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彷徨う記憶

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 と、高杉は言ってくれたが、まさしくその通りだ。なのに、それが分かっているのに、高杉といると、過去に一気に引き戻されてしまいそうで怖いのだ。それがジレンマとなって里美に襲い掛かる。里美にとって高杉の存在が怖くなる瞬間でもあった。
 記憶喪失になった人が、過去のことを思い出そうとすると頭が痛くなるというシーンを、ドラマや映画で何度も見たが、本当にそうだろうか?
 里美は今までにも何度も過去のことを思い出そうとしてみたが、それほど苦痛は感じられなかった。ただ、思い出せないことで苛立ちを覚え、汗が額に滲んだりしたことはあった。それをまわりの人に対して、
――気付かれないようにしないといけない――
 という思いも働いたが、ただ、そうして意識を強めると、却ってまわりに気を遣ってしまう。
 まわりが気付けば、きっと、
「大丈夫ですか?」
 と、心配そうな表情を浮かべることだろう、
 心配そうな表情ほど、苦しんでいる本人にきついものはない。
――お願いだから、そっとしておいて――
 と言いたくなるものだ。相手の心配そうな顔を見ることで、自分がどれほど苦しんでいるかという鏡になってしまうのだ。自分の顔を確認できないことで、苦しみを少しは緩和できているのだから、それを人の表情で分かってしまうというのも、皮肉で辛いことなのだろう。
「記憶がないことって、それほどきついと思わないのよ」
 と、高杉に話してみた。
「そうなんだね。もし無理に思い出したくないと思うんだったら、思い出さなくてもいいんじゃないかな? 思い出そうとして頭が痛くなったり苦しんだりするのは、きっと思い出したくないことを思い出そうとするからなんだろうね。でも思い出さないといけないと思う。そして、また苦しむ……」
「それって、悪循環ですよね」
「そうだよね。でも、里美ちゃんは記憶がないことをきつくないって言った。ということは無理に思い出すこともないし、思い出さなければいけないことだって思っていない。意外とそういう時って、ふとした時に思い出すのかも知れないね。だから、無理して思い出す必要なんてサラサラないような気がするんだ」
「俊二さんって、結構楽天家なんですか?」
 難しく考える人よりも、今の里美には、楽天家の方が合っていると思う。浩司もあまり無理なことは言わないが、必要以上なことも一切口にしようとしない。それは里美に気を遣っているからなのかも知れないが、たまに一抹の不安に襲われる。そんな里美を知ってか知らずか、浩司はいつも大人で紳士だった。
 高杉は、里美と一緒にいることでいつも対等でいてくれる。里美が浩司に求めているものは慕う気持ちと、委ねる気持ちだった。だが、それだけでは何か物足りない。それを満たしてくれるのが、高杉という存在だった。
 時々、里美は自分がどんな男性を欲しているか、考えることがある。その対象は、もちろん浩司と高杉である。他の男性には興味を示さないし、世の男性のほとんどは、高杉か、浩司のどちらかのタイプに属してしまうのではないかと思うほどだ。
 だからといって、二人がまったく正反対のタイプだというわけではない。むしろ、共通点は多いのだと思う。だからこそ里美は、二人が気になってしまうのであり、二人の違いは、それぞれ紙一重のところであることから、他の人には二人の共通点が見えてこないように里美は感じていた。
 浩司に対して従順で、明らかに自分の方が慕っている。本当はこれが自分の本性ではないかと思っていたが、高杉の出現によって、相手と対等であることがどういうことかというのを思い出した気がしたのも事実だ。本当であれば、先に高杉と知り合い、その後で浩司と知り合ったのであれば、きっと、浩司にだけ惹かれていたに違いない。順番が逆になったことで、里美は、高杉に忘れていた何かを思い出す術を見出したのかも知れない。
 どちらを選ぶなどできないという思いが里美の中に巡っているのを、浩司は見逃さなかった。
 里美の中に、
「浩司さんだって、複数の女性とお付き合いしてるじゃないの」
 という自分優位になる切り札を持っているのが分かっていた。それは自分の中では抜いてはいけない最後の剣だということを分かっているつもりでいたが、表になるべく出さないように気を遣っていた。
「俊二さんの魅力って何なのかしら?」
 と考えると、会話の中で考えていた、
「楽天家」
 というイメージである。どこか投げやりなところもあるが、神経質にばかり考えがちな里美にとって、余裕を感じさせられる俊二は、何といっても新鮮で、誰にも代えがたいものであった。
 そういう意味でいけば、浩司とは正反対かも知れない。
 里美は浩司と出会って最初に感じたことは、
「私と同じものを持っている人だわ」
 ということだった。
 それはお互いに気持ちが分かり合えるということで、その時の里美にはよかったのだ。
 だが、あくまでも「その時」であり、長い目で見れば、どうなのか分からない。ただ、慕いたい、委ねたいという気持ちが根底にある里美には、浩司から離れることは考えられない。
 それは今も変わっていない。目の前に新たな男性、高杉が現れても、それは同じことだった。
――浩司さんには複数の付き合っている女性がいるって言ってたけど、それも分かる気がするわ――
 浩司が複数の女性と付き合っていて、しかもそれを隠そうとしない。神経質なところがあるが、信頼のおける男性である浩司になら、他に女性がいても、それでもいいという女性ばかりと付き合っているのだ。
「ということは、私もその中の一人?」
 他の女性のことなど考えたこともなかった。それは浩司に対して気を遣っていることであった。浩司が自ら告白してくれたのだから、敬意を表して、こちらもあれこれ詮索してはいけないと思ったのである。
 浩司の付き合っている女性は、皆大人の女性だという意識しかなかった。もちろん他の女性と話をしたこともなければ、会ったことすらない。
――他の人たちはどうなのかしら?
 里美だけが特別で、他の女性たちの間では交流があるのかも知れない。それは里美だけが特別だということだが、それは里美にとってありがたいことなのか、ハッキリ分からなかった。要は、浩司が里美を特別な女性として見てくれているかどうかということである。
 浩司は本当に大人だった。浩司のような男性を大人というのであり、他の男性は皆子供にしか見えなかった。
 高杉には、確かに浩司のような包容力も、強引に思えるほどのぐいぐい引っ張っていく力を感じることはなかったが、違った意味での大人を感じる。
――紳士的なところだわ――
 確かに浩司にも紳士的なところを感じるが、高杉の紳士的なところとは違っている。
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次