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彷徨う記憶

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「一つだと、一方向にしか目が向かないだろう? だけど性格が二つで、しかもそれぞれが相反する正反対に近い性格であれば、一つを漠然としてでも分かってしまえば、もう一つはそこから反対を見れば、見えてくるものもある。正反対というのは、意外と分かりやすいもので、少しずつ端の方から詰めていくと、結構性格のパズルを埋めるのは、そう難しいことではない」
「お前は変わってるな」
 と、友達はあきれ顔で、浩司に向かって言った。
「性格をパズルのように考えることを、冒涜のように思っている人もいるかも知れないが、僕はそうは思わない。利用できて、それが正確に答えを見出せれば、それでいいのではないかとね」
「楽天的なんだな」
「いつでもそうだったら、気が楽なんだけどな」
 と、自分の二重人格性を振り返った。
 浩司は二重人格を最初は、嫌で嫌で仕方がなかったが、程度の差はあれ、誰もが二重人格ではないかと思うようになると、少し気が楽になってきた。だからこそ、楽天的だと言われるのかも知れない。
 由香の前では、なるべくもう一人の由香の話をしないようにしていた。下手に心配を掛ける必要もない。浩司としても、普段の由香でいてくれればそれで十分だったからだ。
 だが、浩司がそう考えるようになってからもう一人の由香が浩司の前に現れることが多くなってきた。それはまるで浩司の気持ちを知った上で、計算ずくのようであった。
「あなたは、私の予言を信じているんでしょう?」
 いつになく氷のような表情は、普段の由香をまったく感じさせない。知らない人が見れば、誰が同一人物だと信じるだろうか。
「ああ、信じないね。僕は君の存在自体信じたくないと思っているほどだよ」
「そうでしょうね、あなたの性格ならそれは分かるわ。あなたは由香を本当に愛しているのね」
「ああ、そうだよ」
 と、言いながら、浩司の脳裏に里美の顔がちらついた。それを相手に悟られないようにしようと思うと、気を遣ってしまうのだ。
 目の前の由香は、浩司の一瞬の変化に気付いていないようである。ホッと胸を撫で下ろした。
「でも、浩司さんには何か秘密があるような気がして仕方がないのよ」
――鋭い――
 この鋭さは、普段の由香には絶対にないものだ。由香だから里美のことを知られずに済むだろう、ひょっとして由香と付き合いたいと思った気持ちの中に、そんな打算的な気持ちがあったのかも知れない。打算的というよりも、考え方が確信犯なのだ。それにしても、この女の勘の鋭さはどういうものなのだろうか? やはり、普段から影となり、表に出ることをずっと抑えていると、勘も鋭くなるのだろうか?
 それとも元々勘の鋭さから、表に出ないのかも知れない。
 浩司は由香を一人の人間として考えてみた。
 もし、由香が元は一人の人間だとすると、どこかで分裂するために、選択が行われたはずである。二人の性格になるのだから、いくつかある特徴をどちらに持っていくかということであるが、その選択がどちらの由香に対しても、罪深きものであるとすれば、浩司は由香という女性は、本当にかわいそうなのだと思う、
 浩司が由香に惹かれたのは、普段の由香を見ているからだけであろうか? もう一人の由香の存在も知っていて、それで二人をひっくるめて惹かれているのかも知れない。
 浩司は、普段の由香だけを考えようとしてみたが、もう一人の由香の存在を知ってしまうと、すでに一人のことだけを考えることは難しくなっていた。それは、もう一人の由香が怖いとかいう段階ではない。由香の方が浩司に対してどう考えているかが、怖くなっているのも事実だった。
 由香と一緒にいると、夢を見ているように思う。普段の由香自体が、浩司にとっては夢なのだ。
――こんなに純粋無垢な女性がいるなんて――
 天然というのは、裏を返せば純真無垢な女の子のことである。迷惑を掛けられることもあるだろう、だが、それもいとおしさの代償だと思えば何でもないことだった。
 里美に対しても同じような思いを抱いている。もちろん、それぞれに違う性格なので、違った意味での純真無垢なイメージで、自分からのいとおしさなのだ。
 純真無垢という言葉にもいろいろなイメージがあり、その中に里美と普段の由香が含まれる。今から思えば、麻衣も当然に含まれている。
 三人の中で一番素直なのは誰かと聞かれれば、答えに困ってしまう。
 浩司に対して素直なのは、普段の由香であろう、一生懸命に尽くしてくれようとするのは、三人三様なのだが、それぞれに違っている。由香だけは、そんな中で、まったく損得から無縁であった。
 麻衣も分かりやすかった。
 麻衣の場合は、基本として、
「自分が一番、可愛い」
 のである。快楽を得るために浩司に尽くす。それはある意味一番女らしいと言えるかも知れない。それが浩司には嬉しくもあり、くすぐったくもあるのだ。
 里美の場合は、自分でも、浩司に対してでもない。自分を分かっていない里美は、必死に自分を探そうとしている。そのために浩司にしがみついているというのが、見たそのままであろう。実際には違っているのかも知れない。ただ、そんな中でも里美にも損得はないだろう。損得ではなく、必死にもがいているのだ。必死にもがいている人間が、損得を考えるというのもおかしい。そこが、また浩司が里美に惹かれる理由でもあった。
 もう一人の由香は、予言できると言った。ということは、その時すでに、由香には里美以外にも、まだ浩司すら知らない麻衣の存在を予見していたのかも知れない。そういえば、麻衣と知り合ってからすぐ、もう一人の由香が急に現れなくなった。麻衣に溺れかけていた浩司は、感覚がマヒしかかっていたせいもあってか、不覚にももう一人の由香の存在を忘れてしまう結果になってしまったのだ。
 それが、浩司に大きな後悔の念を残してしまった。後悔の念を引きずったままいると、今度は、もう一人の由香に会いたくてたまらなくなる。
――何とも因果な性格ではないか――
 と、浩司は思うようになっていた。
 一度忘れてしまうと、記憶から抹消されてしまったかのようで、あれだけ普段の由香がいいと思っていた気持ちが、物足りなさを帯びたようになった。
――これって、もう一人の由香が僕の気持ちを知っていて。弄んでいるのかな?
 と思うようになると、さらにもう一歩踏み込んだ考えも生まれてきた。
――もう一人の由香というのは、本当は架空の存在で、由香は一人ではないか。一人の由香が、僕をもてあそぶかのようにしながら、巧みに二重人格を演じているのかも知れない――
 そう思うと、ゾッとしてきた。
 由香がいとおしくてたまらないと思っていた気持ちの中で、自分に従順な由香を支配しているような気持ちになっていたのにも関わらず、
――実際に操られていたのは自分だったのではないか?
 などと思ってしまうと、
――因果な性格は自分だけではなく、由香の方にあったのだ――
 と思わずにはいられない。そうなると、由香にとって浩司を手放したくないと思うのは必然で、もう一人の由香が顔を出さないのは、浩司に自分を気になるようにさせるための計算ずくでのことだと思うと、恐ろしく感じられるようになる。
 由香という女性を、
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次