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彷徨う記憶

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 里美にも、自分が捨てられるかも知れないという危惧はあった。浩司と付き合っている女性は、皆それぞれ、捨てられるという思いを持って付き合っていたようだ。中には、
「捨てられるくらいなら、私の方から捨ててやる」
 と思っていた女性もいたようで、そういう女性は、
「あんなたなんて、こっちから、払下げだわ」
 と、捨て台詞を吐いて、去って行った女性もいた、
 浩司にとってはその方が気が楽だった。ただ、さすがに浩司が付き合っていた女性らしく、捨て台詞にも、情が籠っていた。気が楽ではあったが、一抹の寂しさはあった。少なくとも、
「せいせいした」
 などと思わせるような女性は一人もいなかった。
 もちろん、里美もそうだった。
 捨て台詞を吐くようなことはしないだろうが、もし、里美を捨てようとするなら、彼女なりに、浩司が別れの決意を鈍らせるような態度を取るに違いない。どんな態度を取っていくかなど、浩司に想像がつくわけもないが、ただ、別れるのは無理だろうと思わせるのだった。
 どのような態度に出るか分からないが、浩司を迷わせ、苦しめるであろうことは想像がつく。それは、きっと里美が単純だからであろう。
 単純というのは、
「パターンに嵌った」
 という意味ではない、
 どちらかというと、
「里美が取る行動が、里美の精神状態と同じリズムになっている」
 ということであった。
 彼女の行動パターンは分かりにくいが、一旦分かってしまうと、誰よりも分かりやすい行動パターンである。それは里美の考え方や精神状態が分かってくると、それにより、行動パターンが分かってくるからだ。
 里美には、麻衣のように、感情的になる部分がない。
 麻衣のような女性は行動パターンが分かりやすいが、急に何をするか分からないという危険性はない。しっかり性格を見つめていれば、里美の場合は、行動パターンが分かってくるからだ。
――もし、子供を宿したのが、逆だったら?
 つまり、里美に子供ができていれば、里美と結婚して、大切にしていこうと思うのは間違いないだろうが、その時に麻衣に対して、どのような態度を取るだろう?
 里美と違って、麻衣は感情をあらわにする。取り乱すくらいは当たり前で、里美に何かをするかも知れない。
 ひょっとしたら、自殺をほのめかし、浩司をゆするかも知れない。麻衣に対しては、麻衣を裏切るようなことになった時、どんな恐ろしい態度に出るか分からないという怖さがあった。
 ただ、そのことを浩司はなるべく考えないようにしていた。下手に考えると、苦しむのは自分だけ、損をしているように思うからだった。考えなくてもいいことは、なるべく考えないようにするのが、得策ではないだろうか。
 麻衣について甘く考えようとするのは、本能として当たり前のことなのかも知れないが、それが今後自分に不利に立ち回り、とんでもない事態を引き起こしてしまうのだということを、この時の浩司には、想像もつかなかった。
 いや、想像がつかなかったわけではなく、考えないようにしていたことすら、浩司には意識がなかった。
「本能から、麻衣について最悪なことを考えないようにしていた」
 と、後になって思うのだが、本能の何たるかを後になって考えても分からなかった。それはまるで浩司にとっての自己防衛が、本能であることを示しているのだが、一番認めたくないことだったに違いないからである。
 里美に自分の子供ができたら、さぞかし嬉しいと思ったかも知れない。麻衣には悪いと思うのだが、麻衣と自分の子供であれば。どんな子供が生まれるか、想像もつかない。それだけ浩司を麻衣とでは性格的にも隔たりがあるのだった。
 二人の間ではうまくいっているのかも知れないが。二人の間に生まれた子供となると訳が違う。性格の不一致ではないが、性格に隔たりがあるということは、
「どこまで行っても交わることのない平行線」
 が、二人の間にできた子には、産まれながら持ち合わせることになるのだ。
 里美の場合も、決して浩司は自分の性格が里美に似ているとは思わない。麻衣とのようにうまく噛み合っているわけでもない。ただ、個々を見ると、共通点は少なくない。それを一つ一つ見ていくと、子供の性格は分かってくるのだ。
 一つ一つの共通点は、浩司よりも里美の方が分かっているようだった。
「二人きりになって、楽しいのは麻衣で、落ち着くのは里美だ」
 と思っている。
 麻衣の場合は、性格は似ていなくても、行動パターンのあらかたが分かっていることで楽しく思い、里美には、自分のことを分かってくれていることから、癒しを感じ、落ち着くと思うのだった。
「麻衣に子供ができたことは、喜ばしいことではないか」
 元々、彼女たちの中から、結婚したい人を選ぼうと思っていた。麻衣も、もちろんその中の一人。麻衣のような性格の女性とは、結婚しない方がいいという人もいたが、浩司にはそうは思わなかった。確かに行動が露骨なところもあるが、それは根が実直なだけで、誤解されやすいタイプだからだと思う。実際に麻衣は、
「痒いところに手が届く」
 と言った感じの女性なのだ。
 浩司は、麻衣に懐かしさを絶えず感じていた。それは、まだ見ぬ自分の子供を自分なりに思い浮かべているからではないかと思うようになっていた。
 実は、最初に麻衣から、
「妊娠したみたい」
 と聞かされた時、一瞬ではあったが、
――本当に、僕の子供なんだろうか?
 と、考えてはいけない疑惑が頭を過ぎった。
 麻衣と別れることはできないと思い込んでいるのは、最初にそう感じたことへの罪ほろぼしのようなものなのかも知れない。
 だが、それよりも、自分が麻衣に対してというよりも、子供に対しての思いが強くなっていくことに戸惑っていて、それを自分で隠そうと、懐かしさという感覚が宿っているのかも知れない。
 麻衣が、浩司以外の男性と付き合っているということはないと思っていた。しかし、一度や二度の過ちくらいはあるかも知れないとは思った。それを浩司は悪いことだとは思わない。むしろ、自分には他に女性がいるのだから。過ちを犯してくれたくらいの方が。浩司にとって、精神的には救われる気分になったとしてもおかしくはないだろう。
 今まで、浩司は子供が好きではなかった。親に対して甘える態度や、ごねるような態度を取っているところも、それを見て親が、
「しょうがないわね」
 と言って折れるところ、あるいは、
「何言ってるの、さっさと行くわよ」
 と、ごねている子供をしかり飛ばしている姿。
 そのどれを取っても、浩司には醜いものにしか見えなかった。
 そんな泥臭い親子関係は、そのものズバリ、浩司にとって泥臭いだけでしかない。自分の子供の頃を思い出すと、その泥臭さをそのまま演じていたからだ。
――思い出すのも、けがらわしい――
 と、感じることが、子供を見るのも嫌だったことがあった理由だった。
 だが、麻衣に子供ができたと聞いた時、そして、それが自分の子供だと意識を始めた時。浩司には子供に対して、万感の思いがこみ上げてきたのだ。
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次