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短編集37(過去作品)

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 夢から覚めてホッとする自分を感じる。パジャマにはベットリと汗が滲んでいて、どれほどの夢見だったかは想像がつく。だが、夢の内容は目が覚めてくるにつれ忘れていくので、冷静に思い出す頃には、まず覚えていない。
 心配性はその頃に始まったものではないだろう。しかし一番余裕のある時期が自分のことを一番考えていたに違いない。それだけに、
――自分で自分を抑えることのできない辛さ――
 というのを思い知ったような気がする。
 バスの中で何ら変わることもなく続いていく大海原を見ていると、大学時代を思い出してくるのも無理のないことだろう。
 しかし、夢を見ているわけではないので、今では懐かしい思い出として残っているだけである。大学時代にもゆっくりと眺めたことのある海だったが、今見るのとでは違っているのか、同じなのかハッキリと分からない。だが、大学の頃に見た海の方が明るく光っていたように感じるのは気のせいであろうか。
 海面の反射は大学時代の方がはるかに明るい。それだけ有明海の海が穏やかな内海であるということの証明になるのだろうが、それだけなのだろうか?
 きっとあまり深く考えていないからかも知れない。それが旅というものの不思議な魔力によるものなのか、自分が成長したからなのかを考えている。
 天草の中心部は本渡という街である。こじんまりとした街だが、そこを見下ろすところにキリシタン墓地がひっそりと建っているのだ。
 キリシタンといえば自分たちの信念を貫いた人たちとしての悲劇を後の世まで語り継がれてきたものだ。政治や権力に圧されて犠牲になるのはいつの世でも弱者であることを教えてくれる。
 風が強い中で、丘の上に立って下の街を見ている。
――昔の人も見ていたんだろうな――
 四百年の時を超え、同じことをこの場所で考えた人が何人いただろう。ひょっとして自分の知っている人もその中に何人かいたかも知れない。きっとここに来れば、丘の上から街を見渡してみたいと思うのは本能ではないだろうか。
 桜井にしても何も考えずに丘の上に立った。そして風を感じながら見渡しているのである。
 ここに来るバスの中に数人の観光客がいた。皆バスを降りるとどこに行ってしまったのか、それらの人と会うことはない。
――ここに来る以外に、他の観光名所があるのだろうか?
 先に宿に荷物を置きに行ったというのなら分かるが、それにしても十人以上はいただろう。それも、皆グループというわけではなく、単独の観光客だった。
 そういえば高校の時に旅行した時にも同じような感覚を覚えたことがあった。
 あれは冬の尾道だったように思う。尾道というところは狭い街に観光名所がいくつかあり、確かにコースが違えばバラバラになるかも知れない。しかし、逆のコースでまわったとしても、同じところを観光するのであればどこかですれ違いそうである。見たことのない人は何度も見たが、同じ電車でやってきた人と出会うことはなかった。実に不思議だった。
 あの時の旅行も今から思えば、失恋が絡んでいた。といっても片想いで、相手は何も知らないことだったのだが、まるで彼女と一緒に旅行をしているような心地になりかかる自分が悔しかった。失恋してすぐなのに、しかも付き合ったわけでもないのに、どうしてそんな気分になるのか信じられなかった。
 旅行というのは、そういう醍醐味のようなものがある。決していいことだとは言えないが、悪いことばかりではない。友達と一緒の旅行では感じることのできないものを感じさせてくれるのが一人旅、勝手に楽しいことを思い浮かべ、ひと時の安らぎを感じることもできるのだ。
 尾道での旅は、芸術に親しみたいという理由で決めた。尾道だけでなく、倉敷などの近くの街や、瀬戸内海に浮かぶ島などにも興味があった。特に尾道は志賀直哉などの作家ゆかりの地としても有名で、丘の上には「文学の小道」なる場所もある。
 丘の上から見る尾道の街も、ガイドブックに載っているところから見ると最高で、天草の丘の上からとはまた趣きの違いこそあれ、尾道の街を思い出させるものだった。
 尾道の丘の上から景色を見て、いよいよ駅に向かおうとした時だった。それまで出会うことのなかった人と数組すれ違ったのだ。彼らは電車の中で見た時と雰囲気が違っているようで、気のせいか何歳か年を取ったような錯覚を覚えた。
――疲れているのかな?
 そんなバカなことあるはずないだろうに、
――ついさっき見かけたばかりの人たちではないか――
 と思えば思うほど、足が重たくなるのを感じた。
――駅ってこんなに遠かったかな?
 尾道という街は、坂が多くて有名なのだが、レンタサイクルで観光をするところだ。山の上に上るためのロープウェイの入り口まで駅からそれほどでもないと思っていたのに、帰りは漕いでも漕いでも駅にたどり着かない。やっと駅についてホッとしていると、
――まるでずっとこの街にいたような気がする――
 息が切れていたが、次第に落ち着いて考えてみるとそんな気持ちになっていた。
 旅先で、
――もっといたいな――
 と思うことがあるが、そんな時でもずっとその土地にいたような気がするなどということはなかった。それよりも、
――前に住んでいたことがあるのかな?
 という違和感のなさはあったが、それもすぐに消えてしまった。しかし、その時の、
――まるでずっとこの街にいたような気がする――
 という気持ちが消えることもなく、帰ってきても、山の上から下を見下ろすと、思い出すのは尾道の街だった。
 潮の香りが山の上まで香ってくるようで、身体にべたついた感覚は、冬の海であったにもかかわらず残っているのだ。
――次は夏に来てみたい――
 と思ったのも、湿気のせいだったからに違いない。
 天草にも同じ感覚があった。
 キリシタン墓地を後にして、バス停へと向った。途中で食事を摂り、向うつもりだったが、食事をしてから店の外に出ると、見覚えのある後姿を見かけた。
――あれ? あの二人は確か水前寺公園で見かけた二人だ――
 と思うやいなや、今度こそ自分の疑問をハッキリさせたいと思い、追いつきたかった。二度目に見た今回は、その二人がすぐに鮫島と浮気をされて別れた彼女であることに気付いていたが、なぜなのだろう、彼女の名前が出てこないのだ。
――これだけハッキリと記憶の奥にあるにもかかわらず、そのすべてが幻だったような気がする――
 浮気をされたという事実、その事実の前と後ろで、記憶の中の女性がまったく別の人になってしまったような気がするのだ。そんなことってあるだろうか?
 水前寺公園で見かけた女性は浮気をされる前の彼女で、今見かけているのは、浮気をされた後の彼女である。
――だから水前寺公園で見かけた時の彼女が分からなかったんだ――
 と感じたが、それと同時に、
――もう一度浮気をされる前の彼女に会いたい――
作品名:短編集37(過去作品) 作家名:森本晃次