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短編集37(過去作品)

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 去っていった女に対し、真剣別れようと思った。ホテルの前で、浮気現場に出くわし、気まずい雰囲気のまま一人取り残される。こんな屈辱的なシーンはドラマでもない限りないだろうと思っていた。
――少なくとも俺には関係ない――
 くらいにしか思っていなかった。その日、どこをどう帰ったのか分からない。頭の中では彼女との最初の夜が目くるめく記憶の中から湧いて出る。まるで他人事のように思えてくる自分が情けなくも、虚しくもあった。
 数日して女が謝ってきた。
「ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったの」
 こんなつもりではないとはどういうことだ? 火遊びくらいのつもりで、長く続けるつもりはなかったということか?
「一体いつから二人は?」
「ニケ月前から……」
 二ヶ月というと、桜井が考えていた最大限の長さよりもさらに長かった。せめて一ヶ月がせいぜいだろうと思っていただけに、またしても呆然としてしまった。
「そんなに前から……。君は俺と別れようと思っていたのか?」
「いえ、そんなことないわ。でも、途中から成り行きに任せていた自分がいるのに気付いていたわ。あのまま行ってたら、あなたと別れていたかも知れない」
 抜け抜けとよく言えるものだ。だが、またしても最初の夜の彼女の妖艶さが思い出される。
 こんな時、他の男はどうなのだろう? 簡単に女を許すことなんかできないに違いない。たくさん言いたいことがあったはずなのに、目の前にすると何も言えなくなってしまう。――これが男の性というものなのだろうか――
 別れを覚悟しているつもりでいるはずなのに、まだ最初の時のことを思い出す。それほど男というのは未練がましい動物なのだ。
 今まで付き合ってきた女性を思い出していた。純粋に人を好きになり、普通に付き合ってきたと思っていた女性たちから、ことごとく別れの言葉を浴びせられ、浴びせられるならまだしも、いきなり目の前からいなくなられた時の心の痛手を、どのように説明したらいいのだろう。
 きっとあまりにも真面目に考えすぎたので、それだけ痛手も大きいのだろう。しかし、それが自分の恋愛スタイルだと思っている桜井に、今さらスタイルを変えることなどできるわけもない。
――きっと自分のスタイルに合わない人ばかりを好きになっていたのではないだろうか――
 と思うようになっていた。
 浮気をした女性を許したら、彼女は急に従順になった。狐のような雰囲気のある顔立ちが好みだったのだが、従順になってくると、性格だけではなく顔つきなで猫のようになってしまった。
 最初は従順な彼女を支配できる悦びがそれまでになかった快感を誘発していたが、慣れてくると、次第に物足りなくなってくるのも事実だった。
――神秘性のある女性が好きだ――
 これは以前から感じていたことだが、最初の頃の彼女はまさしくそうだった。神秘性が心の奥にオブラートの膜を張り、見えそうで見えなかった。
――いずれは、その膜を破ってやる――
 という気概のようなものを持って付き合い始めたといっても過言ではない。
 まだ、膜だから破れると思っていた。それが殻であればなかなか難しいのだが、奥が見えているように思えるだけに、破ってやるという気持ちは強かった。
 そんな風に思っている矢先の浮気現場の発見。最初はビックリしたが、
――何となく分かっていたような気がする――
 と思ったのも事実である。それも発見したその瞬間にであって、後から感じたことではない。
――彼女に対しては一目惚れだったのかも知れない――
 それまで一目惚れなどありえなかった桜井だが、それは、自分の理想の女性というのが、ハッキリしていなかったからだろう。どちらかというと、
――来る者は拒まず――
 というところがあり、相手によって態度を変えたりしなかった。
 相手によって態度を変えるのは、恋愛では邪道のように考えていた。頭が固いのかも知れない。彼女ができれば、その人にばかり目線が集中し、他のことは見えていないこともあった。
 しかし、彼女と出会って別れてから今感じているのは、
――去る者は追わず――
 というタイプではないかとも思えるのだ。
 最初に付き合っていた頃に別れた女性を追いかけていたのは、その後、
――もう、恋人が二度とできないのではないか――
 という思いを真剣に考えていたからだ。それだけ自分に自信がなく、自信を裏付けるものが何もなかったからだろう。
 自信のない人間が人と恋愛をしようというのだから、相手には自分にも見えないところが露骨に見えたに違いない。それも見たくないようなところが見えたのであれば、嫌になられても仕方がない。今でこそ分かるというものだが、その時は分かるはずもなかった。
 彼女とはそれからしばらく付き合ったが、離れていったのは、桜井の方からだった。
――いや、自然消滅に近かったのかも知れない――
 自然消滅というのは、桜井が自分で感じているだけで、実は相手も同じような時期に離れていったのだ。だからお互いに違和感なく別れられ、自然だったに違いない。
 自然な別れがあるなど、信じられなかった。人からは、
「自然消滅しちゃった」
 などという話を何度か聞かされていたが、
――言い訳じゃないのか――
 くらいにしか感じていなかった。
 自然消滅という感覚が、
――去る者は追わず――
 という感覚を生んだに違いない。いや、最初から桜井にはそんなところがあったのだ。冷静に相手を見ることができないと、そこまで思い切れることではないだろう。
 忽然と目の前から姿を消したという表現がピッタリかも知れない。それまではどちらからともなく連絡を取り合っていたのだが、それがなくなると、忽然と姿を消したような感じで寂しさを味わうまでもなかった。
 浮気をしていたことを許した桜井だったが、きっと自分の寛大な処置に酔っていたのかも知れない。
――弱みを握ったんだ――
 という気持ちがないといえばウソになる。なるべくそんな気持ちを表に出さないようにしようと思っていても、一旦後ろめたさを感じている女性の感覚は敏感になっているに違いない。
――そんな相手に思っている気持ちを隠そうとしても無駄だった――
 というのが、案外目の前から姿を消した理由かも知れない。少なくとも見下ろしていたのを気付いていただろう。口数が極端に減ってしまった時に気付くべきだった。
 しかし、もし気付いたとして、桜井に何ができただろう。すでに相手の弱みを握ってしまって、自分が優位に立っていることを自覚しているのに、今さら対等に話などできようはずもない。性格的に素直だと思っているが、その反面、融通の利かないところがある。
――長所と短所は紙一重――
 まさしくその通りで、融通の利かないところも自覚している。それだけに、自覚していると思っただけで、顔にすぐ出てしまう。長所と短所の相乗効果である。しかもこれは悪い方の相乗効果で、短所が強く影響しているところではないだろうか。
 桜井がそれを感じたのは、彼女が目の前からいなくなってからというのも、実に皮肉なことである。
作品名:短編集37(過去作品) 作家名:森本晃次