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彷徨う記憶

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 確かに浩司は、子供ができていたら、他の女性とはきっぱりと別れて、麻衣と結婚してくれると言ってくれた。だが、それは子供を利用したかのようではないか。できていなければ、結局は今まで通りの生活。麻衣の中で、子供ができたかも知れないと感じたことで、精神的に大きな変化があったようだ。言葉や態度で表すことは難しい、自分でも漠然としてしか分かっていないからだ。
「今までのような付き合い方で、私は満足できるのかしら?」
 麻衣は自問自答した。
 浩司のためにということを最優先で考えていたが、一度子供を意識してしまうと、今度は最優先は子供に移ってくる。浩司のような男に、子供を最優先にして見ている女を、今まで通りの付き合いができるかと言われれば無理であろう。たとえ浩司ができたとしても、麻衣の方で難しいと思うかも知れない。
 お互いに、ぎこちなくなってくるのは分かっている。子供ができていたとすれば、間に子供が入ってくる。少なくとも男女関係としては、制約が入り込んでくる。それは浩司が子煩悩であっても同じことだ。逆に子煩悩であれば、余計に二人の間に立ちはだかることを悪いことではないとして、子供中心の生活に楽しさを覚えるかも知れない。
 麻衣にはそれが耐えられるだろうか。確かに子供ができることで、母性本能が目を覚まし、どんなに男好きであっても、子供に気持ちが移るのは当たり前だ。人からはそう言われても、実際になってみないと分からない。麻衣はその不安が大きかったのだ、
 麻衣は自分の性格を顧みる。今まで顧みたことなどなかったことが不思議なくらいだった。
――ついこの間も、自分の過去を顧みた気がするのにな――
 と思ったが、少し違和感があったのも否めない。なぜなら、その時に感じた自分の過去に、覚えのないことが多かったことだ。まるで別人を顧みたようだったが、ひょっとすると、過去を見たわけではなく、未来を見たのかも知れない。
 麻衣は、由香のことは知っていた。由香が予言を意識しているのも知っている。だが、バカバカしいと思い、深くは考えていない。浩司を介しながら、自分が近しい仲であるかのような錯覚を持っていたことも否めなかった。
 病院が近づいてくるにしたがって。麻衣の不安は募ってくる。
――どうして私はこんなに不安なんだろう?
 浩司も麻衣が何を不安なのかが分からなかった。最初に麻衣が子供ができたかも知れないと言われた時、浩司は本当に麻衣のために結婚を考えた。そして、本心を麻衣に告げたのだ。そのことを麻衣が信じていないということだろうか?
 麻衣も、浩司の言葉を疑っているわけではない。むしろ分かっていて、ありがたいと思っている。だが、どこかで虫が知らせるのだ。
「もし子供ができていたとして、浩司と本当に一緒になっていいのか?」
 と……。
「それしかないじゃない。それに浩司さんだって。子供ができれば、私と一緒になってくれるって言ってくれているのよ?」
 知らせてきた虫に訴える。
「あなたが離婚したのを思い出してごらんなさいよ。本当にあなたは離婚したくて離婚したの?」
 確かにその通りだ。離婚したくて離婚を考えたわけではない。結局は、夫の死という最悪な結果を迎えたわけだが、そのことを知っているのは、麻衣しかいないはずだ。
 ということは、知らせている虫というのは、自分ということになる。
「そう、分かっているはずよね。私はあなた自身なんだから。それもあなたが隠しておきたい部分。そして今まで隠してきた部分。でもね。私もあなたなのよ。あなたが不利益になることを黙って見ているわけにはいかないの」
 出て来ようとしている自分を必死で隠していた感覚というのは何となく覚えている。それが今になって出て来ようというのか?
――いや、以前にも感じたことがあるわ――
 いつだったか定かではない。だが、離婚のことを話に出したということは、あの時も出てきたのだろうか?
 思い出そうとするが、肝心なところで頭痛に襲われる。
――そういえば、記憶喪失の人が、失った過去を思い出そうとすると、頭痛がするというわ。今がそうなのかしら?
 麻衣は、里美が記憶を失っているのを知っている。麻衣の頭に、里美のことが浮かんできた。
 だが、麻衣は里美の顔を知らないので、イメージは湧いてこない。それに里美が過去のことを思い出そうとしても頭痛がしてこないことも知らない。何よりも、過去のことを思い出そうとしていないこと自体、想像もできないだろう。
 麻衣はたまに自分が記憶喪失ではないかと思うことがある。奇しくもそれは里美が自分の記憶喪失を意識した時であるが、お互いに記憶喪失を考えているという意識で繋がるかも知れないことを、お互いに知る由もなかった。
 麻衣は、
――なんて頻繁に、記憶喪失だなんて思うのかしら?
 と感じ、里美の方では、
――あまり記憶喪失だということを意識しないのは、私自身で、冷静に自分を見つめているからなのかも知れないわ――
 と思っていた。
 まさしく感じたままに生きる女と、いつも冷静でありながら、ずっと何かに怯えている女らしい考え方だった。
 だが、いつも何かに怯えているというのは、実は麻衣も同じであった。態度に出さないだけなのだが、感情をあらわにする麻衣が、態度に出さないことは、考えていないことなのだと自他ともに認めていたことだったが、例外もあるのだ。
 共通点があるのではないかとは、麻衣は感じていた。里美は麻衣のことをあまり意識していないようなので、共通点について考えることもない。だが、里美の鋭い感性から考えれば、麻衣のことを知っていれば、共通点を見出すことなど、できないわけではない。
 では、二人に一番の共通点である浩司はどうだろう? 浩司には二人の共通点は見えていなかった。それは、麻衣を相手にする時は、麻衣のことだけ、里美を相手にする時は里美のことだけを考え、相手を愛することだけに邁進していた、それが自然に出てくることが浩司の最大の特徴で、女性から慕われる一番の理由なのだ。それを優しさというべきなのかどうかは、浩司は自分で判断できない。それでも付き合っている複数の女性は皆口を揃えて、
「浩司さんの優しさよ」
 と、答えることだろう。
 麻衣は自分が離婚した時のことを思い出した。
 確かに相手が嫌いになって離婚したわけではない。金銭トラブルから、旦那への愛想を尽かしたのが原因だった。離婚に際して、彼は最後まで首を縦に振らなかったが。今となってみれば、あの時に彼に対して未練を残さなかったのが、今の自分を支えていると思っている。
 元々麻衣は情に厚い方だった。彼と付き合い始めたのも、どこか頼りない彼を自分が支えてあげるという気持ちからだった。まさか最後には自分の手に負えないとトラブルで離婚に追い込まれようなど、想像もしなかったが、彼には優しさがあった。その優しさが最後は裏目に出たわけだが、一歩間違えば、彼の優しさにそのまま振り回され、一生、彼から逃れることができなくなっていたかも知れない。それを思うと、麻衣は彼と別れて浩司と出会えたことを、本当に幸運だと思っている。
――私もまだまだ捨てたもんじゃないわ――
 と、虚勢を張ったものだった。
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次