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彷徨う記憶

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 どこにでもいる何の変哲もない顔立ちをしていると思っている浩司だったが、結構女性にはモテる気がしていた。一度に複数の彼女を作ったが、なぜか、罪悪感はなかった。なぜなら、彼女たちは、それぞれ自分以外にも浩司と付き合っていることを知っていたからだ。それも漠然と感じていたわけではない。ハッキリと知っていた。
 理由は簡単。浩司が自分から白状するからだ。
「今、他にも付き合っている女性がいるんだけど、それでもいいかい?」
 ある意味、ずるいやり方でもあった。女性が浩司のことを好きになって、告白までさせておいて、その段になってやっと告げるのである。卑怯であり、詐欺行為だとなじられても仕方がない。
 それでも女性たちは、浩司から離れることはない。実際に複数でデートすることもあったし、その都度女性たちは、
「こんなの初めて」
 と、その場の状況に置かれた自分を可哀そうというよりも、新鮮な気持ちで見ているのだった。
 そのセリフは、一人の女性から何度も聞く。普段のデートの時だけではなく、ベッドの中での今際の際で、あられもない声を上げている。そんな時、浩司は大きな満足感に包まれる。
「この瞬間が、女性を征服したような気持ちにさせられる」
 この思いが、浩司が自分のことを
「サディスティックなところがある」
 と思わせる部分であった。この瞬間だけがサディストだという思いにさせるわけではないが、少なくとも裸と裸の世界で征服感に包まれた時、自分の性を思い知り、自己満足というものが、悪いものではないことを感じるに至るのだった。
 仕事においてのストレスを、彼女たちで発散させる。彼女たちも、浩司に抱かれることで溜まっているものを発散できる。持ちつ持たれつである。
 浩司は、彼女たちの相談にも乗ってあげる。自分のことでなければ、的確なアドバイスもできるだろうし、彼女たちの中には、浩司以外と付き合っている女性もいる。
「どっちもどっちだな」
「そうね」
 苦笑いを浮かべるが、そんな時、浩司は複雑な気持ちに見舞われる。それはきっと相手も同じだろう。それをサラリとした会話で逃れるのが大人の会話だと思う。お互いに大人の会話に酔うことが好きなのだ。そんな女性が浩司にとって一番好きなタイプだったりするのだった。
 複数の女性と付き合うことが多い浩司だったが、主婦と付き合うことは今までにはなかった。敢えて避けていたわけではないが、知り合う機会がなかっただけだと思っているが、ひょっとすると、主婦の目線には、浩司という男性が危険な男に見えたのかも知れない。それだけ浩司のまわりには、危険な匂いのする男性に惹かれる主婦はいなかっただけに違いない。
 女性から好かれる理由は、
「浩司さんは真面目だから」
 というのが、もっぱらの理由らしいが、
「真面目なくせに、複数の女性と付き合っているんだぜ。とんだ真面目な男じゃないのかい?」
 とおどけた調子で言うと。
「まあ、その通りよね。でも、それでも浩司さんは真面目なのよ」
 そう言いながら、唇を求めてくる。こういう会話ができるのも、ベッドをともにしている時である。
 こういう会話が、ほとんどの女性との間で繰り広げられるのは面白いものだ。違う女性を抱いているのに、ベッドの中では、皆同じようなシチュエーションで、浩司もそれに応じている。ベッドの中では浩司の方から発言することというのはほとんどないだろう。女性の方から話しかけてきて、それに応答しているだけというのがパターンである。
 背が高く、スチュワーデスのような女性だったり、小柄で少しぽっちゃりの女性であったり、気が強そうな女性であったり、いつもおどおどしている女性であったり、複数の女性と付き合っている時は、いつも同じタイプの女性はいない。別に選んでいるわけではない。寄ってくる女性がたまたまそういう女性だったということだ。
「来る者は拒まず」
 これが浩司の信念で、さらには、言葉は悪いが、なかなかモノを捨てることのできないタイプでもあった。
 捨てることができないことを、物持ちがいいという言葉を言い訳に使っている。要するに整理整頓ができないのだ。女性に関して、その言葉が当てはまるかは分からないが、少なくとも今はうまくいっている。
「そのうち、大きなしっぺ返しを食らうかも知れないわよ」
 と言われることもあったが、
「その時は、君だけが残っていれば、僕は幸せさ」
 と言って微笑む。
「まあ、ありがたいことだわ」
 ニッコリと微笑む相手の女性は、今付き合っている中で唯一の年上の女性で、実は以前の上司であった。結婚を機に「寿退社」したのだが、二年もしないうちに離婚した。会社に復帰することもなく。派遣会社に登録し。派遣社員として、他の会社に勤めている。彼女のことを覚えている人も会社内には少なくなり、覚え散る人でもそのほとんどが。彼女は幸せな結婚生活を送っていると思っているに違いない。
「出会いって、本当に偶然なのかしらね?」
 年上の女性、名前を麻衣という。自分をサディストだと浩司が思うようになったきっかけとなった女性が、この麻衣だった。
「そうだよね。僕と麻衣の再会も、出会いの一つになるのかな?」
「なるわよ。だって、あの頃の浩司さんとも、私とも違うでしょう? あの頃は結びつくなど考えられないような仲だったと思うもの。浩司さんは、私のことが嫌いだったでしょう?」
 口元にいやらしい笑みを浮かべた。淫乱さとは違ったその笑みは。麻衣の特徴でもあり、麻衣が会社にいる頃、もっとも苦手だった笑みなのに、今では同じ笑みを返せるのではないかと思うほど、性格の似たところがあることを気付かされたのである。
 麻衣が浩司のことを、会社にいる頃から意識していたと聞かされたのは、最初に身体を重ねた時だった。出会いは偶然だったと今でも思っている浩司だったが、その日、喫茶店に立ち寄ろうと思った時の心境は、定かではない。
 夏の暑い日、確かに喉の渇きに精神的に耐えられないものを感じていた。ただ、もう少しいけば、馴染みのお店があったのだから、そこまで我慢できないこともなかったはずだ。その日も店の前で少し躊躇した。我慢できない気持ちと、馴染みの店の馴染みのドリンク、頭の中で比較もしたし、知らない店で今のような憔悴した状態で、どのような目で見られるか分からない状況を想像してみると、簡単に扉を開く勇気がなかった。
 思い切って扉を開いた瞬間、すぐに飛び込んできたのが、麻衣の顔だった。
「まさか」
 すぐにそこにいるのが麻衣だと分かった。バツの悪さが、浩司の脳裏を駆け抜けた。
「しまった」
 という思いを麻衣も抱いているのか、軽く唇を噛み、表情が凍り付いているように見えたのだ。
 だが、それも一瞬のことで、最初に表情を崩したのは麻衣の方だった。会社では見せたことのない含みのある笑みには、包容力が感じられた。引いた血の気が一気に戻ってきた浩司も同じように微笑み返す。その表情は麻衣に負けないほどの満面の笑みを返していたに違いない。
「本当に浩司さんは真面目だわ」
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次