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短編集36

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 目の前に霧が掛かったようになって何も見えない。一歩踏み出せばそこは奈落の底だ。どうしてそんな状況にいるのかも分からないし、踏み出せば奈落の底という意識をどうして持てるのかも分からない。
――進むにも下がるにも、まったく動けない状況――
 これほど恐ろしいものはない。まったく光がなく、闇によって支配される世界の恐ろしさは、身動きが取れないところにあるのかも知れない。
 時間にしてもそうだ。規則的に時を刻んでいる中にいるから安心できるのであって、いきなり知らない世界が開け、そこに飛び出したとすれば、考えただけでも背筋も凍りそうである。タイムマシンというパラドックスを作るのは可能かも知れないが、実際に使うことは不可能ではないか。すべて矛盾だらけの機械である。そんなものが実際に使用されるなど考えられない。
 真っ暗な中に足を踏み出せない自分と似ている。そう考えると、時間と闇の関係がどこかで繋がっているような気がしてくるのだ。
 タイムトンネルを思い浮かべると、きっと真っ暗なのだと思う。まるで内臓を進んでいるようなイメージになるのはなぜだろう。時間にしても夢にしても、一人の人間を単位にして考えることができるものなのかも知れない。
 考え始めると、想像はかなり深いところまでいってしまう。
 大学に入ると、中学時代の同窓会があった。成長過程の中学時代から比べると、かなり変わっている人が多い。誰だか分からなかった人もいるくらいだ。
「お前、全然変わってないな。まだ中学時代そのままじゃないか」
 と言われてビックリさせられた。
 日頃から鏡を見ることの多い日高氏は、
――老けたかな?
 と感じていた。日頃から見ていて感じるのに、久しぶりに出会った連中が分からないわけはない。どうしてなのだろう?
 変わっていないということは、喜んでいいのだろうか? 小学生の頃から友達から、
「坊ちゃん、坊ちゃんしている」
 とよく冷やかされたものだ。髪型がおかっぱっぽく、色が白かったから言われていたのであって、決してお坊ちゃんではないと思っていた。親に連れて行かれた散髪で、否応なしにされた髪型だった。親を恨んだものだった。
 それだけに変わってないと言われるのは心外だった。
 老けて見えるのは、自分の願望が大きかったのかも知れない。鏡が本当の姿だけを映し出すものかどうかという疑問は小さい頃から持っていた。ひねくれた子供だったのだろうが、一度くらい鏡を疑ってみたことのある人は日高氏だけではあるまい。
 テレビのホラー番組で、鏡を毎日見ている紳士の髪が急に白髪になって、鏡の中の紳士の顔がどんどん老人に変化していくのだった。背景が次第に真っ暗になり、白くなった髪の毛が逆立っていく。実に恐ろしい光景だ。
 鏡の向こうに写っているのが、もはや自分ではないと気付いた時、その男は絶命していた。鏡の中の男は果たしてどうなったのだろう? 結局、それは読者の想像に任せるといういい加減な内容だったが、それなりにホラーとして恐ろしさを感じさせるものだった。
 鏡の向こうに見える世界が異次元の世界であるとすれば、そこに未知の世界としての時間という概念は存在するのだろうか?
 鏡はこちらの世界を写し出すもので、あくまで平面でしかない。だが、こちらを忠実に写し出しているだけではなく、まったく違う世界があるとするならば、そこはもはや平面ではない。二次元ではなく四次元の世界である。
 四次元の世界といえば、三次元の世界である立体に対して時間という軸をハッキリと持った世界であり、未知数である時間という概念を超越したものなのだ。
 もし四次元の世界というのが存在するのであれば、どこかに入り口があるとまず考えるだろう。入り口を見つける鍵があるとすれば、一番近いのは鏡ではないかと思っている人は、少なくないだろう。
 夢の世界に思いを馳せると、どうしても、時間を超越することを避けて通ることはできない。時間に対する感覚の錯誤も起こり、例えば学生時代の夢を見ているのに、自分だけは社会人であっても違和感がない。
 そう、夢の世界にしろ、鏡の世界にしろ、自分の記憶している顔に変わりはないのだ。あまり見ることのない自分の顔、表情を変えても記憶に残っている顔にほとんど変わりはない。きっと、他人として自分の顔を見ても、最初こそ驚くだろうが、
「お前、全然変わってないな。まだ中学時代そのままじゃないか」
 というに違いない。
 先ほどのホラー映画ではないが、いつも気にして見ている方が、意外と表情の微妙な変化に気付かないのかも知れない。ハッキリとした変化でないと分からないというところが恐怖心を煽り、鏡の世界を恐ろしさというベールに包み込むのだ。
 トンネルを思い浮かべた。オレンジ色のライトが規則的に並んでいて、助手席側から運転手を見つめていると、首筋のところの色が真っ青に見える。まるで墓場からよみがえった幽霊のようで、恐ろしさを感じさせる。
 元々トンネルのオレンジという色は、波長が長いために、先の方まで見渡せることから、トンネルのライトの色がオレンジになったというが、それほどハッキリと見えるようには思えない。
 中学の頃に親に連れて行ってもらった山間の大きな池、湖と言ってもいいくらいのところだが、蛇行する道を昇っていく途中に、大きなトンネルがあった。
 それまでは急斜面で昇っている意識があったのだが、トンネルに入ってしばらくすると、昇っているのか、普通に走っているのか分からなくなってしまった。
「今、昇っているの?」
 父に聞くと、
「ああ、そうだよ。分からないのかい?」
 と言われた。運転している人には分かるのだろうが、ハンドルを握っていない人が分からないということに気付かないのだろう。目の前に広がっているのはオレンジ色で、目がどうにかなってしまいそうだった。
 そんな時だった。父の横顔を覗き込み、首筋が真っ青なことに気付いたのだ。赤い色や黄色い色を見続けると、青系統の暗い色が残像として残ってしまうというが、まさしくその通りである。
 結構長いトンネルだった。なかなか出口が見えてこない。どうしても蛇行しているせいか、出口が見えないのも当たり前だが、どれほどの蛇行角度なのかもあやふやである。
 何度か蛇行を繰り返していると、最後に直線に入った。
――出口だ――
 直感めいたものがあり、これが最後の蛇行であると感じると、目の前に小さな白い穴が見えている。最初は眩しくて目を逸らしたくなりそうだったが、次第に穴が大きくなるにつれ、暗くなってくる。最後はまるで夜じゃないかと思えるほど暗かったのだが、実際に表に出ると、そこは普通の昼間だった。
 不思議とトンネルに入る前よりも明るく感じた。普通は逆ではないだろうか。それを父に話すと、
「さっきまでは曇ってたからな。今は快晴じゃないか」
 父も同じことを考えていると思ったが、トンネルを出てからの天気は快晴には見えなかった。
――思い込みが見せるものなのだろうか――
 と感じたが、同時に、
――では、思い込んでいるのは、どっち?
 と思わないでもなかった。
作品名:短編集36 作家名:森本晃次