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永遠の保障

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 と思ってしかるべきだろう。
 だが、本当は違った。
 高校に入学することのできたゆあは、それまで自分の仮の姿を表に出していたのだ。高校に入学すると、すぐに学校に行かなくなる。家には、
「行ってきます」
 と言っておいて、夕方までどこにいるのか、下校時間になると、普通に帰ってくる。
 そんな毎日を繰り返していたが、そんなことがずっと分からないままでいられるはずもない。一年生の夏休み前くらいに、担任の先生から連絡があった。
「お嬢さん、学校に来られていませんが」
 と言われ、
「えっ」
 まさに親は青天の霹靂だった。
 その頃のゆあは、完全な転落人生だった。学校に行くという選択肢はゆあの中にはまったくなく、道を歩いていて声を掛けてきた男の子と仲良くなっては、その日一日を一緒に過ごす毎日だった。それだけに親や先生が探しても、なかなか見つかるものではない。人が集まってくるようなゲームセンターやカラオケ、そのあたりを探しているようではゆあを見つけることなどできるはずもない。
――誰も私のことなんか分かってくれないんだわ――
 自分を探しているのを分かっていたゆあだったが、自分を見つけることができないまわりに対して、
――ざまあみろ――
 と思いながらも、見つけてくれることのできない自分の孤独さを噛みしめているという複雑な心境に陥っていた。
 だから、一緒にいる人はその日限りの相手にしていた。
 孤独なくせに、人と馴れ合いのような関係は嫌いだった。馴れ合いをするくらいなら、ずっと一人でいる方がいいという思いに至っていた。もう少しこの環境に慣れてくれば、孤独を寂しいと思わなくなるに違いないと思っていたが、その思いは意外に早くやってくることになった。
 毎日違った男の子と一緒にいる日々に、ゆあは次第に飽きてきた。三か月ももたなかったことだろう。気が付けば声を掛けてくる男の子を避けるようになっていて、そのうちに声を掛けてくる男の子もいなくなっていた。
――私の雰囲気が独特で、声を掛けにくくなってしまったんでしょうね――
 とゆあは自己分析したが、まさしくその通りだった。
 それからゆあは、一人で公園に佇んでいたり、河原で昼寝をしていたりした。河原で横になって昼寝をするなど贅沢に感じられるほど時効のいい時で、気が付けば、流れる雲を見ていて、何も考えていない自分にハッとなっていた。
――私って、絶えず何かを考えていたような気がしたんだけどな――
 とゆあは、雲を見ながらそう思った。
 本当は何も考えていないように思っていたが、我に返った時にその時考えていたことはおろか、何かを考えていたという意識すら忘れてしまったのではないかと思えた。それだけボーっとしている時間がゆあにとって、それまでにはなかった時間だったということであり、新鮮な気がした。
――何かしないともったいない――
 ボーっとしている時間が楽しかっはずなのに、何かをしたいと思うようになったということは、それまでの自分とどこかが変わったからではないかと感じたのも、空を見て新鮮さを感じた自分と同じ感覚だということに気が付くと、それまでの自分の生活をすべて否定してみたくなった。
「何をしたいのかしら?」
 人と関わる何かをしたいとは思わない。ゆあにとって今まで何が楽しかったのかというと、何かを作ることだった。
「そうだ。絵を描いてみよう」
 目の前に広がった光景を、素直な気持ちになって描いてみれば、意外と描けるような気がした。
――私になんかできっこない――
 この思いが今までのゆあの中には確実にあった。
 何かをやってみたいと思うことは何度もあったし、実際にやってみたこともあったが、すぐに諦めていた。
 できないということを最初に考えてしまうと、できるかも知れないこともできなくしてしまうのが、思い込みだということに気付いていなかったのだ。
――それともできないということがデフォルトであるかのように、自虐的な考えになってしまっていたんだろうか?
 とも思ったことがあったくらいだ。
 ゆあは、絵を描くと言っても、油絵や水彩画というイメージではなかった。最初は普通の鉛筆でデッサンをするくらいのイメージで、そのうちに、色鉛筆くらいは使ってみてもいいかもと思うようになっていた。
 普段は立ち寄ったこともない図書館に行き、絵画についてのコーナーを探した。専門書が多い中で、入門書のようなものを見つけると、本棚から取り出して、閲覧室まで数冊手に持ってやってきた。
 窓際の席に座ったのだが、
――そこから見える光景を絵に描くとしたら、どんな光景になるだろう?
 というイメージも一緒に抱いていた。
 それから毎日のように図書館に朝から訪れて、昼過ぎまでいたが、毎日同じ席で、頭の中にはデジャブがあり、まるで同じ日を繰り返しているような不思議な感覚に、頭の中では勝手に絵が出来上がっている想像をしていた。イメージトレーニングとは少し違っているが、目の前の光景がウソではないと思えることが、その時のゆあには一番大切なことだった。
 図書館の窓から見える光景は、いつも佇んでいる河原の上流にあたるところだった。
――この川が流れていったところにいつも私はいたんだわ――
 と、想像するとまるで昨日のことのように思えるのに、図書館の中から見える光景を見ていると、河原の光景が、ずっと昔に見ていたかのように思えてくるから不思議だった。
 図書館で、絵画の基礎編について読んでいると、実際に描いてみたくなった。文房具店で鉛筆や消しゴムなどの筆記具と、スケッチブックを買うと、さっそくいつもの河原に赴くことにした。
――やっぱり、毎日見ているこの光景だわ――
 まったく変わったという光景を思わせない目の前に飛び込んできた風景は、少しでもいつもの場所とずれていれば、まったく違う角度から見たように思えるのではないかと感じさせるものであった。
 いつもの場所に座って、スケッチブックを膝の上に置く、そして、揃えてきた鉛筆を取り出して、いざ描こうと思ってスケッチブックに目を落とすと、
「あれ?」
 目の前にある真っ白いスケッチブックなのに、ところどころに斑になっているのを感じた。
――色が違っているのかな?
 と思ったが、そうでもない。
 まるでシミがついているかのように思えていたスケッチブックだったが、一瞬目を逸らしてもう一度目を戻すと、今度は真っ白い色に戻っていた。
 しかし、少しの間、同じように目を落としていると、またしても、真っ白い色がくすんでくるのを感じた。
――どうしてなんだろう?
 最初はまったく分からずに、鉛筆を落とす気にはならなかったが、どれくらい時間が経ったのか、その正体が何なのか分かった気がした。
――そうだわ。立体的に見えるのよ――
 真っ白いスケッチブックやカンバスというのは、すべてがまったく同じ色であるため、平面にしか見えない。しかし、それだけに遠近感が取れなくなり、いつの間にか視力の感覚がマヒしてきているのだ。それに気付かないと、真っ白いものを見続けると、頭が痛くなってくることもあるだろう。それだけ真っ白い色というのは、目には刺激的なものに違いない。
作品名:永遠の保障 作家名:森本晃次