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永遠の保障

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 彩香が小説を書き始めたのは大学三年生の頃で、ちょうど二十歳になってすぐくらいのことだった。つまりシナリオを書いていたのは未成年の頃、二十歳になって少し自分が大人になったと考えていたが、実際にはシナリオを書きあげることができるようになったことで大人になったと思ったのだ。それだけ達成感には大きな力があり、彩香にとって、シナリオから小説に変わった時も、さらに自分の変化を感じた。それが、思い込みを悪いことではないと感じるようになったことが大きかった。
 中学時代まであれだけ思い込みはよくないと思っていたはずなのに、急に思い込みがいいことだと思うようになったのかというと、それは、
――達成感というものが、どういうことなのかが分かったからだ――
 と感じたからだ。
 シナリオを書いて、まわりがフォローしてくれて、監督や役者が自分のシナリオを元に一つの作品として完成させてくれた。これは大いに達成感を味わうことができたが、
――何かが違う――
 とも思っていたようだ。
 そのことに気が付いたのは、演劇部を辞めるという段になってからのことで、
――辞めると思うと、あの時の達成感が、本当に自分にとっての達成感だったのか、疑問に思える気がするわ――
 と感じた。
 文芸サークルに戻って小説を書くことを決めて、実際に一作品書き上げると、シナリオで感じた書き上げた時の満足感とは違うものがあった。
 あの時は、満足感は今の半分だった。なぜなら、まだすべてが完成していなかったからである。そういう意味では、自分が書き上げた時にすべてが完成する小説は、書き上げた瞬間に感じるものが満足感であって、充実感でもあった。
――本当の達成感というのは、満足感、充実感とともに一緒に感じるものでなければいけないんだわ――
 と感じた。
 やっと完璧な達成感を感じたことで、彩香は自分が今後の将来において、
――本当に出版社へ就職したいと思っていいのかしら?
 という疑問を感じた。
 達成感も満足感も充実感も、そのすべてが同時に与えられて、しかも、すべてが自分の成果でなければいけないと思う。少なくとも満足感は得られないと感じたのだった。
 出版社に就職してやることといえば、作家の先生の担当になって、原稿を締め切りまでに書いてもらって、それを本にするための段取りを整えることである。それは自分の成果ではなく、作家の成果であり、担当者は、
――縁の下の力持ち――
 でしかないのだ。
――そんな状況に、私が耐えられるだろうか?
 ありえないと思った。
 書いていた小説はミステリーだった。シナリオでは書ききれなかったジャンルであるが、小説なら書けるような気がしてチャレンジしてみると、これが意外とうまく書けた。
 うまく書けたと言っても、人に読んでもらったわけではなかったので、自己満足にしかなかったが、一作書けると、次第にアイデアもいろいろ浮かんできて、次々に書けるようになった。
 やはりシナリオを書いていたことで、書くことへの抵抗がなかったことが一番の要因だったのだろうが、どんなに途中で作品に疑問を感じたとしても、最後まで書き続けるという思いがあったから書けたのだと思う。
 確かに書いている間に余計なことを考えてしまうと、そこまでせっかく作り上げてきた作品の骨格が崩れてしまうことになる、
――さっきまで何を考えていたんだろう?
 一度止まってしまうと、急に我に返って、どこまで考えていたのかが分からなくなる、作品を作るということは、自分の世界を作って、そこに入り込むことではないだろうか。しかも、書きながらその次の文章、さらにその次の文章と、先々を想像しながら書いていかなければ、必ず途中で詰まってしまう。
 逆に、先々を想像しながら書けるようになると、小説を書くということに関しては、それほど難しいことではない。もちろん、それが秀作であるかどうかは二の次ではあるが。
 彩香は自分が小説を書けるようになったことに感動していた。シナリオを書けるようになった時よりも、もっと感動しているかも知れない。シナリオはやはり作品の中での一部でしかないという発想が頭の中にあるので、どんなに日の目を見なくても、小説の方が自分に合っていると思っていた。一種の自己満足でしかないのかも知れない。
 彩香はミステリーは高校時代から時々読んでいた。小説を読むならミステリーだと思っていて、一度恋愛小説も読んでみたが、
――自分には合っていないわ――
 と最初からあまり乗り気ではなかった。
 読んだ恋愛小説は、愛欲と呼ばれるジャンルの作品で、熟年夫婦のW不倫というドロドロとした、いかにも愛欲というジャンルの作品だった。話が最初から重たすぎる。きっと愛欲というジャンルは、作品の重たさが重要な作品なのだろう。
 ただ、ミステリーを読み込んでいくうちに分かってきたことなのだが、
――愛欲というのは、人間の感情が一番ミステリアスに働くジャンルと言えるのではないだろうか――
 というものだった。
 人間にある表と裏、裏を隠しながら、いかに裏があるかのように相手に想わせるセリフや、相手との駆け引きに負けないだけの自分をいかに磨いていくかを描く作品。さらに、そんな愛欲にまみれた中に放り込まれた、本来なら弱弱しいはずの主人公が、どのようにしてその苦境を乗り越えようとするかなどがテーマだったりする。弱弱しい主人公が苦境を乗り越えようとはしているが、実際に乗り越えられるかどうかは、物語の進行によって決まってくる。決してハッピーエンドではないのが、愛欲ものの特徴ではないだろうか。
 だから、作品には重たさが命なのだ。セリフ一つ一つに重たさがあり、読んでいるだけで情景が浮かんでくるような作品はきっとベストセラーになるのだろう。ドラマ化される作品とはそういう作品で、実際に放送できるかどうかのボーダーでギリギリのラインを彷徨っているような作品を視聴者は求めているのかも知れない。
 彩香は、そんなドロドロとしたジャンルは苦手だった。あまりにも軽い作品はさすがに読んでも時間の無駄とまで感じたことがあったが、ミステリーだけはそんなことはなかった。自分を裏切らなかったのである。
 小説を書こうと思った時、最初に浮かんだジャンルはもちろんミステリーだった。以前読んだミステリーを引っ張り出して、再度読み直す。
――最初に読んだ時と、感覚が違うわ――
 と感じた。
 あの頃は、なるべく早く読破することを目標に、たくさんの作品を読み込むことが自分のステータスのように思っていた。彩香は本棚が大小二つあったが、買ってきた本は小さな本棚に並べて、まだ読んでいない本、途中の本と、並んでいた。読破すると読み終えた作品を大きな本棚の方に移す。読破したことを大きな本棚が証明してくれているのだ。
 彩香は、自分の成果を形にして残しておくことに感激を覚えていた。読破した作品を未読の本と分けて置いているのも、そのためだった。
作品名:永遠の保障 作家名:森本晃次