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彷徨う記憶

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 最初に話を持って行ったのは、麻衣にだった。
「友達の女性で、記憶がない時期を持っている人がいるんだけど、一度会ってもらえるかな?」
 麻衣の表情が一瞬歪んだ気がした。しかし、すぐに元に戻り、
「いいですよ、浩司さんは、その人の面倒を見ていたんでしょう?」
「そうだね。今後は麻衣とも一緒になって、彼女のためにしてあげられることをしてあげたいと思うんだ」
 麻衣の表情が緩んだ。
――麻衣と一緒になって――
 という言葉に反応したのだろう。自分との共同作業と言われたことが相当嬉しかったようだ。
「どんな方なのか、お会いしてみたいですね」
「うん、じゃあ、彼女と待ち合わせの調整をするので、予定に入れておいてくれ」
 そう言い終わるか否かの時、麻衣が抱き付いてきて、キスをしてきた。麻衣が妊娠したと聞いてからというもの、麻衣を抱いていない。別にセックス禁止ではないのだから愛し合うことに問題はないのだが、浩司だけでなく、麻衣の方も性欲に火がつかないようで、身体を求め合うことはなかった。
 元々麻衣は、欲情が激しい方なのだが、よほど感情が高揚してこないと求め合うことはない。濃厚なセックスをするからと言って、絶えず発情しているわけではないのだ。
 この日、麻衣に里美のことを話した時、麻衣の中で、ほのかな嫉妬心が芽生えたのかも知れない。それを思うと、里美という女性が媒体になって、麻衣との性生活は活性化されるのではないかと、里美を失いことの寂しさが、半減されるように思えた。だが、それは浩司の側の勝手な言い分で、里美からすれば、いい迷惑であるに違いない。
 浩司は里美の携帯に連絡を入れると、留守電だった。里美には麻衣のことを正直に話し、詫びを入れた。元々付き合いだしたのは、里美が最初だった。それなのに、妊娠したからと言って、麻衣を選んでしまったことを、詫びたのだ。だが、それ以前に自分の中の整理をしたいと思い、里美と別れようと考えたことだけは、黙っていた。理由は里美の記憶喪失を何とかしてあげたいと思ったからだということを話してしまうと、また里美の中で、浩司への思いが沸騰してくるかも知れないと感じたからだ。別れようと思っている相手になまじ期待を残させるような酷い真似はできないと思っていた。
「お電話いただきました?」
 夜になって、里美から連絡が入った。
「ああ、すまない。実は今度、麻衣と会ってほしいんだ」
 いきなりこんな話を、しかも電話で済ませられる話ではないかも知れないことは分かっていたが、まずは話をしておきたいと思い、浩司には珍しく、焦りから電話をしてしまった。
 里美は、しばらく固まってしまったように返事ができずにいた。
――しまった――
 と思ったが、後の祭りだ。
 吐息が感じられ、胸の鼓動まで聞こえてくるようだった。それでもすぐに呼吸が整ってきたのか、
「いいですよ。浩司さんにお任せします」
「すまない」
 と言って、待ち合わせ場所と日程の調整をしたが、さすがに場所を指定した時の里美も少し戸惑いが感じられた。
――里美は分かりやすいな――
 付き合っている時は分からなかった。それだけ里美に対して、浩司の中での偏見に近い思い入れがあったのを改めて感じたのだ。
 待ち合わせの日程はあっさりと決まり、後は二人を会わせるだけになった。里美も麻衣も楽しみなようだが、間に挟まれた浩司は心配だった。女同士というのは、一旦拗れてしまうと、なかなか元に戻らないということを聞かされていたからだ、もっとも、その話を聞いたのは、麻衣の口からだったのだが……。
 麻衣にお腹の子供は順調だということだった。産婦人科に一緒について行ったのは、最初の一度きりだったが、その後は、
「もう私一人で大丈夫だから」
 と、言って麻衣が一人で出かけている。経過からすると、そろそろ四か月に入る頃だろうか。つわりが残っているか、安定期に入るのかよく分からなかった。
 麻衣が妊娠し、浩司が結婚を考えていることは、まわりにはまだ話していない。浩司の親にも、麻衣の親にもそろそろ話を持って行かないといけないと思いながら、麻衣はそのことに触れようとしない。
 浩司にとって形式的なことは別に気にしていなかった。反対されたとしても、自分の決めた道を、麻衣と進むだけだと思っているし、麻衣にもその話をしていた。それよりも、里美のことが気になっていたのだ。
 里美のことを、もう恋愛対象として見てはいけない。麻衣の妊娠が分かった時から、里美を抱いていない。抱いてはいけないという思いよりも、感情が湧いてこないと自分で思っていた。
 だが、実際に抱けない。抱いてはいけないと思っていると、今度は、我慢できない自分がいることに気付く。完全に別れてしまうのであれば、諦めがつくのだが、記憶喪失の彼女を放っておけないなどと、なまじっかな同情を残してしまったために、浩司の中で整理できないものがこみ上げてきた。
 そういう意味でも、里美を麻衣に会わせることで、浩司の中にいる我慢できない欲望を抑えようという気持ちがあるのかも知れない。しかし、最初に諦めたはずが諦めきれないでいる自分に、果たして理屈だけで考えていることが通じるだろうか?
 麻衣は、育児教室に通い始めた。
「浩司さんも、一度見に来ればいいのに」
 産婦人科への同伴は、恥かしがるが、育児教室への参加を、促してくる。それこそ浩司の方で恥かしいというものだが、それを言うと、
「だって、浩司さんの育児姿、似合いそうですもん」
 と笑顔で話す麻衣の表情に明るさが戻っていて、嬉しくなった浩司は微笑み返しを行った。
 その笑顔は、今まで見た麻衣の表情とは違って、落ち着きが感じられる。お腹に一つの命が宿っただけで、ここまで表情が変わるというのは、本当に命の誕生の神秘さを、思い知った浩司だった。
 麻衣を見ていると、幸せいっぱいだった。この幸せを浩司は何とか守りたいという決意を抱いている。そのためにも里美のことから逃げるわけにはいかない。里美の気持ちを分からない浩司ではないので、逆にそれが心配なのだ。
 里美は、本当に心の優しい女性だ。
「里美と一緒にいる理由は何か?」
 と聞かれれば、
「一緒にいるだけで、それだけでいいって思いにさせてくれることだ」
 と答えるだろう。それが里美の魅力であり、それは持って生まれたものもあるであろうが、浩司と一緒にいることで培われた部分も少なくはない。そう思うと、本当に放っておけない。今までは浩司の癒しになってくれていたが、今度は浩司がその気持ちに報いなければいけない。ただ、それには障害が多い。麻衣も里美も納得いくようにしないといけないからだ。
「どちらも傷つけないように八方をうまく収めることができるだろうか?」
 浩司自身が、不安であれば、どうしようもない。いい方法などすぐに思いつくものでもないし、思いついたことが本当に正解であると言えるだろうか?
「下手な考え休むに似たり」
 というではないか、余計なことを考え、裏の裏を読み間違えると、後悔しても始まらなくなってしまう。
「思った通りにするしかないのかな?」
――後悔しないようにするにはどうしたらいいか?
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次