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彷徨う記憶

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 浩司のことを二人して試そうとしているのかも知れない。一体何を試そうとしているのか分からないが、二人の関係が今までまったく存在していなかったなど信じられないほど意気投合しているようだった。二人の関係を見守っていくつもりだったが、二人を会わせることで、浩司の知らないところで独り歩きを始めるのではないかという危惧が、頭の中を巡っていた。
 麻衣と里美が一緒にいる光景を今までに思い浮かべたことなどなかった。
 浩司は自分の性格をよく分かっている。怖いと思うことは絶対にしないし、想像したりはしないのだ。
 子供の頃に、誰でも冒険したり、探検したりした経験があるだろう。浩司も冒険心は旺盛な子供だった。学校の近くに幽霊屋敷と呼ばれる廃墟が残っていたが、五年生の時、探検しようという話が持ち上がった。
「お前は嫌だとは言わないよな」
 言い出した奴に、今まで逆らったことがない。その時も同じ心境で、
「そんなこと言うわけないじゃないか」
 と言い返した。
 その頃はまだ、苛められるようになる前のことで、また浩司にも子供なりのプライドがあった。
 皆と同じように、浩司も幽霊屋敷の探検に出かけたのだが、出かけた時は七人いたのに、帰ってきた時には六人になっていた、言い出した奴が消えていたのだ、
 一気に皆凍り付いたように、恐怖に駆られ、大人たちは必死になって行方を捜した。実際には一キロほど離れた河原で発見されたのだが、本人には記憶がないという。だが、誰もそんな言葉を信じなかった。
「怖くなって、自分だけ逃げ出したんだ。それだけならいいが、まるで自分が被害者のように演技までして」
 と、完全に逃げ出したことになってしまっていた。
 だが、浩司には分かっていた。彼が逃げ出したのではないということを、
「本当に、彼は神隠しにあったんだ」
 と、浩司は思っていたが、そう思っているのは、最初自分だけだと思っていた。しかし、本当は他の友達皆がそう思っていたようで、
「逃げ出した」
 という噂を流したのは、
「誰も信じてくれないようなことを、言ったって仕方がない。それよりも下手に噂にして、今度は自分たちがあいつのようになるのは困るからな」
 というのが、本音だったようだ。
 浩司も同じことを考えていた。しかし、まわりの誰もが同じことを考えているなど、想像もつかなかったし、こんな突飛な発想は自分だけで、他の人に話すなど、恥かしいことだとさえ思っていた。
 しかし、後から聞いてみると、皆ほぼ同じ時期に同じことを感じ、同じ疑惑をお互いに誰かに話したいと思っていたようだ。ほとぼりが冷めてから皆が話をし始めた時、初めてその時の真実を垣間見る手がかりが出来上がったのだ。
 それはまるで、失った記憶をよみがえらせるようではないか。
――記憶をよみがえらせる?
 今の浩司には、里美という記憶を失った女性が身近にいる。
――そういえば、友達の一人に、当時、記憶を失った親戚がいるという話をしているやつがいたっけ――
 と、古い記憶がよみがえった。
 子供の頃の記憶はそれほど遠いものとは思えなかったが、記憶を失った知り合いがいると聞いた時の記憶は、さらに前だったような気がする。記憶の交錯が、浩司の中で起こっているようだ。
 漠然としてではあるが、今、小学五年生の時のことを思い出したのは、里美の記憶を呼び起こすための大きなヒントを浩司に与えてくれたのではないかと思っている。それは、記憶の時間的な交錯が起こった時に、記憶に狭間が出来上がり、それが記憶を喪失させる原因になっているのかも知れない。
 記憶の喪失と、回復は、それぞれに近いところにあり、隣り合わせではないかと感じたが、ただ、見ることのできないものだ。それはまるで次元の違い、すなわち、三次元と四次元の世界のような違いがそこには現れているのかも知れない。
 里美と知り合った時、そのことを思い出したような気がした。里美との出会いの時、里美が記憶を失っていることを知る前から、
「どこか変だ」
 という違和感があったが、それが子供の頃の記憶であり、懐かしさでもあった。
 懐かしさという意味では、麻衣にも感じている。麻衣にも何か自分の過去に関係のある記憶が、関係しているのではないか。浩司は、麻衣と出会った時のことを思い出してみようと考えた。
 麻衣には一見、違和感はない。里美のように記憶を失っているというような、浩司が麻衣に感じなければいけない一歩下がったようなイメージは、最初に出会った時も、今に至っても感じたことはない。ただ、いつの間にか麻衣に心を奪われてしまっていることをすぐに分からなかったのは。何か、記憶の中にわだかまりのようなものがあるからなのかも知れない。
 麻衣にとって、里美という女性はどのように写っているのだろう。里美には麻衣を嫌だと思っているふしはない。ただ、浩司の子供を宿していることには、相当なショックがあっただろう。浩司が見ていて、心配になるくらいだった。麻衣の妊娠について話をした時、顔面が蒼白で、血の気が引いていた。ただのショックなだけではなく、
――どうしたらいいの?
 という、困惑が顔に出ていた。まるで、自分が妊娠したような感じであった。
 里美自身が妊娠していた方が、困惑は違ったかも知れない。自分のことの方が分かりやすいというべきか、他人事だと思うと、余計にどうしていいのか分からなくなる。
 里美は、他人のことでもすぐに自分のことのように置き換えて考えてしまう。それは記憶がないことで、しょうがないことなのだろう。
 浩司はそんな里美を分かっているつもりだった。しかも、まだ見ぬ麻衣にも、すぐに分かられてしまうのではないかと思っている。会うのが怖い気もするが、会ってみたいという思いの方がさらに強かった。
 それは、麻衣にも言えることだった。里美と話をするのは、里美よりも本当は怖いと思っているかも知れない。自分のことばかりをいつも考えている麻衣なので、里美との会見は本当は怖いはずだ。それでも会ってみたいと思っているのは、ある意味では開き直りのようなものがあるからだろう。
 そんな麻衣の気持ちを浩司は分かっている。分かっているから会わせてみたいと思う。中途半端な気持ちでいさせるのは、麻衣にとって生殺しのようなものだと思うからだ。
 里美にしても同じだった。あまり気持ちを表に出さないのでそうでもないように思うが、実際には、里美は自己表現が強いところもある。逆に麻衣の方が、いざとなると隠そうとするようで、ただ、それも自己表現力の強さから、隠し通せるものではない。正直な性格は、里美より麻衣の方が強いのだ。
 里美の中で、浩司の存在を大きくしようという意識が働いていた。普段は無意識の行動だが、麻衣という女性を意識するあまり、自分から浩司を意識しないといけないと思うようになっていた。
 麻衣は最初から意識して、浩司の存在を考えようとしていた。それが素直な性格を表に出すことに繋がったが、その思いが、まだ見ぬ里美にも影響を及ぼしているかのようだった。
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次