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彷徨う記憶

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 実際に、犯罪結社のような宗教団体もあったりして、どこまで信じていいのか分からないが、昔からの宗教からすれば、迷惑千万だと思っているに違いない。
「大化の改新には、とても興味があるの。どうして、あのタイミングだったのか、そして、あの時のあの場所だったのか、そして。どうしてクーデターを企てる必要があったのかですね」
 自分の記憶がない部分があることで、歴史認識を素直に受け入れられると話していた。確かにそうだと浩司は思う。
 聖人君子のような聖徳太子、そのあまりにも大きなカリスマが、のちの時代の混乱を呼んだのかも知れないと思うと、皮肉な感じがする。
「大化の改新のあの場面を思い浮かべると、恐ろしさの中に懐かしさを感じるんです。恐ろしさというのも、他の人が考えているよりも、よほどショッキングな恐ろしさなんですけど、その時のことを考えると、最初、何とも言えない頭痛がしてくるんですが、落ち着いてくると、今度は、スーッと落ち着いてくるんです。それはまるで気持ちよさを含んだもので、ひょっとして、私の記憶の断片が、歴史の中に隠されているように思えてならないんですよ」
「時代が記憶を呼び起こすのかな?」
「そうですね、呼び起こすというよりも、聞いた話を思い浮かべることができるという感じですね。記憶に引っかかった何かに共鳴していると思ってしまいます」
「僕は聖徳太子も好きだけど、中臣鎌足も好きですね。一人で仲間を集めて起こしたクーデターでしょう?」
「そうなんだけど、その中に、たくさんの暗躍が隠されていて、その証拠に集めてきた仲間を、大化の改新のあとに、粛清しているように思えてならないんだ」
 浩司も里美との話を合わせるために、飛鳥、奈良時代を結構勉強した。
――蘇我氏の滅亡で、時代が百年遡った――
 という説に共鳴していた。
 それはその時代だけではなく、他の時代のターニングポイントで同じようなことがあるからだ。
 源平合戦の前、平清盛率いる平家は、海外貿易を奨励し、海外との外交策船を取っていた。さらに、幕末の坂本龍馬も同じである。平清盛だけは暗殺ではなかったが、彼らを失うことで、日本の歴史が遡ってしまったと言われる。共通点は、
「海外貿易」である。
 蘇我氏にしても、平家にしても、坂本龍馬にしても、海外に目を向けていた、里美はそんな時代の中で、一番古い、蘇我氏の時代に目を向けたのだった。
「戦国時代で言えば、織田信長よ」
 と、麻衣ならいうだろう。
 麻衣は織田信長のファンである。性格的にもどこか、麻衣に似たところがあると思っていた。本人は否定するかも知れないが、カリスマ的なところに、浩司は共通点を感じた。離れられないという感覚は、織田信長との共通点も意識しているからかも知れない。
 麻衣が里美と会う約束をしたその日、浩司は、朝からそわそわしていた。前日まではそれほど気にしていなかったのに、その日になって、気になってきたのだった。
 朝の目覚めは悪いわけではなかった。前日ぐっすりと眠れたからなのだろうが、目が覚めてから、意識がハッキリしてくる間に不安がこみ上げてくるのだった。
 朝食は、近くの喫茶店でのモーニングサービス。そのまま会社に向かうには、まだ少し寝ぼけていたからだ。
 普段の浩司は、朝ごはんを食べることは珍しく、目が覚めて、家を出れば、そのまま会社に向かう毎日だった。
 朝から食事をするのは、気持ち悪かった。子供の頃に、食べたくもないのに。
「朝食はちゃんと摂らないといけません」
 という家族の暗黙のルールに乗せられて、嫌でも食べさせられていた。朝、目覚めの悪さは、朝食を無理やり食べさせられることにも原因があったように思う。
 それでも、最近ではモーニングサービスが、主流になってきた。それまではたまに寄るくらいだったが、店の常連になってしまうと、食事よりも朝のリズムを作り、それを狂わせたくないという思いから、浩司は毎日寄るようになっていた。
「どうしたんだい? 顔色が悪いよ」
 マスターが声を掛けてくれた。それに呼応するように頭を上げると、おいしそうなコーヒーの香ばしい香りが漂ってきて、
――どこか、懐かしさを感じるな――
 と思わせた。
 マスターの顔を見ていると、頭がフラフラしてくるのを感じた。
「おい、大丈夫かい?」
 と、遠くから声を掛けられるのを感じたが、自分でも身体が沈んでいくのを感じていた。そのまま意識を失うのも、悪くないと思っていたようだった。
 麻衣と里美が目の前で、話をしている。それを近くで見ているのに、声がまったく耳に入ってこない。それは声ばかりではなく、雑音もまったく耳に入ってこず。耳鳴りのようなものが聞こえているだけだった。
 二人の顔を見ると、見たこともないような真剣な表情を二人はしていた。主導権は麻衣が握っていて、それに里美も頷いているだけだったが、里美がキョロキョロしているのが気になった。
――こっちを見ている。目が合うかも知れない――
 視線が近づくと、思わず目を瞑ってしまった。しかし、里美は浩司に気付かない様子で、すぐに視線を麻衣の方に戻すと、また、話をしているようだった。
 主導権は確かに麻衣が握っているようだったが、言葉を発しているのは、むしろ里美の方だった。まるで、麻衣に諭されて、里美の知っていることを白状させられているかのように見えるが、立場はあくまでも対等にしか見えない、
「麻衣」
 聞こえないという確固たる自信があるわけではないのに、恐れを知らずとしか言いようのないが、浩司は声を掛けてみた、麻衣が気付くはずもなく、さらに里美を見つめていたが、今度は里美がまたキョロキョロし始める。
 里美の性格からすれば、怖がりなのだろうが、どこか、怖いもの知らずなところがあり、そのあたりの性格に矛盾を感じるのだが、里美に限っては、違和感がない。麻衣のように分かりやすい性格ではない分、何を考えているか分からない時もあったりするのだ。
 麻衣は里美の様子を必死に見ていた。里美の表情や話し方から、何かを読み取ろうとしているようだった。
――こんな麻衣は初めて見たな――
 と、浩司は思ったが、それは思い過ごしだった。普段の麻衣を、普段の浩司が見れば、麻衣の楽しそうで単純なところしか見えていない。要するに、麻衣のすべてを見ているわけではないのだ。
――そんな馬鹿な――
 浩司は、麻衣のことなら何でも分かっているつもりでいた。麻衣は自分に対して従順で、その性格は他の人には見せることなく、麻衣の本当の性格は、浩司だけのものだと思っていたが、どうやら違っているのかも知れない。
 真剣な表情の麻衣は、こちらを見ようとしない。まるで浩司がいるのを知っていて、目を合わせないようにしているかのようだった。
――二人とも、僕の存在に気付いているのではないか?
 と、感じた。
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次