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彷徨う記憶

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 普段から引っ込み思案で、人と話す時も不安がみなぎった表情をしている由香なのに、予言をする時の由香の顔は真剣そのもので、普段との違いから、皆恐ろしく感じていることだろう。
 言葉遣いも、普段の敬語はまったくない。自分がまわりよりも上であること、そして、予言者としての貫録すら見せられては、さすがにいつもの由香と話をしているのとわけが違うことも皆分かっている。
 敬語を使わない由香も、浩司には魅力だった。普通敬語を使わないというと、親密な関係になっているということで、喜ばしいことなのだろう。浩司も由香が敬語を使わないことをいいことだと思っているが、それは、喜ばしいという発想とは少し違っている。
 引っ込み思案が解消されるということの方が、浩司にはありがたかった。ただ、それでも自分に対してだけは他の人と違っていればそれでいいという考えで、自分のものにしたいというところまでは行ってなかった。
 自分のものにしたいという表現が、もっとも似合わないはずの相手が由香だったはずだ。由香には闇を照らす者と、明るさの中でひっそりと静まっている者との二人が存在している。そのどちらかだけをまわりが知っていて、両方知っているのは、浩司だけであってほしい。それは二重人格という性格を、自分だけのものにしておきたいという思いがあるからであった。
 由香の予言は、いわゆる「虫の知らせ」である。特別に霊感の強い人は、誰のまわりにもいるだろう。ただ、今まで浩司のまわりにはそこまで的中する人はいなかったので、少しビックリしている。最初は、そんな由香には人間として興味はあったが、女性として意識することはなかった。
 それにしても、普段とのギャップの何と激しいことよ。
 普段はいつも何かに怯えている。しかし、もう一つの顔を見ることで、由香のことが分かってしまえば、何ということはない。由香が怖いのは、「人間」なのだ。
 とは言うものの、由香ほど人間臭い人はいないとも言えるのではないだろうか。天然で、ボケているのか、本気なのか分からない。それでいて、「虫の知らせ」がある時は、それまでの自虐的な性格はどこへやら、思い切り自信が全身からみなぎっているのを見て取れる。
 由香にとって、人との付き合いは、何なのだろう?
 何とかボケることで、人から敵対されないようにしているのは、まるで動物が保護色で身を守るかのようである。防衛本能が人よりも強く表に出ているということか? それほど由香には人には言えない何かがあり、防衛本能を表に出してまで、自分を守らなければいけないのだろう。
 由香が、お店を辞めなければいけなくなった理由は、「虫の知らせ」を予言する由香の存在が少なからず影響しているのではないか。それ以外に由香がお店を辞める理由が思い浮かばない。思い切って、家で母親に相談し。昼の仕事を探してくれたのかも知れない。それよりも、浩司には、由香が母親にスナックで勤めていることを最初から話していたかどうかも疑問だった。由香の性格からすると、母親には怖くて話していないように思う。
「夜の仕事なんて、あなたに勤まるのかしら?」
 と、それほど厳しい口調で言われたのではなくとも、由香には、少々優しさが籠ったくらいの中途半端な言い方をされる方が、きっと精神的にきついのではないだろうか。
 それでも、誰にも言えないほどの辛さを一身に背負って、何とか頑張ろうとしたが、結局ダメで、親に相談することになったのだろう。
 浩司の勝手な想像であるが、当たらずとも遠からじだと思っている。それは由香と付き合い始めてからも、その思いに変わりはない。
――由香の本当のことは、僕にしか分からないんだろうな――
 と、付き合い始めてから感じるようになった。
 普段の由香は、自分が虫の知らせモードに入った時のことを覚えていないという。となると、虫の知らせモードの時の由香も普段の由香を覚えていないだろう。
 由香に対して浩司は二つの思いが存在する。
――一番話しやすい相手と、一番声を掛けにくい相手が共存しているのが、由香なのだ――
 という思いである。
 普段の由香ほど、誰よりも話しやすい相手はいない。それは由香にとっても同じことで、だからこそ付き合い始めたのだが、お互いに惹き合っているのも間違いない。
 しかし、虫の知らせモードの由香は、普段の由香を知っているだけに、そして、普段の由香のすべてを知っていると思うだけに、声を掛けることすらできなくなるほど、浩司にとって、接しがたい相手である。
 由香としてもそうだろう。いや、由香自身が一番怖がっているのかも知れない。普段の由香が、天然なのは、ひょっとすると、もう一人の自分の存在による反動のようなものなのかも知れない。
 たまにしか出てこないと思っていた、虫の知らせモードの由香だが、本当は、半々くらいなのかも知れない。無意識のうちにコントロールしていて、浩司の前ではなるべく、普段の由香でいるのだろう。
 では、虫の知らせモードの由香は、誰か違う人の前にいる時に多く現れているのかも知れない。そう思うと、由香の背後に、誰か男性の影があっても、不思議ではない気がしてくる。
 しかし、よほどお物好きでもないと、もう一人の由香を付き合おうなどと思わないのではないだろうか。自分だったら、嫌である。普段の由香を知っているからなのかも知れないが、どう接していいか分からない相手というイメージしか、浩司にはないからだった。
 浩司は、由香のことは信じられるが、もう一人の由香の存在が気になって仕方がない。もう一人の由香の存在が、普段の由香との付き合いを壊しかねないと思うからだ。ひいては、その時付き合っていた里美との関係も、崩れてしまうのではないだろうかと心配になってきた。
――僕って心配性なんだよな――
 と、思ってしまうが、それも浩司の性格の一つだった。
 冒険心は多いのだが、それ以上に心配性なので、人は慎重派だと思っているだろう。だが、浩司にも二重人格的なところがあり、ただ、由香と違うところは、二重人格であることを、人から指摘されなくても分かっていることだった。
 浩司が今までに知っていた二重人格と思える人たちは、浩司に似ていた。皆それぞれに自分が二重人格であるという自覚を持っている。
 ただ、全員が全員、二重人格のもう一人の自分の存在を知っていても、性格や、それがまわりの人にどれほどの影響を与えているかまで自覚している人は、さほどいないようだった。
 確かに自分の性格を把握するのは難しい。一つの性格だけでも難しいのに、二つあるのだから、それも当然だろう。しかし、浩司には少し違った考えがあった。
「一つでは分からなくても、二つなら分かることもあるということさ」
 友達と性格について話したことがあり、その時の会話だ。
「どういうことだい?」
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次