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短編集36

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 人から言われる内容は想像がついた。どちらかというと勘が鋭い方である千恵子は、自分で考えていることを先に言われたりすることを極端に嫌った。
「掃除しなさい」
「勉強しなさい」
 の類は、言われなくても分かっていることだ。
「今からやろうと思っていたところなの」
 という言い訳しかできない自分に腹が立つ。
 千恵子が自分に自信を持てるようになったのは高校になってから。友達がクイズ形式の雑談をしているのを聞いていて、横から答えたことがあった。本が好きな千恵子にとっては簡単な雑学だったので、それほど苦もなく答えられたのだが、他の人から見れば尊敬のまなざしであった。
「よく知ってるわね。ビックリしちゃった」
 人から褒められるなど今までなかった千恵子だっただけに、自分が一番驚いている。しかも自分では常識だと思っていたことを簡単に答えただけなのに、この尊敬は驚きと嬉しさで複雑な気分にさせられた。
 それから千恵子はまわりから、ちょっとした雑学王のように見られていた。他の人と違う位置で見られることは千恵子にとって嬉しいことだった。一人でいることの寂しさに慣れていたこともあって、他人と群がることを無意識に嫌っていた。輪の中にいても、どこか自分を違う位置に置こうとしている自分がいることに千恵子は気付いていたのだ。
 一人暮らしに不安がないわけではない。もちろん千恵子も一人の女の子、今まで家にいて、
――一人暮らしをしてみたい――
 とは思ってみても思い切れなかったのは、子供の頃の自信のない自分が見え隠れしていたからだ。
 今まで自分に自信がなかったのがなぜなのか、その時に分かったような気がした。
 あまりまわりを気にする方ではない千恵子は、人がすぐに気付くようなことには鈍感だった。そのことに自分で気付いていなかったのだ。
 自分が鈍感だということに気付かないというのは、今から思えば致命的だったに違いない。まわりからは、
――なんて気の利かない人なんだ――
 と思われていたことだろう。いくら子供とはいえ、言っていいことと悪いことがある。その区別がつかなかったのだ。赤面したくなるような言葉を平気で口にしていた。
 しかし、そのことに気付くとまず考えたのは自分のことである。
――きっと自分をよく分かっていなかったんだ――
 己を知らずして人のことを分かるはずもないと考えたからで、人のことから先に考えていれば頭の中で袋小路に入り込んでしまっていたかも知れない。考え方もいろいろあるが、最初のきっかけが大切であることを同時に知ったのだ。
 自分に自信を持つことができると、今までの反動からか、どうしても自信過剰になってしまう。しかしそれでもよかった。
――私は自信過剰なくらいの方が、きっと最高に自分の実力を発揮できるのだ――
 と思ったほどだ。
 元々が自分のまわりの人を偉い人たちばかりだと思っていただけに、自信過剰にでもならないと、なかなか自分を見つめることができなかった。
 すでに鈍感ではなくなっていた千恵子だったが、おせっかいで余計なことをすることもなかった。それは自分というものを分かっていたからで、
――自分だったら、ここまでできる――
 という考えの下に行動できるからだった。
 一人暮らしを始めるようになってアンティークなものを集めようと思ったのも、一人の部屋で自分を顧みるためだと思ったからだ。オルゴールもいくつか集めてきていた。クラシックがほとんどだが、朝起きてから聴く曲、仕事から帰ってきて暗い部屋に明かりをつけてすぐに聴きたい曲、そして寝る前に聴く曲と、それぞれ決まっていた。
 ハト時計が時を刻む音、最初に聞いた時は静かだと感じたが、次第に大きな音になってくるのを感じていた。だが、不快な音ではない。気にならないといえばウソになるが、音はクラシカルで、子供の頃を思い出させる。
 あまり子供の頃を思い出したくなかったはずの千恵子だったが、ハト時計が時を刻む音を聞いていると、子供の頃の記憶が少し変わってくるのを感じていた。
 もう一度人生をやり直したいと思ったとすれば、ハト時計が時を刻む音で思い起こされる子供の頃のような感じだろう。
 せっかく今の自分に自信を持っている千恵子が、今さら人生をやり直したいと思うはずもないのに、ハト時計は千恵子の気持ちをくすぐるのだ。そんなハト時計の音を聞いていて、
――心地よさがある――
 と感じた千恵子だった。
「人生をやり直したいっていう気持ちは誰にでもあるものなのよ」
 友達が話していた。
「でも、過去ばかり見ていると成長がないでしょう?」
「そうかも知れないけど、成長するためには過去も大切だよ。歴史がそれを証明しているでしょう?」
 とそれぞれの意見を戦わせていた。
 千恵子にはどちらに賛成という気持ちがあったわけでもない。だが、それぞれの意見も聞いていて分かるし、自分もその時々で意見が変わるかも知れないと思った。だが、基本的に過去を振り返ることへの抵抗はなく、人生をやり直したいという気持ちは誰にでもあるという意見には賛成だった。
 ただ、それが表に出てくるか否かである。隠れていれば分からないだけで、ふとした弾みで顔を出す。それを成長がないとはとても言えないだろう。
 自信がなくなる時の自分とは裏腹に、自信過剰な性格が根底にある千恵子だったが、過去を顧みることへの抵抗はない。それが千恵子の生き方でもあった。大人になると臆病にはなるが、自信過剰な自分が顔を出し始めていたのだ。
 社会人になって一人暮らしを始めて、そろそろ半年経った頃、一人暮らしにも慣れてきたはずなのだが、人恋しくなっている自分に気付いていた。ただの人恋しさではない。恋人を欲しがっているのだ。
 恋人といえば漠然としている。オトコがほしいといっても過言ではない。
 オトコを知らないわけではない千恵子だったが、自分に自信を持ち始めると、あまり自分から欲しがらないようになっていた。浅ましいという気持ちがあるからで、オトコを欲しがるのは自分に自信が持てなくて、その気持ちが身体の奥から滲み出ることだと思っていたからだ。
――自信過剰の自分がオトコを欲しがるわけがない――
 と思っていた気持ちはまさしく気持ちに余裕がなかったからかも知れない。だが、最近になって少し変わってきた。変える気持ちにしてくれたのが、過去を振り返る気持ちなのだ。
 過去を振り返ることへの抵抗感がないと、頑なに自分の殻に閉じこもるということがなくなってくる。オトコがほしいという気持ちを押し殺すことは、自分の殻に閉じこもっているのと同じに思えるからだ。
 欲というものは、本能の赴くままの行動である。本能の赴くままに行動することは、自分を見失っている証拠だと思うのは自分に自信のなかった頃を思い出すからだ。
――今は自分のことを分かっている――
 と思うから欲に走れなかった。
 だが、これもふとしたきっかけ、自分のタイプの男性をしっかりと見極めさえすれば、そういう人の出現を待ちわびるのは決して悪いことではない。むしろ、人生のパートナーを見つけるために大切なことだと思えてくるくらいだ。そう感じると、精神的にかなりの余裕を感じるようになっていった。
作品名:短編集36 作家名:森本晃次