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彷徨う記憶

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――相手はそれだけ僕のことを真剣に見てくれているんだな――
 と思うと、本当は、好きな人だけを見つめていればいいはずなのに、浩司は敢えて、自分が他の人に目が行ってしまっていることを告白した。
――嫌われるかも知れない――
 という思いがあった。かなりの勇気がいることであったが、ここを乗り越えない限り、本当に好きな人と、ここから先、もっと好きになって愛し合っていくことなどできないと思うようになっていった。
 そんなことは、浩司の勝手な思い上がりに違いない。自分でも分かっているのだが、そんな自分の性格や隠し切れないことで相手に悟られる前に告白したことで相手が遠ざかっていくのであれば、
「それはそれでここまでの相手だったんだ」
 として諦めるしかないだろう。
 浩司は、麻衣と付き合い始めて自分に対して感じたことが二つあった。
「僕って、こんなに器用なところがあったんだ」
 という思いと、
「決意するまでは結構時間が掛かるが、一旦決めてしまえば、そこから先揺らぐことはないんだ」
 という思いであった。
 一言でいえば、開き直りという言葉で言い表せるものであるが、浩司の場合はそれだけではないようだ。
「浩司さんのセックスは、浩司さんの性格そのもののようね」
 たった今、絶頂を迎えたばかりで、神経がまだ上の空の状態の時、麻衣の口から、まるで勝ち誇ったように出てきた言葉だった。それはたっぷりと浩司の支配する時間の中で踊らされていた自分と浩司をビックリさせてやろうという気持ちの表れであったかのように思えるが、きっと最初からこのシチュエーションで、口に出して言ってみたいという思いがずっと前から芽生えていたに違いない。
 浩司は、自分のセックスが淡白だと感じたことは一度もない。女性から淡白だと見られたこともなかった。
「だけど、時々虚しくなるんだよな」
 と、麻衣に愚痴のようにこぼしたことがあったが、それを聞いた麻衣は、口元に笑みを浮かべ、
「あなたは疲れているのよ」
 と言って、その胸に浩司の顔を自ら埋めるように押し付けた。
 悲しいわけではないのに、涙腺が緩み、とめどもなく流れる涙が、麻衣の胸を濡らした。麻衣はそんな浩司をただ抱くだけで、必要以上のことは何も言わなかったのだ。普段はどちらかというと自信過剰なくらいの浩司である。
「僕は自信過剰なくらいがちょうどいいんだ」
 と言っていたが、心の中では、どこまでの自信が自分のものなのか分かるはずもないと思っていた。それは誰もが思っていることで、要は、自分に自信が持てるか持てないかというだけの違いである、
「その人の性格だ」
 と言ってしまえばそれまでだが、一度持つことができた自信は、よほどのことがない限り、なくなることはないだろうというのが、浩司の考え方だった。麻衣にも話をしたが、
「それが浩司さんという人なのね」
 と言って感心してくれた。その時の麻衣の笑顔の奥に、怪しく歪んだ唇が浮かび上がっていた。
 麻衣は離婚の理由を浩司に話すことはなかった。浩司も敢えて聞かないようにしていたが、本当は聞きたくてうずうずしていた。聞かないのは、遠慮や気を遣っているからではなく、かといって、聞くことの勇気が持てないわけでもない。聞いてしまうことで、麻衣が自分のそばから離れていくという妄想を、浩司は頭の中で描いていたからであった。
「どうして、あなたは結婚しないの?」
 と、麻衣に聞かれたことがあった。麻衣の声が心なしか震えていたことから、勇気を持って思い切って聞いてみたという思いが伝わってくるようだった。それは、浩司がどういう答えを出すかに対しての怖さというよりも、浩司の中で、結婚しないことへの何かしっかりした理由があることの方が怖いようだった。
 そう感じた理由は、浩司が口を開こうとした瞬間、
「いや、いいのよ。無理に聞いているわけじゃないから、答える必要はないわ」
 普通なら、
「自分から聞いておいて、何という言い草だ」
 と言われても仕方がないだろう。だが、その時の浩司は、正直麻衣が口を開かせないようにしてくれたことで、助かったと思った。もし口を開いていれば、浩司は自分が何を言ったのか想像もつかないからだ。考えがまとまってもいないのに、言葉を発しようとするなど、それまでの浩司から考えられないことだった。
――何とか、答えを引き出してあげないといけない――
 という麻衣への思いが、浩司をジレンマへと導いている。何と何のジレンマなのかは定かではないが。少なくともジレンマに陥りそうになるようなものが、その時の浩司の中に二つ以上蠢いていたことは確かなようだ。
 浩司の中で、結婚しない理由として、一つあったのは、
「結婚したいと思う年齢を通り過ごしてしまった」
 というものだった。
 これは、浩司だけではなく、一般的な意見であったが、浩司の中では、それ以外にも理由が存在し、意識してはいないが、大きなものであるというのは確かなものだという気持ちはあった。それがジレンマの片方になっているのではないかと思っているのだ。
「結婚という言葉に縛られたくない」
 という思いもあった。結婚を「言葉」として考えてるところがある。それはまるで立体を平面としてしか見ることができない感覚に似ている。立体の一角だけを見ているわけではなく、全体を見ているはずなのに、実際には一方向からしか見ることができないということを示しているかのようだ。
 立体を平面でしか見ることができないというのは、全体を見ていることを自覚させるものでもあった。たとえば、結婚と離婚、まったく正反対のように思えるが。浩司はそうは思わない。
「ニワトリが先か、タマゴが先か」
 という禅問答に似ている。決して交わることのない平行線の上を歩いているかのようだ。
 麻衣は小柄でスリムであったが、胸の張りは服の上からでもよく分かった。しかし、実際に触れて、揉んでみなければ分からない弾力を誰のものでもなく、自分のものだけにできたことを、浩司は自慢げに思っている。
 身体の相性は抜群だった。お互いに初めての快感を貪った最初の夜。二人は初めて誰にも話したことのない話に明け暮れた。
 一人の話が終わると、身体を貪る。落ち着くと、今度は相手が話を始める。そのうちに身体か心か、どちらの快感に酔いしれているのか分からなくなってきた。
「私、何かおかしいわ」
「身体がかい? 心がかい?」
「そのどっちも、身体の感覚は完全にマヒしているように思えるの。それなのに、震えが止まらなくなってきたのはどうして?」
 見つめる目は求めているというよりも、お互いに貪っているものが何なのかを探っているかのようだった。浩司を見上げる目には涙が滲む。頬は真っ赤に紅潮し、すでに一人では身体を制御できなくなっているかのようだった。
 麻衣は、結婚に失敗したとは思っていない。少なくとも、浩司の前では、結婚経験のない未婚女性を思わせる。あどけなさの中に、無邪気なのだが、どこか無鉄砲である。怖いもの知らずの雰囲気に、
――これが僕の女性の好みだったのかな?
 と、疑問符が膨らんでくる。
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次