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短編集36

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 一人暮らしを始めてからだいぶ経つが、彼氏ができるわけでもなく、毎日同じような生活の繰り返しだった。少しずつ疑問を感じながらも、前を向いて生活をしているつもりなので、少々のことは苦にならない。
 部屋にいてハト時計の音が大きく感じるようになってきたのは、ちょうど部屋を借りてから一年半が経とうとしていた頃だった。
――暑くもなく寒くもないちょうどいい時期だったわね――
 ハト時計を見ながら感じていた。
 ハト時計を見ながら音を聞いていると、音が小さくなってくるのを感じる。見ていない時は、
――どこまで音が大きくなるのだろう――
 と思ってしまうほどの音であるが、見つめられたハトが千恵子を意識するのか、音が小さい。
「バカバカしいわね」
 声に出して言うことで、苦笑に変えてしまう。感じたことの恥ずかしさが半減する気がした。
 それまではクラシックを好んで聴いていた。オルゴールもクラシックを奏でている。小学生の頃、昼休みなどはクラシックが流れていた。小さい頃から馴染んでいたのはクラシックだった。父親はギターが弾けて、「禁じられた遊び」などの曲を聴いて育った千恵子がクラシックを好むのも自然なことである。
 ジャズに凝った時期もあったが、明るいところで聴く分にはジャズもいいのだが、一人で部屋にいる時のような落ち着いた気分になりたい時はやはりクラシックである。アンティークを求めるのもクラシックに似合う部屋にしたいからである。
 ハト時計は掘り出し物だった。あれ以来アンティークショップに立ち寄ってもハト時計を見つけることはできない。
 そういえば、ハト時計のあったアンティークショップは馴染みの店ではない。たまたま仕事の帰りに通りかかった街で見つけた店で、初めて通った商店街というわけではないが、その日は最初から特別な感じがあった。
――こっちには何があるのかな――
 普段なら気にもしない路地だった。薄暗いがなぜか目立って見えたのだ。足を踏み入れた瞬間に店の中が呼んだとでもいうのか、迷い込んだ気分なのに、入り込んだ路地に違和感はなかった。
 ハト時計に最初から気付いたわけではない。
 入ってすぐには分からなかったにもかかわらず、正確に時を刻んでいる音だけが響いていた。よく見ると、一番目立つところにあるではないか。一体どこに目をつけていたのか自分でも分からなかった。
――一番目に付く場所が実は一番気付かない――
 という言葉を思い出した。
――灯台下暗しだわ――
 と感じたが、きっと部屋に馴染んでしまうとハト時計があること自体、意識の中なら消えてしまうように思えた。
 知らない人が入ればハト時計の大きさに驚くだろうが、今では自分の部屋に馴染んでしまって、音だけが響いている感じである。
 この部屋に訪れた男は今までに何人かいる。彼氏だった人もいれば、呑んだ勢いでこの部屋に転がりこんだ男もいる。好きになれない男を部屋に入れるほど愚かな女ではない千恵子は、部屋を訪れた男に対し、それなりの感情を持っていた。
 だが、決してこの部屋で自分からオトコの身体を迎え入れるようなマネはしない。中には、
「お高くとまってるんじゃないぞ」
 と言わんばかりに目を剥いて睨んでいる男もいた。
 男がここまで豹変するということに恐怖を感じたのはその時が初めてだった。だが、そんな男に引っかかったのは最初だけで、途中からは紳士しかこの部屋を訪れていない。この部屋で男といると、感じる明るさが千恵子は好きだった。
 いいムードになってきて唇を交わす。しかし皆紳士でなかなかそれ以上のアクションを起こさない。焦っていないだけだろう。
 シーンとした空気が部屋に充満している。湿気を帯びた少し重たい空気なのだが、千恵子の心はすっきりと晴れ上がっていて、なぜかいつもは気になるはずの時を刻む音が響いてこない。
――彼にもきっと気になっていないはずだわ――
 と感じる。気になるとすればちょうどの時間に飛び出してくるハトを見る時だろう。さすがに飛び出してきた時のハトを見ると大抵の男性はビックリするようだ。普通ならあまり気になるほどの大きな音ではないのだが、その時ばかりは気になってしまう。
 我に返るといってもいいかも知れない。それまでの自分のことがまるで他人のように思えてしまう。まるでシンデレラが午前零時を過ぎると元々のみすぼらしい女の子に戻ってしまうかのように、千恵子の心の中で本当の自分がハト時計によって戻ってくるのだ。
 その時に見せる男性の顔にはいつも驚かされる。さっきまでの甘い雰囲気が途切れてしまっているからだ。何となく部屋の雰囲気が気まずくなる。
「ごめん、今日はそろそろ帰るね」
 まるで判を押したように同じセリフで帰っていく男たち、そう言って帰っていった男性は二度とこの部屋を訪れることはなかった。
――どうしてなのかしら――
 その理由に気付いたのは、かなり経ってからのことだった。それまでずっと同じことを繰り返してきた証拠だが、それだけこの部屋を訪れる男性もそれから増えてきたのだ。
 最初こそ、
――男性を部屋に入れるなんてはしたない女性のすることだわ――
 と考えていたが、一度入れてしまうと、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。自分の気持ちに正直なだけだと思うことでオブラートに包まれていた自分の気持ちを開放させた気がしていた。
――この部屋には何か自分に分からない変な雰囲気があるんだわ――
 と感じていた。それを感じたのは最近だったが、では他の部屋との違いはと考えると、やはり行き着く先はハト時計の存在である。
 男性を迎え入れたこの部屋で、シーンとした中での雰囲気を盛り上げるために、好きなクラシックを流していたりしたが、さすがにお互いの気持ちが接近して、空気が湿気を帯びて重たくなってくるのを感じると、クラシックの音もハト時計の時を刻む音も気にならなくなっている。
 ただ、ハトが飛び出してくる瞬間、その時の音が今までせっかく静かな雰囲気に包まれていたムードをぶち壊すのだった。
――でも、それって部屋に入って何時間も経ってからのことなのに――
 と感じる。その時間はいつも一定していた。深夜になっているのは事実である。しばらく経って気付いたというのが、その時間が一定していることだった。
 今までなら気付いていてしかるべきなのに、どうして気付かなかったのか分からない。ただ言えることはそのことに気付いてからの千恵子は、それまで自分の中にあった自信過剰な部分が揺らぎ始め、まわりの壁が崩れ始めて来たことに気付いていたことだった。
 自信過剰だっただけに、少しでも気持ちに隙が出てくると、それに対して自分の中では無力だった。
――どうしたらいいの――
 何をそんなに考えるのか、必要以上に怯えを感じるようになっていた。
 男性を部屋に迎え入れることもなくなった。それまではいいところまで行って別れるパターンが続いていたが、今では男性から声を掛けられることもない。そばを通ってもまったく気付いていないのか、視線もほとんど気にならない。
作品名:短編集36 作家名:森本晃次