彷徨う記憶
佐久間浩司が麻衣と出会ったのは、昼下がりというには、すでに日が西に傾きかけた頃であった。少し赤みが掛かった日差しだったが、赤いというよりも黄色い色のイメージが頭に残っているのは、西日の強さに目が奪われていたからであった。日差しに向かって歩いていたので眩しさを避けるように足元を見ながら歩いていたが、その時、自分の影が見えていることに、疑問を感じることがなかった。
足元から伸びている影は限りなく暗黒に近いほどの黒さである。眩しさから目を背けるようにしているから、足元を見ていて、そこに影があるのを発見し、影を見ながらいろいろ思いを巡らせようとしているという経緯は分かっているのに、影があることの不思議さに気付くことはなかった。
気が付いたのは、しばし見ていた影が、急に目の前から消えた時で、目の前に聳えるビルの影に、人一人の影など、ひとたまりもなかった。
消えてしまった影を見て、
「あっ、そんな」
と、思わず声をあげてしまった。それは、今から影を見ながらいろいろ思いを巡らせようとしているのを予感していたからであった。予感が、浩司にとってどれほど大切にしたいものかということを感じさせた瞬間だった。大切なものを奪われることは、いくらそれまで平常心でいられたとしても、精神に痛手を与えるものである。精神というものにバランスがあって、ちょっとした弾みで一端が崩れると、自分でも想像していなかったあられもない姿が、まわりの人に不愉快な思いを与えることを分かっていたのだ。
まわりの人に気を遣っているわけでも、まわりから変に思われようとも、最近の浩司にはあまり気になるものではなかった。それよりも、そんな時に限って、まわりの人がやたらと幸せそうに見え、自分だけが不幸に陥りそうな気分になるのが嫌だったのだ。余計な気をまわしているだけのことなのだろうが、
――一人で周りの不幸を背負い込んでいる――
という思いは、なぜか嫌ではなかった。同情されることを嫌うわりに、まわりからどう思われようが、結果的にまわりのためになっているようなことに対して、満足感を覚える。いわゆる自己満足というべきであろう。
今年、三十五歳を迎えようとしていた浩司は、社会人として、中堅という年齢に達しているような気がした。
「百里の道を行く時、九十九里を過ぎて半分としなさいということわざだってあるだろう? 三十五歳なんて、まだまだこれからさ」
今年四十五歳を迎えた上司に言われる。上司は部長職で、浩司は、やっと課長に昇進したばかりだった。
「そうなんですか? 僕にはよく分かりませんが」
と口では言っているが、部長の言葉は、課長に昇進した浩司に対して、「舞い上がらないためにするための戒めの言葉だけとしか聞こえなかったことで、ついついつっけんどんな言葉になってしまう。
そんな浩司の態度も部長にとっては手に取るように分かるのだろう。訝しがるわけでもなく、暖かい目を向け、
「まあ、あまり意固地にならないことだ。俺とお前は年齢が近づくことはないんだ。ましてや、追い抜くことなんか絶対にできないんだぞ」
なるほど、浩司を部下として見る目に、距離が広がったり、狭まったりすることはないということなのだろう。部長の言いたいことは分かるのに、どうしても素直な気持ちになれないのはなぜなんだろう。縮まらない距離に苛立ちと、見上げることで自然と培われてくる尊敬の念を認めてしまうことへの照れ隠しのようなものなのかも知れない。
最近、浩司はよく本を読むようになっていた。それまでは、新聞にしか目を通していなかった、新聞にしても、気になることは覚えているが、毎日ともなれば、半分は斜め読み。読んでいるようで、覚えていないのが本音だった。覚えていないのか、最初から読みながら他のことを考えているために最初から頭の中に残っていないのか、定かでないのは、その時に気持ちを持って行かないと分からないからであった。
前任の課長は、他部署の部長として呼ばれて行った。出世というべきなのだろうが、それが喜ばしいことなのかどうか、浩司には分からない。今自分が課長職を拝命したが、やってみると、今までの第一線で引っ張っていく仕事とは、かなり違っている。
「今まで後ろで、部下が仕事をしやすいようにここまで気を遣ってくれていたんだな」
と、感心させられた。それまでは、
「なかなか部下の要望を聞いてくれずに、叱責したり、文句ばかりを言っていたのに」
としか思えなかった。叱責もするのは、さらに上の上司との間に課長というワンクッションを設けることになり、直接の責任問題になることまではなかった。そのことを自分がその立場になってやっと気づいた。まだ気付くだけでもいいのかも知れないが、前任の課長に対して済まないという気持ちと、これからの自分を思うと、どこまでできるかという不安がないわけではない。やはり上司からの叱責も食らわされることもあり、浩司にとっては気が休まらない日々を過ごさなければならないことは、苦痛以外の何者でもなかった。
浩司はその日、仕事を定時に終わり、会社を出た。係長くらいの頃までの、第一線で活躍していた頃は、定時で帰るなど考えられなかった。だが、定時で帰るからと言って、仕事が楽になったわけではない。部下の手前、自分が早く帰らないと、誰も帰れないという悪しき習慣を脱却するためでもあった。だが、第一線の人間が、そう簡単に定時に帰れるわけではないことは分かっている。それでも、なるべく早めに仕事を片付けて、それでも終わらない時は、翌日早く来るようにする。おかげで、一番最初に出社して、一番最初に退社するのは浩司だったのだ。
それでも、浩司は第一線が好きだった。やりがいという意味では、今はまったくなくなってしまった。毎日を忌々しい思いで過ごしているのも事実で、第一線の時も毎日の繰り返しだったが、今のような忌々しさはない。
「どこが違うというのだ?」
やはり、やりがいの問題だろう。やりがいは、浩司の中では「自己満足」に属するものだった。浩司はそこまで思わないが、人によっては、自己満足は諸悪の根源のように思われている。だが、
「自分が満足しないのに、他人を満足させられるはずがない」
というのが浩司のモットーであり、言葉には出さないが、誰もが大なり小なり同じ思いでいると思っている。それなのに、諸悪の根源であるかのように思われているのは、きっと習慣や伝統なるものが、存在しているからであろう。
今の言葉を再度反芻してみた。
「自分が満足しないのに、他人を満足させられるはずがない」
この言葉は、自分の中にあるセックス論とは反していた。どちらかというとサディスティックなところがあると思っている浩司だったが、普段のセックスは、あくまでも相手に満足してもらえることを目指しているからだった。
「そういえば、最近、女性を抱いてないな」