永遠の保障
彩香は、小説という芸術に造詣が深い反面、確率という数字にも造詣が深かった。
元々、小学生の頃から算数というものが好きだったのだ。数学になって嫌いにはなったが、確率というもの自体がどこか曖昧な感覚なので、
――確率というのは、数学というよりも算数に近いのかも知れないわね――
と思っていた。
しかも、確率というのは、日常生活でも大いに深くかかわっているものだ。それを思うと、確率に造詣が深い自分も当然だと思うようになった。
――野球の打率というのも小説サイトのランキングに似ているのかも知れないわね――
と思うようになった。
その発想は、それまでヒットが打てなかったのは、偶然が重なっただけなのかも知れないという思いと、何かのリズムが狂っていたからだという思いの二つが考えられる。
では、偶然が逆に作用すれば、ヒットを打ちまくる可能性もあるのだ。
元々プロになれるだけの素質があるのだから、ヒットを打つというセンスはあるはずだ。相手投手もプロなので、ヒットを打てないようにさせるテクニックを持っているわけで、ただ、ヒットを打つためのコースに相手ピッチャーが投げ込んでくるのも確率の問題だ。
「打率の高い選手に対して、相手も警戒して、ヒットが打てるコースに投げてくる確率は一気に下がるわよね」
というと、
「もちろんそうよ。だから、それでもヒットを重ねる選手はすごいと思うの。ただ、それはその選手のオーラが相手ピッチャーに対して威圧感を与えて、打ちやすいコースに投げさせるということもありうるんでしょうね」
と友達は言った。
「それは少しオカルトっぽいわね」
「でも、可能性はあるものね」
「それよりも、一本ヒットを打てば、それまでどこかの狂っていた歯車が元に戻って、そのおかげでヒット量産という考え方の方が信憑性があると思うの」
というと、
「そうね、あなたの言う通りだわ。私も確かにそう思う」
「でも、それは確率という意味も含めてだと思うの」
「どうして?」
「だって打率って、ほとんどの人が三割以下の二割以上のラインで推移しているでしょう? 八割や七割の人なんていない。相手があるんだから、五割をラインでもいいと思うんだけどね」
「確かにそうよね。三打席に一度ヒットが出れば、それだけで強打者ですからね」
この発想に何かの根拠があるわけではなかったが、確率という意味での打率を考えた時に、彩香はこの発想が出てきた。ちょっとおかしな発想ではないかと思ったが、自分では納得のいく発想だった。
その話をしたのはちょうど野球シーズンが始まる少し前だった。この話しのしてから、彩香は一人の選手に注目するようになった。
別に野球に興味を持ったわけではなく、その選手の打率に興味があっただけなのだが、それでも注目した選手は地元選手で、いつも打率は高打率、毎年ベストテンの常連だった。三年前に首位打者に輝いたが翌年少し打率を下げた。それでも昨年は少し復活してきたこともあり、今年の首位打者候補としては最右翼として注目されていたのだ。
最初は友達に連れられてスタジアムに観戦に行った。
「野球を見るのって、結構楽しいでしょう?」
彼女と入った席は外野席で、応援団の近くだった。
彼女の言った、
「楽しい」
というのは、ゲームについてのことなのか、それともスタジアムの雰囲気のことなのか、判断に困ったが、一緒にいると、その両方であることが分かってきた。
「それにしても、賑やかなものだわね」
あまり賑やかなことが苦手だった彩香は、半分呆れていた。
――何をそんなに楽しいのかしら?
男性はほとんどがビールを呑んでいる。女性ファンは、自分で工夫したおのおののコスチュームで応援していて、まるで仮装大会のようだ。
よく見ていると、
――本当に皆野球を見ているんだろうか?
と思うほど、自分たちだけで盛り上がっているグループもいる。
そんな雰囲気の中で、慣れていない彩香は、息苦しさを感じていた。トランペットでの選手個々の応援歌の演奏も、ファンなら楽しいのだろうが、野球を純粋に楽しもうと思っている人にはうるさいだけにしか感じないと思ったのだ。
そうなると、野球を純粋に楽しみたい人は、きっと外野席になど来ないだろう。考えてみれば、遠くから見ている方が却って楽しいのではないだろうか。外野席にいる人はもちろん野球を楽しんでいる人もたくさんいるだろうが、野球を楽しむというよりも、この雰囲気でストレス解消を目論んでいる人の方が多いのではないかと思うのだった。
彩香は、まわりの喧騒とした雰囲気をなるべく意識しないように、野球に集中していた。それでも鬱陶しさは拭うことはできず、時々席を立って、
「トイレに行ってくる」
と言って、裏に入ってみた。
いろいろな店が裏には犇めいていて、買い物に来る人とトイレに行く人の多さから通路は人でいっぱいだった。
トイレも人で溢れていた。その理由を彩香はすぐに理解できた。
――そりゃ、あれだけビールが売れれば、トイレも混雑するわよね――
と感じた。
彩香は本当はビールが好きだったが、スタジアムでビールを呑むのは厳禁だと感じたのだった。
一通り通路をうろうろしてみたが、これだけ購入者で列ができていると、
――何かを食べてもいいかも?
と思ったとしても、並んでまで買おうという気にはなれない。
なぜならここにいる人たちは野球の試合が行われている間、野球を見ずにここに並んでいることになる。いったい何をしにきたのか彩香には疑問でしかなかった。
確かにイニングの合間のインターバルで買いに来ると野球を見ることができるだろう。しかし、考えることは誰も一緒、買い物だけではなくトイレでも同じことで、インターバルの間に列は一気に伸びるのだ。
インターバルは一分くらいのもので、その間にここまで来て購入し、席に戻った頃にはどれだけの時間が経っているというのだろう。そう思うと、彩香にはここにいる人のほとんどが何をしに来ているのか、目的がまったく分かりかねていた。
彩香は、席に戻ると、試合が終わるまで、さっきの通路に戻ることはないと思った。トイレは仕方がないとして、それ以外で行こうとは思わなかったのだ。
うるさい中で、彩香は野球に集中しようと思った。あまり興味のない野球だったが、これだけまわりの訳の分からない連中に囲まれていると、自分だけでもしっかり野球に集中していようと思ったのだ。
要するに彩香の性格は、
――自分だけでも他の人との違いを見せつけたい――
というところがあった。
誰に対して見せつけたいというわけではない。しいていえば、自分を納得させることが見せつけることになるという不思議な意識だった。
気になる選手はしっかりとチェックしていた。