。しかもまっすぐに見えるものは放ってはおけない気がする」
 その話を聞いて、さっきここに上がってくる時の一直線の道を思い出した。彼女もその道を知っているはずである。どんな気持ちになっているのか、聞いてみたい気がした。
「この下に赤い鳥居がありますが、そこから真っすぐに伸びた道がありますよね?」
「ええ」
「僕はさっき、鳥居の前で立ち止まって、歩いてきた真っすぐに伸びた道を振り返ってみたんです。とても新鮮な気がしました」
「そうですね。あの絵を描いてから、私は自分の絵に対する考え方が変わったような気がしたんです。急に見えなかったものが見えてきたとでもいうんでしょうか? いや、それよりも今まで見えていたものが見えなくなったような気もしてきたんです。それが何だったのかも分からないんですけどね」
「それが悪いことであればいいんですが、いいことだったら、もったいないという気はしますね」
「もったいない……ですか?」
「ええ、違うんですか?」
「私はもったいないという考え方をしたことはないですね。忘れてしまったものであれば、忘れるべくして忘れたものだって考えるようにしているんです」
――この人は、冷静というか、少しとっつきにくい気がするな――
 と感じ、思わず苦笑している自分に気が付いた。
 話をしながら、声を掛けてしまったことに後悔しながら、適当に話を切り上げるタイミングを計ったいた。
「潔い考えですね」
 何と言って返答すればいいか考えていたが、思わず苦笑してしまったことで、
――とにかく何か答えなければ――
 と思ったことで、最初に感じたこととは違う言葉が口から出てきたことにはビックリした。確かに潔いという言葉、自分で言っておきながら、
――なかなか的確な回答だ――
 と感心したほどだ。
 潔いという言葉には、漠然とした意味も入っていて、しかも、皮肉も含まれているような気がする。
――一番差しさわりのない皮肉――
 と感じた正則は、
――これで、適当に話を相手の方から切り上げてくれるような気がするな――
 と思った。
 正則は、最初から彼女に対してあまりいい印象を持っていなかった。それはなぜかというと、彼女は決して正則を正面から見て話をしようとはしていない。目深にかぶった帽子に守られるように、目を見せることはなかった。雰囲気から、年齢は少し離れているような気はしたが、その落ち着きも、年齢からくるものだと思えば、不思議なことではなかった。
 正則の思った通り、彼女も場の雰囲気を察したのか、片づけを始めた。
――いや、そろそろ日没の時間だからかな?
作品名:記憶の中の墓地 作家名:森本晃次