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短編集36

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 それは自分で感じる素晴らしさだ。他の人がどう感じるかは問題ではない。描いている自分が満足できる作品ができるのだ。これほど嬉しいことはなかった。
――自己満足だって立派に自分を成長させてくれるのだ――
 と思っている。
――自己満足なくして何が他人を満足させられるものか――
 光山の信念でもある。
 これほど白い肌を持った女性を光山は知らない。もちろんその時点で女性を知らなかったわけではないし、女性の神秘性を十分に知っているつもりだった。しかし、奥深さを感じる女性の身体、そう簡単に理解できるものではない。
 弘子の身体を描いていて、理解できたとは思えないが、それでも何か見えなかった奥の方までしっかりと見えているように思えてならない。弘子の身体の白さと濡れて光っている肌がそれを教えてくれる。
 数時間は経っていたと思う。ある程度出来上がった絵を見て、
「素晴らしいわ」
「本当はそんなに簡単に描けるものじゃないんだけど、少しイラストっぽいイメージで描いてみました。どうでしょう?」
「気に入りました。譲ってくださるのかしら?」
「ええ、どうぞ。差し上げますよ。この中にはあなたの素晴らしさ、つまり限りなくあなたに近いイメージで描いた気持ちが詰まっています。これは私の気持ちですね」
「まあ、嬉しい。そんなこと言われると私……」
 真っ白な肌が見る見る赤くなっていく。目が潤んでいて、そのまま弘子が抱きついてきた。
 唇が塞がれる。酸味を帯びた香りが口の中に広がったかと思うと、次第に甘い香りに変わってくる。とろけるような暖かさに、舌を絡めていると、そこからはオトコとオンナの世界だった。少なくとも、絵が完成するまでとは違う感情が芽生えていた。
 どちらから求めてもいいではないか。頭の中が真っ白になり、瞑った瞼の裏に、先ほど見た白い肌が浮かび上がる。
――暖かさを含んだ白い肌を今まさに抱いているんだ――
 これほど興奮したことはそれまでにはなかった。初めて女性を抱いた時とも違う感動が巡ってくる。いや、感動すら麻痺していたかも知れない。
 弘子とはそれ以来付き合うようになったが、別れは突然だった。
――麻痺した感覚が麻痺したまま終わってしまった――
 と言えるかも知れない。
 弘子といる時の精神状態は明らかに普段と違っていた。まるで二人の間にだけ、違う時間が流れていたように思える。枯れ葉が落ちるのを見ていて何も感じない時期だったので、秋も深まっていた頃だった。その時に出かけた旅行で、電車の中から見た山が、深緑に包まれていたのを思い出した。
――秋も深いというのに――
 と感じたのも覚えているのだが、枯れ葉が落ちる瞬間を見ても何も感じなかった。哀愁という感覚が麻痺していたに違いない。
 弘子の家は西側に窓があった。描いている時、カーテン越しにでも西日が漏れてきて、白い肌がオレンジ色に染まっていたのを思い出した。川原の石が、今しも西日に照らされて光っているのが想像できるからだ……。
「ちょっと散歩してきます」
 と女将に声を掛け表に出た。
 それにしても女将以外の宿の連中は皆静かである。接客業だということを忘れているのか、それとも田舎の人は大らかだというこちらの意識が強すぎるのか、それにしても無愛想である。
 散歩の途中で不思議なおじいさんがいた、その人は何も言わずに寄ってきて、
「ここは落ち武者の村じゃからの。よそ者が来ることは珍しいんじゃ。おぬしはどうしてここにこられたのかの?」
 友達が話していた、
「必ず他に客がいた」
 というのと少し違うのだろうか?
 馴れ馴れしいのか、興味津々という目でこちらを見上げる。初老というにはまだ少し早そうに見えるが、背中を丸めている姿はドラマに出てくる農家のおじさんそのものである。
 歴史に興味がなければ完全に無視しているだろう。なまじ興味があった自分を後悔することになるとは思いもしなかった。
「落ち武者って、平家の?」
「いや、もっと新しい時代じゃ。いわゆる隠れキリシタンの里とでもいうべきか。落ち武者の行き着く先は決まっているじゃろう?」
 興味を示したのを見て、こちらが歴史が好きなのを分かって聞いているのだろう。
「追っ手怖さの村人に殺されたというのが一般的なのでは?」
「そうじゃ。さすがあんたには分かっているようじゃのう。その通り、落ち武者たちはそれなりに財宝を持って逃げていたらしい。村人の裏切りはそこにもあったらしいんじゃ」
「興味のあるお話ですね。で、その財宝は思惑通り村人の手に?」
 それではあまりにもありふれていると思っていたが、
「そうではない。財宝はどこを探しても見つからなかったんじゃね。きっとこの村のどこかにあるらしいんだけど、誰も探し当てた者はいない」
「ただの伝説なんじゃないんですか?」
「そうかも知れん。だが、数百年もの間信じられてきたことで、誰も財宝がどこかに埋まっていると信じて疑わないんじゃ。だからこの村は昔から閉鎖的で、温泉が出てからも旅館が一つあるだけで、対して賑やかでもないだろう?」
「なるほど、温泉が出た以上、宿の一つもないということは却って人に疑われることになる……、というわけですね?」
「そうじゃね。皆よそ者には冷たいだろう?」
「ええ、そうですね。でも悪い人たちじゃないというのが分かっているだけにどうしてなのかと不思議に思っていたところなんですよ」
「駅の看板だってわざと外しているんじゃよ。ああしておけば温泉は開店休業のように見えるでしょう?」
「ええ、でもそこまでしてカモフラージュしているのに財宝が見つからないんじゃ、本当はないんじゃないですか?」
「あくまでも伝説だからな。だが信じるだけの根拠もあるらしいんだ。わしにはそこまで詳しいことは分からないがな」
「その話をどうして私にしてくれたんですか?」
「あんたの目が似ていたからじゃ」
「似ていた?」
「ああ、毎年ここに現われる男がおって、彼も最初は何も分からずにここに来たんだけど、いつの間にか毎年訪れるようになったんだね。その男はここのことは会社の友達に聞いたと言っていたはずじゃ」
――会社の友達?
 光山も聞いたのは会社の同僚である。同僚の顔が目に浮かんだが、彼がそもそもここを知ったのはどうしてだろう? 光山と同じように誰かに聞かない限り知ることはないはずだ。
 彼はどちらかというと芸術家というよりも事業家に近い。空想するよりも現実的なことを理解することに長けている。看板の傾いたような場所を気にするようなやつではないはずだ。それは最初から感じていた疑問である。
――では、どうして彼が選んだここのことを教える相手が自分だったのだろう――
 光山は考える。確かに親しい仲でよく一緒に呑みに行くが、自分が大切にしているような場所を簡単に人に教えるような相手ではないと思っていた。特にお互いプライベートな面は自分の大切な場所として取っておきたい方である。それがうまく付き合っていける第一の条件だ。
作品名:短編集36 作家名:森本晃次