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彷徨う記憶

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 麻衣の言葉には説得力があった。だが、麻衣の言葉を理解できるのも浩司しかいないかも知れない。
 麻衣という女は自分を大切にする女だ。浩司は男だろうが女だろうが、自分を大切にできる人が好きだった。浩司自身、自分のことをあまり大切にするタイプではない。自分が可愛いと思うのと、自分を大切にできるのとでは違うのだ。
「私、奴隷に憧れたことがあるの」
「奴隷?」
「ええ、性的奴隷とでもいうのかしら? 私が誰かのものになるというシチュエーションを何度か抱いたことがあるの。その中には浩司さん、あなたもいたのよ」
 奴隷などという言葉、麻衣が口にするなど信じられなかった。
 誰かに委ねたい、慕いたいという気持ちは、女性だけのものではない。また、女性の中には、男性を縛りたいと思っている人も少なくないだろう。ただ、縛られたいと思っても奴隷という言葉には抵抗を持っていて、切り離して考える人は、男女とも多いに違いない。どちらが多いかは疑問であるが、妄想を誇大にするのは女性の方が強いと思うと、ついていけない男性は、理性が強いのかも知れない。
 理性を紳士のステータスのように思っている男性もいるだろう。むしろ、女性がそういう目で見ているのかも知れない。
 紳士という言葉にも段階があるのかも知れない。
 小説に「起承転結」があるように、成長期があって、どこかで自覚する時期が必ず訪れる。自覚する時期は成長が止まって見えるかも知れないが、それだけではない。微妙な成長は、自覚を遅らせるためのものではないかと思うが、自覚を遅らせることで、興奮を抑える効果があり、余計に想像を膨らませることができるのだ。
 麻衣の旦那にも紳士的なところを感じ取った。麻衣が離婚したと聞かされた時、あまり揉めなかっただろうことは想像できた。理由がどちらにあるにせよ。揉めることはないと思った。麻衣の性格からすると、もし、非が旦那にあるとすれば、その元の原因を作ったのは自分だと思うことだろう。そのあたりが浩司と似ている。何かあった時、まずは自分に何か原因があると思うことが浩司には多い。ただ、それは浩司がまわりに対して一歩引いた目で見ているからだろう。普通なら自分を一歩下げて見るところを、浩司はまわりを遠ざけてしまう。そのせいで、神秘的なイメージが曖昧に描き出され、ぼやけた影が。そのまま実層として植え付けられ、すべてが大きく浮き彫りにされる。
 奴隷に憧れていると言った麻衣。癒されたりいとおしく思われたりすることには、今まで何度も経験していることで、慣れているに違いない。今まで経験したことのない興奮を味わってみたいと思うようになったのも、離婚という人生の節目が危険な憧れを作り上げてしまった。
 性的な奴隷。それは浩司の中にある異常性癖を呼び起こした。独身であることで、いろいろな女性と知り合うきっかけはあったが、実際に知り合ったのは、普通の恋愛対象の女性だった。
 複数の女性と一度に付き合うことができるのは、特技のようなものだと思っていた。特技というのは、悪びれた様子がなく、自分だけ特殊だという発想がないことだった。
 最近、それでも複数の女性を絞ろうと思っている。まるで企業が行う業務効率化を目指した支店の統廃合を行うような感覚だ。減らした中で、残った人との濃厚な付き合いを目指そうという考えだ。
 だが、浩司には誰を残すかということを選ぶことができないでいた。それは女性に対する未練というよりも、浩司自身の性格によるところが大きかった。
 きっかけとなる性格は、整理整頓ができないということだった。
 整理整頓ができないと、ごみを捨てることを躊躇ってしまう。何が必要で、何が不要なものなのかを、いざとなると見極めることができない。そのままごみが溜まってしまうことで、さらに整理がつかなくなる。それが悪循環となって、ごみと必要なものが混在した形で、乱雑に散らばめられてしまうのだ。
 散乱した部屋の光景は、そのまま浩司の頭の中を示していた。往々にして本人はそのことに気付いていない。ただ、最初に整理できなかったことが悪循環に繋がっていることは分かっている。最初が肝心だと分かっているくせに、何事も同じことを繰り返している。
「ひょっとして、複数の女性と付き合うことになったのは、僕の役得などではなく、整理整頓できないという悪いくせが招いたことではないのだろうか。いい思いをしていると今は感じていても、そのうちに大きなしっぺ返しを食らうのではないか」
 と思うようになっていた。
 ただ、それでも悪いことはあまり考えないようにしようというのも浩司の性格の一つで、鈍いくせに、都合の悪いことは蓋をしてしまう。性格的には、あまりたちのいい方ではないのかも知れない。
 それでも、一人の女性と別れることができた、彼女の名前は里美という。里美とは、浩司が複数の女性と付き合うようになった最初から、その人数の中に入っていた。それだけ長く付き合った相手である。
「そろそろ三年になるか」
 これが、里美を選んだ理由であった。
 心が痛まないわけではない。だが、これは一度は通らないといけない道だと思った。
「もしここで里美と別れなければ、取り返しのつかないことになるかも知れない」
 漠然と浮かんだ思いが次第に暗雲に包まれていく。まるで、暗黒の世界の中に立ち上る白い煙がシルエットとなって、いずれかともなく消えていくのを見つめているようだった……。

 里美と出会ったのは、雨の日の夜だった。
 少し残業して会社を出た時、表はさすがに真っ暗で、しかも時雨のような雨が降っていた。傘を差さないとさすがに濡れてしまう。道のところどころに水溜まりができていて、なるべく踏まないように歩くようにしていたが、駅までのいつもの道は裏路地で、薄暗い通路では、なかなか難しかった。
 神経は足元に集中していた。ただ、裏路地と言っても、歩く人は意外と多い。浩司と同じようなことを考えている人が多く、しかも、誰もが早歩きだった。
 それは雨の日であっても変わりはなかった。ビチャビチャと足元から水飛沫が上がる。水溜まりを気にせず、歩くスピードを変えずに歩く人ばかりで、少なくとも裏路地に入り込む人たちは、どこかに共通点を持っていて、共通点が薄くとも、まわりから見ると同じような性格に見えてしまうのだろう。
 裏路地という空間に存在する人は、誰もが通行人だった。裏路地で佇んでいる人を、晴れた日であっても見たことがない。他の裏路地に関しては分からないが、浩司が使っている裏路地に関しては、どこも似たりよったりであった。
 裏路地から表通りに出るまでに、三つの裏路地を抜けることになる。二つ目の路地を反対側に曲がると、そこには飲み屋街や、風俗街があった。浩司は飲み屋街、風俗街に通ったことがないわけではないが、裏路地から入ったことはない。必ず表通りから入ることにしていた。
「裏路地から入るのは、気持ち悪いんだよな」
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次