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彷徨う記憶

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 里美が高杉に惹かれたのには、高杉が自分以外の女性を見ていたのが大きな原因であることを、里美本人は意識していない。嫉妬などという言葉とは無縁の里美だったが、心のどこかで嫉妬心がくすぶっていたのだろう。里美が明るいのは、明らかに空元気である。少しでも高杉の気を引こうと、今までにない性格を表に出した。浩司は里美の気持ちの変化の奥深くまでは分からなかったが、自分以外の男性に心引かれた里美に、自分で封印できると思っていた嫉妬心がふつふつと湧いてきたのである。
 里美は、いつの間にか、高杉の術中に嵌っていた。ただ、高杉にどれほどの計算があったかどうか分からないが、ある程度の計算があった方が女性の性をくすぐるもののようで、ちょうどうまく、二人を結びつけたのかも知れない。
「僕はね。あまり女性と付き合ったことがないので、恥かしいんだけど、それでもいいなら付き合ってもらえると嬉しい」
 女性と付き合ったことがないと言っているわりには、ハッキリとした告白だった。
「私も男性とあまり付き合ったことがないんです。だから……」
 それ以上の言葉が出てこない。里美も浩司がいながら、よく言えたものだ。だが、里美の頭の中には、その時、浩司のことが消えていた。高杉を目の前に、正直であり、素直な自分を表現しているだけだった。それが高杉にも分かったのか、細かいことを聞こうとはしなかった。
「僕は、高校の時に女性恐怖症になったんだ。昔でいえば、スケ番グループに目を浸けられて、結構苛めを受けていたんだ。辱めを受けていたと言ってもいい。どうやら、スケ番のリーダーが僕のことを気に入ったらしく、そんなことを知らない僕は鬱陶しいと思っていたら、急に向こうが切れちゃって、逆恨みもいいところさ。すぐにそのスケ番グループは他のグループに潰されちゃって、僕は解放されたんだけど、それがトラウマとして残ってしまったんだ。そのトラウマが、『女性は汚い』というものだったんだ」
「でも、今のあなたからは、そんなことは想像できないけど?」
「そうだね。大学に入って知り合ったお姉さんが、僕を変えてくれたんだ。その人は結構遊んでいるように見られていたけど、そんなことはない。僕が一番よく知っていて、他の人の知らないその人のいいところを知ることができたことに、僕は有頂天になったんだ。ものすごく遅い初恋だったんだね。初恋は成就しないっていうけど本当だ。どうしても彼女とは交わることのできない平行線上にいることが分かってきたんだよ」
 何となく里美にも分かる気がしてきた。
「初恋っていつだったの?」
 と、聞かれるとハッキリ答えることができない。ひょっとすると浩司なのかも知れないと思ったが、すぐに頭を振って打ち消した。
 初恋が成就しないものだと思うから、頭を振った、しかし、浩司との仲が本当に成就してほしいものなのかというと、これはまた疑問であった。
――もっと素敵な人が現れるかも知れない――
 という思いがいつもあって、今目の前に現れたのが高杉である。彼も本当に成就してほしい相手なのかは疑問だが、少なくとも、里美自身にはいくつもの選択肢が存在していることを感じさせた。
――この人なら、術中に嵌ってみてもいいかも知れないわ――
 高杉に感じた想いであるが、決して浩司のことを頭から打ち消す気にもなれなかった。高杉と一緒にいる時は、高杉だけを見て、浩司と一緒にいる時は浩司だけを見ていたいという思いを大切にしたかった。この思いがあるからこそ、新しい恋が本物なのかどうか、見極められる気がしたのだ。
 浩司と最初に出会った時は、里美が浩司の術中に落ちたというよりも、里美には他意はなかったのに、浩司が里美の術中に嵌った形になった。それでも何年も付き合っていられるのは、お互いに惹き合うものがあるからで、二人だけの独特の世界は、何物にも代えられるものではなかった。
「俊二さんは、私のどこが気に入ったの?」
 すでに下の名前で呼ぶようになっていたが、それも自然だった。
「俊二って呼んでいい?」
 などと聞いたわけでもない。高杉も里美のことを、いつの間にか、名前で呼ぶようになっていた。
「どこだろう? 僕が何かを言おうとすると、きっとニコッと笑って、何でも分かるわよと言わんばかりに、何でもしてくれそうな感じかな? 僕は男として主導権を握りたいタイプだと思っていたけど、里美と出会って、ひょっとして、そうじゃないんじゃないかな? って思うようにもなったんだ」
 無言で二度里美は頷いた。きっと高杉ならそういうだろうと思ったからだ。お互いに何も言わなくても相手の言うことが分かる快感というのは、くすぐったくても、触れることができないもどかしさにも似ていた。ただ、ずっと耐えているわけではなく、すぐに解放される。それが里美の中での今までになかった「心の解放」を促すものだった。
 記憶喪失なのは、高杉にも話した。少し驚いていたようだが、
「神秘的でいいかも」
 他の人が言えば他人事のように聞こえるが、高杉に言われれば正面から話してくれているように思えて、感心させられる。
「神秘的って言えば、俊二さんも神秘的なのよ」
「そうなのかい? そんなこと言われたことなかったよ。いつも昔のトラウマに縛られて、人と話すことはおろか、なるべく誰にも近づこうなんて思ってなかったからね。お姉さんと一緒にいる時だって、まわりの目にいつも怯えていたものさ」
「そのお姉さんはどうしたの?」
「それが、急に僕の前から消えたんだ。行方不明ということなんだけど、警察もいろいろ調べたんだけど、結局分からなくてね。皆、お姉さんは男とどこかに逃げたんだって話をしてたけど、僕には中途半端な噂は信じられなかった。そんなことを言う人たちって、皆人のことを中途半端にしか見ていない人たちなんだって思ったものだよ」
 高杉のショックは計り知れないものだったんだろうと、里美は思った。思った瞬間、またしても胸を締め付けられる思いに見舞われ、俊二を抱きしめたい衝動に駆られた。それは里美自身も、以前に感じたことがある感覚だが、いつだったのか、まったくと言っていいほど思い出せない。暗幕に包まれたその奥の秘密を、一瞬だけだが垣間見た気がしてきた。
 里美には、俊二の中で、空白の期間があるように思えてならなかった。それを本人は意識していないのかも知れない。いや、本人だけではなく、里美以外の誰もが、そのことに気付かないのだろうと思われた。
 特殊な過去を持っているかも知れない里美と、過去に空白を感じる高杉、ひょっとすると出会うべくして出会った相手ではないだろうか。
――ひょっとすると、高杉なら、里美の失った過去を引き戻すことができるかも知れない――
 という思いが里美にはあった。
 だから、高杉に惹かれたのかと言えばそうではない。逆に過去を引き戻すことが高杉にできるとすれば、それは里美にとって本当にいいことなのかが疑問である。ゆっくりとここまで時間を掛けてきたものを、一気に引き戻すのは危険ではないかと里美は思うのだ。
「里美は、過去のことを気にしているようだけど、一気に思い出す必要はないんだよ」
作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次