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短編集37(過去作品)

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影がもたらすもの



                  影がもたらすもの


 三郎は、その日少し荒れていた。
 朝から出かけたパチンコで、思ったより打ち込んでしまったことに対し、自分に怒っていたのだ。
 パチンコを頻繁にやっている人間の気持ちは分からないが、三郎は気持ちと金銭的に余裕のある時しかやらない。
 それでも、十五年くらい前には嵌ってやっていた。あの頃は、会社もまだ業績がよく、仕事をしたらしただけの給料がもらえていた。今は仕事の量に報酬が見合うわけではない。実力主義の名の下に、結果が伴わないと報酬に結びつかない。
 やっただけの分が仕事ではなく、「表に現われた結果」、それだけが仕事として評価される唯一の材料となってしまったのだ。
 時代の流れというのは恐ろしく、もう誰にも止めることのできないところまで来ている。受け入れるしかないのだが、まだ仕事があるだけマシなのだろう。そんな中で三郎も、給料の中で何とかやりくりしながら生活をしなければいけなかった。
 今年三十五歳になる三郎は、今の会社一筋十二年である。地元の中小企業で、彼くらいの年齢になれば、現場の責任者という地位を任されているが、実際は苦情処理だったり、上司と部下の間に挟まれた、ジレンマに陥りやすい立場である。それこそストレスは溜まる一方である。
 しかし、それも最近では慣れてきたのか、感覚が麻痺しかけている。平凡な毎日に大きな変化はなく、可もなく不可もなくといった生活だ。そんな生活に染まりたくないと思っていたのも今は昔、これからどうなっていくのかということすら考えるのも怖くなってきた。
 学生時代から、将来のことについて語り合うのが好きだった。友達も自然と同じような連中が集まっていて、いつも将来のことについて話をしていた。どうしても将来に不安があるにもかかわらず、ハッキリと見えてこない人生。嫌でもすぐにやってくるにもかかわらず、まるで霧に包まれたようにハッキリしない。そんな話を夜を徹してするのが好きだった。
 ある意味一番不安だった時期なのかも知れない。そして一番将来について真剣に考えた時期。考えるから不安になるのも当たり前というもので、今のように考えることもなくなると、不安というのがどんなものだったかすら忘れてしまっている。
 それを一番感じるのは、夢である。仕事においても今までに何度も修羅場や、危機を乗り越えてきたつもりだ。眠れない日々が続いたことや、トラブル続きでそれこそ生きた心地がしなかったこともあったくらいだ。だが、不思議なことに夢を見るのはその時のことではない。学生時代のことが多かったりする。
 高校時代までは成績優秀だった三郎は、大学に入ると急に成績が落ちた。遊びに興じて嵌っていたわけではない。だが、成績が落ちたのは、高校時代までの勉強と一気に変わってしまったことが一番かも知れない。
 型に嵌った勉強に関しては得意だった。大学の受験勉強には向いていた三郎だったが、大学の試験のように論文形式は得意ではなかった。自分には無限の可能性があると思っていた三郎が自分の実力を最初に思い知ったのは、その時だっただろう。目の前に迫っている社会の荒波に不安を感じるのは当たり前のことだった。
 勉強したことを纏めることはできても、それを論文として生かすのが苦手だった。文章を書くこと自体、それほど嫌いではないし、本もそれなりに読んでいたのに、どうしてなのだろう。
――点で処理することができてもそれを線にすることができなければ、うまく行くこともいかなくなってしまう――
 それが社会に出てどれほどの影響を与えるかというのを身に沁みて感じるようになったのは、三十を過ぎてから、つまり最近のことだった。
 その頃から見る夢が学生時代の夢ばかりになった。他にも夢を見ているのだろうが、覚えている夢は学生時代のものだけだ。
 友達がキャンパスの中央で話をしている。どうやら試験が近いので、その話をしているようだ。三郎は社会人になっていてスーツを着ている。それなのに大学に来ているのだ。時間的矛盾を感じながら、感覚が麻痺しているのか、それほど不思議だと感じていない。
 三郎は皆に近づいていく。
「皆、試験の資料は揃ったのかい?」
 声を掛けると、皆不思議そうな顔で三郎に向って振り返る。ドキッとする三郎だが、その瞬間、急に大切なことを思い出す。
――ああ、そういえば、自分は試験の資料をまったく用意していない――
 よくよく考えれば試験は明日からだということに気付くと、一気に顔から血の気が引いていくのを感じていた。
――どうして、そんな大切なことに気付かなかったんだ――
 不思議で仕方がない。それもそのはず、夢だということを分かっているからだ。分かっていて怯えている。現実の世界では、あれだけ感覚が麻痺しているのに、どうしたことなのだろう。
 キャンパスを囲んでいる友達連中が急に踵を返して帰っていく。その様子を見ていると皆スーツ姿になって正門から出て行くのだ。
 それを追いかける三郎、しかし彼は正門から出ることができない。
――自分だけが永遠に大学から出ることができないのだろうか――
 言い知れぬ不安が最高潮に達した時、目が覚めるのだった。
 その日も似たような夢を見たのかも知れない。朝目が覚めた時、布団の中はグッショリと濡れていた。汗を掻いていたのだ。ハッキリと夢の内容を覚えていないことが多く、最近は特にそうだ。覚えていないというよりも正確には目が覚めるにしたがって記憶の奥深くに封印されてしまうのであろうが、それをふとした時に思い出すことがある。
 夢の内容が蓄積されていることには何となく気付いていた。
――見たことないはずなのに、どこかで見たことあるような――
 いわゆるデジャブーと呼ばれる現象だが、三郎はあまり信じていない。
――きっと夢で見たことを思い出しているだけなんだ――
 と思っていて、どちらかというと超常現象のような、非科学的なことはあまり信用しないようにしている。
 むしろ、夢で見たということの方が重要で、
――どうして、そんな夢を見たのだろう――
 覚えていないだけに厄介だ。いつの夢かすら分からないが、そんな夢を見ること自体が問題で、後からふとしたことで思い出すような記憶を封印しているのだから、その時と同じような心境だったのかどうか、考えると気持ち悪い。
 確かに同じような心境だったのだろうと思い返してみると、何かを思い出せそうで思い出せない気持ち悪さがある。そんな時はなかなか目が覚めず、気がつくとかなり時間が経過していることが多かった。
 朝の目覚めに余裕を持っているのはそのためである。普通に目が覚める時は、そんなに目覚めが悪い方ではなく、すぐに起き上がって行動を起こせる。低血圧で目覚めが悪い人を最初は信じられなかったが、気になる夢を見た時の目覚めの遅さは、人が話している低血圧の目覚めに似ているのかも知れない。
――案外、皆低血圧のせいにしているが、同じような気持ちなのではないだろうか――
作品名:短編集37(過去作品) 作家名:森本晃次