永遠の保障
サイトは結構あった。最初は少なかったようだが、出版社関係の会社が運営するサイトもあり、小説だけではなく、アニメやペンタブで作成した画像などの投稿もありだった。そういう意味では総合エンターテイメントであり、コンテンツもいくつかあり、充実しているサイトも結構あった。
アマチュア作家が投稿するのはもちろんのこと、読者も登録していれば、作品を読んで批評もできる。批評やレビューを重ねると点数がついて、その点数に応じて、その出版社の本が買えるという電子マネーに替えることができたりした。
また、作家と読者の間、作家と作家の間でのやりとりができるメッセージ機能や、自分たちで運営するサークル機能もあり、コミュニティとしても活動ができたりした。
――結構充実しているんだ――
と思った。
さらには、作品を公開していると、出版社の編集者の目に留まり、そこから作家への道も開けるかも知れない。もちろん、新人賞に入選するくらいのものでなければいけないのだろうが、道は広い方がいいに決まっている。
彩香は、再開するまで短編しか書くことができなかった。しかし、再開したのを機会に、長編が書けるようになったのは嬉しいことだった。
何かきっかけがあったわけではないが、冷却期間が彩香の中でいい効果をもたらしたということなのだろう。
彩香は長編が書けるようになったのは、執筆活動をしていない間に、何冊か長編小説を読んでいたからだ。それまで短編を書いている時でも、長編小説を読んだりしていたが、実際には深く読んでいたわけではなかった。
――小説作法の参考にしたい――
という思いがある反面、
――マネになってしまうと、自分の個性がなくなってしまう――
という思いがあったのも事実だった。
どちらが強かったのかというと、後者だっただろう。
いくつかの小説サイトに投稿してみたが、彩香が注目したのは、ランキングが載るサイトだった。
作品一つ一つにランキングがあったり、作家ごとにランクがついていたりした。彩香は自分のランクが変化するごとに毎日一喜一憂していた。
最初はランクも下の方だった。そのうちに作品をどんどん公開していくとランクも上がってくる。彩香は気が付いた。
――ランクが下の方では、なかなか読者の人が見てくれるという可能性は低いので、上がるまでには新作をどんどん発表し、読者に知名度を与えなければいけない――
と思った。
順位が下であれば、低い点数の人がひしめいていて、同じ点数の人が何人もいるという状況だった。順位が上がっていくと、見てくれる人が増えて、その日のアクセス数も増えてくる。ここのサイトのランキングの計算方法の基準は複雑に計算されているようだったが、基本的にはアクセス数が大きな要素を占めているのは当たり前のことだろう。
作品ごとにアクセス数が表示されるので、その日、自分の作品をどれだけの人が見てくれたのかは分かる。それが順位に反映されて、
――やっぱり、アクセスが増えると順位も上がるわ――
と感じた。
しかし、それも当たり前のことで、
――順位が上がるから、アクセス数が増える――
という発想と相まって、歯車がいい方にいい方に回転していくのだった。
彩香は自分の順位が上がっていくのを見て、ランキングの点数を見ると、下にいた時よりも上の方が点数の差は歴然としていた。それを見て、
――上に上がれば上がるほど、順位は上がりにくいけど、いったん上がってしまうと、なかなか下がることもないんだわ――
と感じた。
後は、いかにして順位を上げていくかということであるが、
――下手な鉄砲を撃ち続けるしかないんだわ――
と思うようになっていた。
その頃になると、自分が作家を目指していたということを忘れがちになっている自分がいることに気付いた。
――順位が上がったとしても、どこからも声がかかるわけではないんだわ――
と半ばあきらめ気味だったが、それでも順位が上がることは嬉しかった。
その時ふと思い出したのが、昔気にしていた確率の問題だった。
――順位が上がれば上がるほど、これ以上順位が上がりにくいけど、ここからはあまり下がることはない――
ということを考えているうちに、野球でいう打率の問題を思い出していた。
彩香は、別に野球が好きというわけではないが、打率などのランキングには興味があった。
学生時代に友達に野球好きの女の子がいて、彼女には贔屓のバッターがいるようで、いつもその人の打率を気にしていた。
「今日三安打すれば、ベストテン圏内に入ることだって可能だわ」
というような話をしていた。
その彼女がよく話をしていたのが、
「シーズンの初めの頃は、まだ始まったばかりなので何とも言えないけど、最初の頃はヒットを一本打てば打率はグンと上がるけど、打たなかったらすぐに落ちてしまうのよ。だから、最初の頃の打率なんてあてにならないのよね。でも、シーズンもある程度進んでくると、打数が増えるでしょう。ヒット一本打ったからと言って、打率はそんなに上がるわけではないの。でもその分、一気に下がるということもないけどね」
と言っていた。
「うん、そうよね」
と彩香は普通に賛同したが、頭の中で確率について考えていた。
だから、その言葉は実に当たり前のことを言っているだけなんだが、これほど信憑性のあることはなかった。
ちょうどその頃、彩香も確率について考えることが多かったので、打率の話は興味をそそられた。だから、野球というスポーツ自体には興味がなかったが、打率などのランキングには興味があったのだ。
「打率って、ホームランや打点と違って、減ることがあるのよ。ヒットを打たなければ下がるし、だけど休んでいると下がることはない。そのために規定打席数というのがあるのよね」
と野球好きの彼女は言った。
「規定打席とは?」
「たとえば二打数二安打の人は結構いると思うのよ。一時期一軍に上がって、その時にヒットを重ねてめ。でもその後ケガか何かをして出場ができなければ、その人は打率十割になるわけでしょう? でも、年間を通して出場している人は打率三割五分も打てば強打者と言われるの。四割打者なんて出てないでしょう?」
「確かにそうね」
「だから、不公平をなくすために、そのチームの試合数に応じて打率ランキングに登録される最低打数の資格が決まってくるのよ。その打数をクリアしていないといくら八割打者でも、ランクに入ることはできないの」
「でも、ランクから数打数少ないだけの人が八割打っていた場合には不公平なんじゃない?」
「だから、規定打席数もそれを考慮して計算されていると思うの。だって、ずっとレギュラーで出場している選手に対して失礼になるかも知れないでしょう?」
「そうかも知れないわね」
彼女の言うことは分からなくもなかったが、野球というスポーツ自体をあまり知らない彩香にとっては、理解しがたい話でもあった。
ただ、それでも確率の話はよく分かった。規定打席という発想も確かに当たり前である。そう思うと余計に野球のランキングには興味を持つようになり、野球というスポーツを確率という発想に基づいた数字の世界で考えるようになっていたのだ。