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彷徨う記憶

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 と感じたが、シルエットというもの、実際の実像よりも大きく見えてくるものである。すぐにそのことに気が付いて、思わず苦笑したが、シルエットは、赤ん坊の輪郭に輪のような光を伴っていた。それはまるで金環日食のようで、
――世にも珍しいものを見た感覚と同じだな――
 と感じたのだった。
 腕には、子供を抱きかかえた時の感覚がよみがえってきた。腕にピッタリくるのは、自分の子供だという感覚があったからだ。その記憶まで自分の中にある。
――記憶を失っているのは、里美だと思っていたが、僕の記憶もひょっとするとどこか欠落したところがあるのかな?
 背筋がゾッとしてきた、自分にあるのであれば、他の人にもあるのではないかと思い、誰もが自分と同じ感覚を抱くことがあるのかも知れない。
 そういう意味では、誰もが無意識に共有した記憶の欠落があるとも言える。欠落した部分が、誰かと共有しているのだと思うと、その人が自分の知っている人だとは限らないだろう。
――知らない相手だからこそ、記憶から欠落している?
 と思うと、今までなら
――そんなバカなことはない――
 と考えたことを即行で打ち消していたであろうに、今は、打ち消すどころか、受け入れようとしている。子供の存在が、浩司の中で大きく変化を与えようとしているのだろう。
 時間が経過する中でシルエットの中の子供の顔がハッキリしてこない。想像がつかないことを示していた。
――やっぱり、見たことがなければ想像することは無理なんだな――
 本当はそうではないのに、そのことに気付かない浩司は、そう思って自分で納得していた。
 時間が経過しているつもりでいた浩司だったが、本当はあっという間であった。というよりも時間の感覚が時系列の概念がないのである。現実世界が、論理的に矛盾なく進んでいるのは、当然時間が規則的に時系列で進んでいるからであることは誰もが認めることであろう。
 時間の経過を感じさせない世界は、夢の中だけではなく、妄想している時も同じである。妄想を始めて、妄想から抜けるまで、自分としては、時間的な感覚があっという間だったとは思わない。だが、妄想自体を思い出そうとすると、あっという間なのだ。妄想自体が夢の世界への入り口のようなものだという考えも、あながち間違いではないだろう。
 麻衣の顔は妄想の中で浮かんでくる。手には可愛い赤ん坊が抱かれている。麻衣の満面の笑みが、浩司に癒しを与え、ホッとした気分にさせてくれる。そのまま視線を落とし赤ん坊を見ると、その顔が見えないのだった。
 手を伸ばして触ろうとするが、手が子供の身体をすり抜ける。妄想なのだから、すり抜けるという発想もありだろうと思うのだが、そのまま手を伸ばし続けると、麻衣の身体に触れることができる。
「あっ」
 その時の麻衣は、感じている時の甘い声を上げる。ただ、お腹に手が触れただけなのにである。
 麻衣が身体を微妙にくねらせる。それはおねだりであって、浩司の欲情をそそる。
「お腹の子供に悪いんじゃないのかい?」
「大丈夫よ。お願い、抱いて……」
 麻衣の欲情が、浩司を掻きたてる。もちろん、浩司も願ってもないことだった。
 身体が反応を始めると、身体の芯からこみ上げてくる想いを我慢できなくなる。荒々しく抱きしめると、着ているものを剥いでいくのだった。
 震えた手で、欲情を我慢しながら剥いでいくのは難しかった。服を破きそうな勢いに、麻衣は怯えたような表情を浮かべるが、それも一瞬で、すぐに安心感がみなぎってくる。
 その様子は浩司にも分かっていた。自分がケモノに変わっていきそうな雰囲気に、満月に吼えるオオカミ男を想像してしまう。
「男がオオカミだって言われるのは、オオカミ男のように豹変するところからきているのかも知れないな」
 と、今さらのように感じるのだった。
 浩司は麻衣に覆いかぶさる。本当であれば、体重を掛けないようにしなければいけないのに、すでに頭から、そんな気持ちはなくなっていた。
 不意に浩司の頭に、初老の男性が浮かんだ。
――誰なんだ? こいつは――
 見たことのない男性であった。
 雰囲気は紳士そのもの。紳士であると分かったのは、絶えることのない笑みを浮かべているからだ。
――こういう表情を、恵比須顔って言うんだろうな――
 と、思いながら浮かんできた老人を意識せざるおえなかったが、欲情が収まることはなかった。覆いかぶさった身体が、麻衣と重なろうとする。
「ああ、素敵」
 と、それを待ち侘びていた麻衣が、歓喜の声を惜しげもなくあげている。その声を聞きながら。浩司の興奮も最高潮を迎え、麻衣と一体になっている感覚に充実感が身も心も満足させるのだった。
 一緒に果てた二人はぐったりとして、声も上げられない。恍惚の表情を浮かべて、お互いに同じ天井を見つめている。
 静寂の中に、湿った吐息だけが響いている。麻衣を抱きしめる浩司だったが、
「あれ?」
 思わず声をあげてしまった。その声に麻衣は気付くこともなく、浩司を気にせず、天井を見つめているだけだった。
――こんなに痩せていたっけ?
 胸の膨らみやお尻の弾力に変わりはなかったが、抱きしめた瞬間に、まるで別人ではないかと思うほど痩せていた。しかも、妊娠していて膨れているはずのお腹に、まったく膨らみを感じないのだ。逆に入っていたものが急に消えてしまったかのようで、窪んでいるようにさえ思えた。
 麻衣は、恍惚の状態から、戻ってこようとはしない。完全に悦楽の世界に意識は飛んでしまっていて、
――心ここにあらず――
 の状態だった。
 こんな時に声を掛けるわけにもいかず、浩司も同じように天井を見つめるしかなかったのである。最初に二人で天井を眺めていた時とは、明らかに浩司の方での心境の変化があった。微動だにすることもなく、悦楽の世界に飛んで行ってしまった麻衣ではあったが、彼女も心境の変化がなかったとは言えないだろう。
 時間だけが無為に過ぎているように思えた。
――この瞬間が、あっという間に思えてくる瞬間なんだろうな――
 と、漠然と考えていた。そう思えば、妄想や夢の世界が、あっという間にすぎていると感じることの根拠なのかも知れない。
 興奮は、とどまるところを知らない。普段と違う麻衣を抱くという気持ちが、浩司の異常性欲をくすぐったのだ。
――あどけなさを感じる――
 麻衣には感じたことのない感覚だった。大人のオンナとしてしか見たことがなく、あどけなさと言っても、コスプレでセーラー服を着せてみることがあったくらいだったが、それでも今の興奮に比べれば、ただの遊びにすぎなかった。
「浩司さん」
 貪るように抱き付く浩司は乱暴だった。それでも嫌がる素振りを見せない麻衣を見て、どこか物足りなさを感じながらも、興奮は収まらない。
――どれくらいの時間が過ぎたんだろう?
 と、貪りながらも、そのことだけを考えていた。
――犯すというのは、こういうことなんだ――
 この感覚は初めてではなかった。興奮が最高潮に達したのを覚えている。相手は誰だったのか覚えていないが、明らかに抵抗があった。
「抵抗するんじゃない」
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次