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短編集36

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 今まで千恵子を抱いた男性がこの部屋に来て、すぐに別れていったのを思い出していた。別に千恵子が変わったわけではないが、ただこの部屋にいる時の千恵子が妖艶だったように思えて仕方がない。
――今までの男性は妖艶な私が好きだったはずなのに――
 少なくとも途中までは魔法に掛かったかのようにムードは盛り上がっていた。その瞬間、
「ポッポ、ポッポ……」
 と鳴り出すハトの音。キリのいい時間を示すのは、何とも言えない偶然である。
 だが本当に偶然なのだろうか? 秀則の時にもハトは鳴った。だが、秀則と一緒にいるとそれほどビックリした感じはしない。音がそれほど響かないからである。いつも一人でいて気にならない程度の音が響いているだけだった。
 しかし、静かな部屋に響くハト時計の音、余韻だけはしばらく残っている。
――まるで永遠に残ってしまうんじゃないかな――
 と思えてきて、シーンと静まり返ったところではキーンという耳鳴りとして残っているだけかも知れない。
 それも数秒おきにインパクトがある。それが時を刻んでいる音に反応している。
――秀則のことがずっと忘れられないかも知れない――
 と感じているが、それもハト時計の時を刻む音を聞くたびに、耳鳴りが残っているからだ。
 今まで静寂を好むどころか、気持ち悪いと思っていた千恵子にとって、なぜ静寂が気持ち悪かったか分かってきた。
――まるでハトに見つめられているようだ――
 時間を知らせに出てくるハトと目が合ってしまう。部屋に別の音がある時はそんなことはなかった。テレビがついていたり、ラジオが鳴っている時にはありえないことだった。だが、静寂の中、あるいはCDから流れてくるクラシックの音を聞いている時にハトが飛び出してくると、反射的にハトの方を見てしまう。
 きっとハトを見るのではなく、時間を確かめようとしているに違いないのだが、結果的に最後はハトと目が合ってしまう。そこにこの部屋に感じる魔力のようなものがあるような気がして仕方がないのだ。
 秀則が現れるまでの千恵子は、少し自分に自信がなくなりかけていた時期でもあったようだ。
 まわりを見る目が違ってきていることに気がつくのは、きっと自分をじっくり考えるようになったからだ。自信過剰の時というのは、得てして自分をじっくり考えようとはしないものだ。
 ある意味勢いのようなものがある。それはいいことには違いないが自分を分かっているようで、どこか見落としている。自信過剰な時にこそ少し自分に自信がなくなる時期があるというのも、自然のことである。
 それを感じさせてくれたのが、秀則という男性の存在だった。今ほどではないが、学生時代にも自信過剰になったことがあったが、その時にも気持ちを落ち着かせてくれる友達がいたものだ。そういう意味では自分で考えているより千恵子の人生は捨てたものではない。
 自分に自信がなくなってくると不安ばかりが先に来る。
 仕事にしても勉強にしても失敗した時や、トラぶった時のことを先に考えてしまって、なかなか自分の実力を発揮できなくなってしまう。
 千恵子は自分で計算高いと思っている。それを隠そうとするからあまりいいことはないのだろう。
 実力があるのに、実力をそのまま出すと、さらにそれ以上を求められる。自分の好きなことであれば、どんどん実力を発揮できるのだが、今の世の中、なかなか自分の勉強してきたことややりたいことをそのまま仕事にできるということは稀である。どうしても嫌なことでも笑ってこなさなければならない。
 そんな状態で残業代が出るわけでもないのに仕事をしていると、
――やらされている――
 という思いが強くなる。
 どうせするなら楽しくなければ嫌だという思いが人一倍強いのだろう。
「仕事だから仕方がない」
 と当たり前のような顔をして、裏で何を考えているか分からないような態度を取るのが嫌なのだ。自分がまわりをそのように見ているからといってまわりも同じように見ているとは限らない。だが、千恵子はそれ以外に考えられないのだ。
 頑固さが堅物になり、自分の考え方に変わってくる。まさしく今の千恵子の考えは他の人にはないような特殊なものだろう。
 秀則のような女性っぽさを持った男性を見れば、今までであれば、イラついてくるはずなのに、却って心が安らかになってくる。
 今までの男性は自信過剰な時の千恵子を見ていて、普段であれば、
――明るくて爽快な女性――
 と思っていたに違いない。自信過剰な時の千恵子は、表で人に接する時は、誰であっても分け隔てなく話すことができる。自分に自信があるために余計な心配などはなく、すべてがいい方に向っているように思えるからだ。相手の気持ちもある程度分かっているように思え、自分が包み込んでいるという気持ちになれる。
 男性はそんな女性をどう思うだろう? 一点の曇りのない笑顔を見て、自らを表に出そうとする男性が多かった。それは千恵子が「気持ちを受け止める大きな器」を示しているからに違いない。
 だが、実際に千恵子が自分の部屋に男性を招くと、男性はオトコと化してしまう。よほど気に入った男性でないと部屋に連れてこない千恵子だったので、ある程度の信頼はおいていた。
――私に見る目がないのかしら――
 と感じたほどだが、この部屋以外での彼らは今でも千恵子に対しては紳士である。
 やはり、この部屋には何かあるのだ。
 あるとすればハト時計の存在であるが、どこが違うのか分からなかった。今まで連れてきた男性は確かにこの部屋に何かを感じたはずだ。だから千恵子から去っていったに違いない。
――これこそ自己暗示かも知れない――
 何かあると思っているからこそ、心の中で、
――何もないんだ――
 と思ったことが真実のように思えてくる。いろいろと思いを巡らす中でどれが真実か分からないから、最初に考えたことを否定したくなる自分がいる。否定したことを信じてしまうのも無理のないことだろう。
 自分に自信がなくなってくるといろいろ考えてしまうのもそのことに起因しているに違いない。
 自分に自信がない時ほど、妖艶な自分が顔を出す。この部屋を訪れた男性が千恵子に妖艶さを見出すと、その奥で自信を失いかけている千恵子を垣間見ることができる。だから余計に千恵子に迫ってくるのだろう。
――私って都合のいい女になってしまうのかしら――
 中には彼氏になってほしいと思うような男性もいたが、この部屋で一夜を過ごすと皆同じ気持ちになって帰っていくようだ。
「今夜のことは忘れないよ」
 と口を揃える。だが、翌日からはまるで何もなかったかのようになってしまっているのは本当にその時だけの記憶がなくなってしまっているのではないかと思うほどだ。
「今夜のことは忘れないよ」
 と言った言葉にウソはないはずだ。皆真剣な顔つきだった。
 だが、幸せな気持ちになったはずの千恵子にしても、一夜明けると前の日のことが少し薄らいでいるのを感じる。秀則に対してだけが違っただけだ。
――私の中にもう一人の私がいるのかしら――
 ハト時計を見ていると、夢を見ているような錯覚に陥ることがある。
作品名:短編集36 作家名:森本晃次