永遠の保障
しかしそれはあくまでも先生の勝手な理屈で、処女喪失という一大イベントで、ゆあの素直な気持ちだった。それを先生が分かっていなかっただけで、ただ、それも先生にとって無理もないことではないか。なぜなら、その時の先生には後悔の念があり、都合よく考えてしまうからだった。
ゆあの後悔の念というのはなんだったのだろう?
この時、この場所で先生に抱かれたことなのだろうか? それとも先生を相手にしたことなのだろうか? それとも、先生を愛しているという気持ちに翳りを感じたからなのだろうか?
あとからいろいろ考えるが、自分の中で結論など出るはずもなかった。
ゆあは、先生の部屋で一晩止まった。その日が土曜日だったので、学校はなかったが、先生は出勤しなければいけない。二人は九時頃に朝食を終えて部屋を出たが、その時ちょうど間が悪いことに、表を掃除中だったのが、PTAの代表の一人だった。
さすがに、この光景を見ると黙っているわけにはいかない。携帯で写メを撮って、それを証拠にしようと思った。さっそくPTAに声が掛かり、臨時で集会が開かれ、ゆあと先生の知らない間に、事態は悪い方へと進んでいったのだ。
そんなことを知らないゆあは、二日間ほど、先生に抱かれたことを身体が覚えていることもあって、先生のことばかりを考えていた。
先生の方は、なるべく忘れてしまいたいという意識があったからなのか、本当に普段と変わりのない生活を進めていたのだ。
それから一週間ほどが経って、二人のことが校長先生や教頭先生の耳に入り、臨時の職員会議が開かれ、その時、初めて自分の立場がまずくなってしまっていることに先生だけは気付いた。
――これはまずい――
と感じたことだろう。
最初に感じたのは、自分の保身だった。いくら生徒が誘惑してきたとはいえ、手を出してしまったのは自分だったからだ。だが、少し考えると、生徒を守るのが先生の役目、自分の保身ばかりを言ってはいられなかった。
――じゃあ、どうすればいいんだ?
先生は悩んだ。
しかし、考えられることを考えても、そのまま事態が進展するはずもなく、考えるだけ無駄だと思うようになった。
ただ、考えないようにしようと思えば思うほど、いつの間にか考え込んでしまうのも人間の性というべきであろう。ゆあの顔を思い浮かべては、シャボン玉のように消えていくその顔が虚しく感じられた。
そのうちに、問題は大きくなっていった。
「杉山さん、校長室へちょっと」
と言われて、ゆあは校長室へと向かった。
先生がちょくちょく教員会議に参加していることは分かっていた。それに先生の家に行くことを控えていたゆあだったが、そんなゆあを先生は横目でチラッとは見るが、何もリアクションを示さないことも気になっていた。
――いよいよ来たんだわ――
とゆあは感じた。
校長室に入ると、校長先生、教頭先生、そして問題の先生がいた。
「杉山さん。あなたが以前、山口先生の部屋から朝、二人で出かけていくのを見たという人がいるんですが、本当ですか?」
と、教頭先生が切り出した。
その時チラッと山口先生を見たが、先生は目を合わそうとはしなかった。
――そんな――
と一瞬、ゆあは感じた。ビックリしたというよりも、呆れたと言った方が正解だったかも知れない。
そんな先生の態度を見てゆあは、
「ええ、本当です」
と言い切った。
「どういう状況だったんですかね?」
と教頭先生がデリケートな部分を含んでいる話のはずなのに、ズバッと聞いてきた。
ゆあは却って申し訳なさそうに聞かれるよりも、ズバッと聞かれる方がよかったような気がして、
「私は先生が好きだったので、お食事を作ってあげたんです」
「それだけですか?」
と聞かれて、また先生を見ると、今度はこちらを見ながら、ハッキリとしない顔をしていた。
それを見るとゆあは、完全に自分の中で何かが切れたような気がした。
「いいえ、先生に抱かれました」
露骨にそう答えた。
それを聞いて、校長先生は少しビックリしたような表情だったが、教頭は落ち着いてさらに続ける。
「合意の上だったと?」
――要するに学校側にとってはそこが問題なんだ。私たちの気持ちなんて、まったく関係ないんだわ――
と思うと、さらに冷めた気分になり、
「いいえ、合意の上ではありません。先生から無理矢理にです」
と言い切ってしまった。
少なくともその時ゆあは、言い切ってしまったことを後悔していなかった。
――ざまあみろ――
という感覚まではなかったが、先生を擁護する気持ちにはさらさらならなかった。
「山口先生。これはどういうことですか?」
と教頭に言われたが、先生は一言も言い訳をすることはなかった。
――先生、ひょっとして、ずっと強引に迫ったと言われていたんじゃないのかしら?
と、思った。
その時のゆあには、罪悪感が残ったが、先生に対して悪いことをしたという後悔はなかった。
――どうして後悔しなかったんだろう?
と後になって思ったが、やはりその時の先生の顔にハッキリとした思いがなかったからではなかったかと感じていた。
先生は、ずっと何も言わなかったことで、自分が認めてしまうことになるのを分かっていたはずだが、何も言えなかった。その思いがハッキリしない表情に出てきたのかも知れないが、それをゆあが勘違いしたのかも知れない。
そのことはゆあの頭の中にもあった。しかし。だからと言って、口に出してしまったことを撤回する気にはならなかった。
――撤回するんだったら、先生が自分から撤回すればいいのよ――
と思った。
だが、被害者が認めていることを、容疑者がどんなに弁解しても、通るわけもない。しかも最初は黙秘していたのだったら、なおさらである。
それから先生はしばらくすると休職扱いになった。どんな処分が下ったのか分からないが、いつの間にか先生を辞めていた。
「あんな先生、辞めて当然よね」
とクラスではもちろんのこと、学校全体がそんな雰囲気になった。
あゆは複雑な心境だった。
――学校全体が私の敵になったかのようだわ――
と感じた。
なぜそう感じたのかというと、
――先生の悪口をいう権利があるのはこの私だけなんだから――
という思いがあった。
その思いを抱いている時は、自分が校長室で言った「偽りの事実」をあたかも、本当のことのように感じているからで、それができなければ、まわりを敵に感じるなどということはないだろう。
それから、ゆあは学校に来なくなった。受験が迫っているというのに、まわりは真剣に心配したが、急にゆあは学校に行くようになり、しっかり勉強して、とりあえず高校に入学まではできたのだ。
「何とかあの子も、ショックから立ち直ってくれたんだわ」
と、両親は安心していた。
高校入試に成功したのだから、そう感じても無理もないことだろう。
だが、高校入試に向かっている時のゆあは、本当のゆあではなかった。入試というイベントに向かっている生徒は皆神経がピリピリしているはずなので、ゆあの精神状態がおかしくても目立つことはなかった。しかも高校に合格したのだから、誰もが、
「やっと立ち直ったようね」