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短編集37(過去作品)

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 彼女のことを忘れようと、旅行に出かけた。元々歴史が好きだったので、城下町に出かけることにした。どこがいいか迷ったが、決めたのは熊本だった。会社には少し休暇がほしいと願いでたが、それも勇気のいることだった。しかし、プロジェクトの仕事が一段落して、それぞれにリフレッシュしてもいいという上司の言葉に甘えることで、それほど大きな後ろめたさはなかった。
 暑い時期に暑いところというのもおかしなもので、熊本城が見てみたくなったのだ。
 飛行機で福岡まで飛んで、そこから特急電車で、二時間近く、九州の中間に位置する熊本に着いた。
 宿はビジネスホテルに決めていた。ちょうど三連休だったので、二泊くらいできればいいと思っていたので、熊本駅近くの宿を探した。ビジネスホテルなら逆に連休は空いているのだろう。
 熊本というと情熱的なところだというイメージが強い。火の国と呼ばれているだけに暑いところでもあり、さらに阿蘇山の雄大さも兼ね備えているように思えてくるからだ。
 大学時代には結構旅行に出かけたものだった。近場から次第に遠くへと、行動範囲を広げていった。
 城下町も多く訪れた。目的のない旅で、しいて言えばそこで友達ができればいいという程度の気軽な一人旅だった。女性と知り合うためのナンパ目的であったのも事実で、実際に知り合った人も何人かいた。
――旅の恥は掻き捨て――
 というではないか。地元で、しかも一人でナンパなどする勇気はない。かといって友達とナンパするのも嫌だ。まず最初に考えるのは、
――ダシに使われたくない――
 ということである。
 最初に声を掛けて仲良くなっても、他の人においしいところを持っていかれるのが目に見えていたからだ。ナンパをする友達というのは大体決まっていて、顔を一目見比べただけで、女性が誰を選ぶか一目瞭然だった。
 桜井は自分の顔があまり好きではない。背は高いのだが、痩せていて、色も白くひ弱に見えるだろう。その点友達はスポーツマンで、高校時代はラガーマン。がっちりした体格に何よりもあっけらかんとした明るい性格、とても太刀打ちできるものではない。男同士での付き合いは親友として信頼できるやつなのだが、それだけに嫉妬したくない。嫉妬している自分を醜いと思いたくないのだ。
 友達の名前は、鮫島という。鮫島とは大学入学の時、一番最初に友達になったやつだ。地方から入学してきた桜井にとって、大学というところは眩しいという印象がとても強く、自分から友達を作ろうという勇気がそう簡単に持てるものではなかった。
――精悍な感じの男だな――
 話をする前から、気になっている存在だった。第一印象が正反対の人を意識するのは当たり前というもので、きっと自分にないものをすべて持っているような気がしてくるからだろう。
 そしてそれはあながち間違いではなかった。知り合ってから次第に分かってくる鮫島には、自分にないいいところがいっぱいあったのだ。それは知らなかったというよりも、気付かなかった性格であり、自分の中にもあるかも知れないと思えるところだったのだ。
 入学以来の友達である鮫島を意識すればするほど、鮫島を基点にまわりのことを考えてしまう。そうなると男友達は皆頼りなく感じられてくるのも仕方のないことで、それだけ鮫島を信頼もしていた。
――鮫島のようになりたい――
 なれもしないものを真剣に考えたこともあった。なれないことに気付いた時、初めて自分の性格を理解したというのも皮肉なことだ。嫉妬深くて、アッサリしていないわりに、去るものは追わないというところもある。その極端さはパッと見たところでは共通性がないように見え、人からは、
――あいつは変わったやつだ。気まぐれなんじゃないか? 付き合いにくいタイプだな――
 と思われているに違いない。
 旅行に出ると素直になれるのは間違いないかも知れない。気持ちが大きくなるというのだろうか、仲良くなれる女性を探そうとする下心はあるのだが、それも露骨に見えないようだ。それだけ知らない土地というのは、大らかな気分になれるのだろう。
 普段から、
――どこか違う土地へ行きたい――
 と思うことが多く、そこでもう一度やり直したいと思うのだ。何をどうやり直したいのか具体的には何もないのだが、形成された自分の性格を元に戻すことはできても、過ぎ去った時間の中で他人が感じた自分のイメージを払拭し、再度いいイメージを植えつけるのは至難の業である。
――きっと他の土地へ行けば――
 と思うのも無理のないことだが、他の土地へ行っても同じことなのだということに気付くのは、もっと後になってからのことだった。よほどショックなことがあって、真剣逃げ出したいくらいの気持ちに陥らないと、
――どこに行っても同じなんだ――
 という境地には至らないだろう。
 それは、
――傷つくことを恐れているからだ――
 ということだと気付いたのと同時だった。
――去るものは追わず――
 という性格は一見潔い性格にも見えるが、深追いすることで傷つきたくないという思いの現われでもある。しかし、それは真剣に考えている相手ではないからだろう。本当に真剣に好きになった人であれば、どんなことをしてでも相手にしがみつこうとするほど、未練がましい男になってしまう。
――成り下がってしまう――
 とは思えない。
 途中で気持ちが変化することも多い。目の前で浮気現場を発見するという衝撃的な場面を目撃してしまって、それほど深い思いを抱いていなかった女性が急に自分にとって大きな存在になるということだって実際にあった。流動的というよりも、自分の本当の気持ちに気付いたと思いたいのも男としての性なのかも知れない。
 熊本には、都会だと純粋に感じることのできないものもあった。確かに大きな街で、中心部には百貨店、商店街と賑やかなのだが、都心部には城があったり、庭園があったりと心和ませられるところが随所にある。
「東京だって同じじゃないか」
 と言われるかも知れないが、東京ほど大きくないのに、完全に街のシンボル化しているところが大都会を感じさせないところである。
 難攻不落とうたわれ、全国に名城として名高い熊本城、まさに天守閣は空に聳える要塞を思わせる。
 訪れた日は快晴で、雲ひとつもないとは言いがたいが、それだけに空の広さを感じさせられる。
 空に浮かぶ白い雲は、その一つ一つが大きく、大きく見える最大の理由が、光を十分に浴びた部分がオレンジ色に浮かび上がり、立体感を醸し出しているからだ。雲の一つ一つに大きさを感じると、その後ろにある空が無限に広がっていることを今さらながらに思い知らされる。しばし、天守閣を望む城の中の公園から、広大な空を眺めていたくなっていた。
 天守閣をバックに空を見上げていると、
――初めて来たような気がしないな――
 と思えてきた。確かに城下町の天守閣というと同じような光景のところが他にないわけではない。
 松江に行った時を思い出していた。熊本を訪れる半年ほど前に松江を訪れていた。その時はまだ寒い時期で、天守閣の屋根には雪がかぶっていた。風が強い中、天守閣に上って下界を見ると、あたり一面真っ白だったのが印象的だ。
作品名:短編集37(過去作品) 作家名:森本晃次