永遠の保障
さすがに外野席からだと、打席に立っている選手の姿はほとんど見えるわけではない。視力は普通だったが、百メートル近くの距離があるのだから、人間なんて本当に小さく見える。しかも、スタジアムという建物の性格もあるのか、遠近感がまともに感じられないところもあった。逆に遠近感による錯覚が野球を見るうえで新鮮に感じられ、よくよく見ていると面白い映像を見ているような気がした。
テレビでは時々見ていたが、球場でしかも外野席から見て何が楽しいのかと最初は思っていた。実際に入ってみると、本当に芥子粒くらいの大きさに感じられ、しかも、その奥の席の観客と重なったことで、遠近感に錯覚を及ぼすことに気が付くと、錯覚を少しでも取り除こうと、知らず知らずのうちに集中してしまっている。
――まるでスタジアムマジックだわ――
と、勝手にこの状況を自分なりに命名していた。
打席に立っている選手だけではなく、ピッチャーにも視線が向いた。ものすごく速い球を投げているというのは分かっているが、外野席から、しかも横から見ている分には、それほどの速さは感じない。しかも変化球を交えていたりすろので、横から見ている分にはよく分からなかった。
――あんなに遅い球をどうして空振りなんかするのかしら?
プロの選手なんだからという意識があるせいもあるが、空振りをした時の選手の不細工に見えるフォロースルーは、あとになって知ったことで、
――タイミングをずらされているから――
という理由をその時は分からなかったので、滑稽にしか見えなかった。
相手の投手は、バッターのタイミングをそらすことが仕事だということを知らなかったからだった。
彩香は、その日、最初に来た時に感じた思いと、試合が終わってから感じたことでは大きな違いがあった。最終的に感じたこととして、
――外野席から見る風景だけでは、すべてが分からない――
という思いだった。
今度は内野席に入って、もう少しバッター、ピッチャーを近くから観戦できるようにしたいと思ったのだ。
そして、もう一つ思ったのは、
――今度は一人で来よう――
と感じた。
なぜなら、友達はかなりのファンだったので、彼女は試合終了後も帰ろうとはしなかった。
その日の試合は贔屓チームであるホームチームが勝利したので、試合終了後のパフォーマンスがあるとのことで、なかなか帰ろうとしない。
「これからが楽しいのよ」
そういって、試合を見ていた時よりも若干目が輝いているのを感じた。
フィールドでは活躍した選手のインタビューが終わり、スタジアムはその余韻に包まれていた。
――皆、何を待っているのかしら?
これから何が起こるのか、友達からは教えられていなかったが、スタジアムの雰囲気を見れば、インタビューの余韻だけで場内がざわついているだけではないということだけは分かる気がした。
そのうちにスタジアムのライトが一斉に消えた。真っ暗になったかに思えたが、一部だけはついているようで、ライトが消えた時、まわりから奇声が上がった。
しかし、その奇声は恐怖に怯えている声ではなく、待っていたものがやっと来たと感じた歓声だったのだ。その証拠に口笛も聞こえてきて、まるでアイドルのコンサートのようだった。
「ファイブ、フォー、スリー……」
と、場内アナウンスがカウントダウンを始めた。
すると、場内の観客もそれを聞いて、同じようにカウントダウンを始める。
「ゼロ〜」
という声が響くと、その瞬間さらに歓声が上がると思っていた彩香だったが、実際にはその瞬間、場内はまったくの無音になった。全員が固唾を飲んで待ち望んでいるというのがよく分かった瞬間だった。
「ボボーン」
音が先だったか、閃光が一気にあたりを照らした。
その瞬間、静寂を保っていたスタジアムがまたしても歓声に包まれる。
――これだったんだ――
話には聞いたことがあった。
いわゆる、
「勝利の花火」
というものだった。
花火は綺麗に夜空を照らした。やはり真っ暗な空に打ちあがる花火は美しいという表現が最高の褒め言葉にしか感じない。
打ちあがる花火を見ると、さすがに綺麗であったが、最後まで見ていると、あっという間だったように感じられた。
――こんなものだったんだ――
つい冷めた目で見てしまったのは、ここがスタジアムであるということを思い出したからだ。
友達からは、
「ねえ、綺麗でしょう? これを見るのを楽しみに来ている人も多いのよ」
と言っていた。
確かに、好きなチームの勝利とともに見る花火は最高なのだろう。だが、それほど興味のない者には、そこまでの盛り上がりはどうしても信じられるものではなかった。
彩香が正直に、
「綺麗だけど、あっという間だったわね」
というと、
「あっという間というところがまたいいのよ。だから、また来て楽しみたいと思うんでしょうね。これが一時間も続いたりしたら、それこそ、せっかくのイメージがマンネリ化してしまうでしょうね」
「なるほど」
彼女のいう通りである。
ここだけは彼女の話に賛同できた。腹八分目の方が、次にまた食べてみたいと感じるからである。
ただ、花火が終わると、彩香は現実に引き戻された。表に出るとまるでお祭り騒ぎである。
スタジアムの外では数人のグループが選手の応援歌を熱唱していたり、明らかな酔っ払いの集団が奇声をあげていたりする。そんな光景は、彩香にとって一番見たくないものであり、醜いというイメージしかなかった。
思わず目をそらしてしまった彩香を友達は見逃さなかったようで、
「どう? 今日一日一緒に野球を見て、楽しかったと思った?」
と聞かれて、何も答えることはできず、ただ首を横に振るだけの彩香を見て、
「やっぱりね。野球の楽しみ方っていろいろあるんだけど、彩香のように冷静に物事を見る人には、遠くからしか見えないわよね。でもそれでもいいの。私は彩香に一緒に騒いでほしいなんて思っていたわけではなく、こういう人たちもいるってことだけを知ってほしかったのね。今は偏見の目でしか見えていないと思うけど、そのうちに変わってきてくれるといいかも知れないって思うわ」
彼女の方が冷静な目で見ているのではないかと彩香は思った。
彩香は自分の立場でしか見えていないが、彼女の目はスタジアムにいた人の目でも、彩香のような冷静な目でも見ることができる人で、その分析が今の言葉に繋がったのだと思うと、
――やはり彼女と友達でよかったわ――
と感じた。
この日の野球観戦での一番の収穫は、
――彼女の性格を再確認できたことだわ――
という思いだった。
彩香は、自分で感じていた、
――今度は内野席から見てみよう――
という思いは変わっていなかった。
逆に他の席から見た光景がどんなものなのかに興味がある。フィールドの中の選手に関してもそうだが、内野席から見た外野席というのがどのように見えるのか、実際に感じてみたかった、テレビでは見ていたが、一度中に入った感覚を持ったまま内野席から見ると、またテレビとは違った感覚になれると思ったからだ。
しかも来るなら、
――直近のどこか――
と感じていた。