永遠の保障
「でも、一試合だけでそんな判断は酷なんじゃないですか?」
「それはそうだけど、ファンというのは現金なもので、分かっていても試合の勝ち負けで一番の責任がある人を一人作らないと、気が済まないんですよ。熱狂的なファンであればあるほど、そんなものなのかも知れませんね」
「ちょっとかわいそう」
「そうだよね。ファンというのは、本当に理不尽で、自分のストレス解消のために野球を見ている人もすくなくない。でも、プロというのは、そういう人の存在を認めてこそのプロなんじゃないかって思うんです。やっぱり試合を見てもらって給料をもらっているわけですからね」
「そう一刀両断に言われては、何か夢も希望もないような気がしてきますね」
彩香は、下田に対して言っているわけではないが、自分の中で気持ち悪い部分があることを理解しながら、言葉にしないと気が済まない状態だった。
「でも、抑えのピッチャー以外の中継ぎの人も、彼らの方がピンチの場面で出ていくので、結構大変かも知れませんよ。ファンからすれば、抑えてなんぼだって思っているでしょうからね」
「そうですね。ランナーがいる時の方が多かったりしますからね。一人だけを相手に投げる人もいるくらいですから、いくら分業制と言っても、ちょっと考えますね」
「昔の野球のように、先発ピッチャーが完投するのが当たり前という時代であれば、一人だけを投げるなんていう投手は、あまり注目されなかったけど、今では分業制というおかげで、それも立派な仕事と思われるようになったのはいいことなのかも知れませんね」
彼のいう、
「昔の野球」
というのは、見たことはなかったが、元々今の野球も最近見始めるようになった彩香なので、それほど違和感があるわけではない。
「昔の野球というのも見てみたい気がしてきましたね」
と彩香がいうと、
「僕もそう思うんだけど、それを見ることができないから、本や資料で見て、いろいろ想像するんですよ。それはそれで面白いですよ」
と下田はいう。
――この人は、結構ロマンチストなのかも知れないわ――
と彩香は感じた。
彩香は、どちらかというと現実的な性格なのだが、たまにロマンチックになることがある。
そんな時は、自分がロマンチックになっているという意識がない時が多い。
ふと我に返って、
――今、何を考えていたんだろう?
と感じた時、少ししてから、
――ロマンチックなことを考えていたような気がする――
と感じ、どうしてロマンチックなことを考える時は、意識がないのか自分でも分からなかった。
――無意識というのは、まるで夢の中を彷徨っているようだ――
と感じるが、そもそも夢を彷徨っているものだということをどうして感じるのかと、不思議に感じる彩香だった。
「ピッチャーというのは、とにかく消耗品なんですよ。投げれば投げるほど、肩に酷使という言葉がのしかかってくる。そのことを昔の人は分かっていなかったのか、それとも分かっていて敢えて、チームの勝利のために、選手を酷使したのか分からないですよね」
という下田の言葉に、彩香は疑問を感じた。
「えっ? まさか知っていたなんてことはないでしょう? まるでそれじゃあ、チームのために選手を生贄にしたかのようじゃないですか?」
「ええ、僕はそう思っています」
「だから、近代野球ではピッチャーを守るために、今のような分業制になったということですか?」
「いや、今だって、十分ピッチャーを酷使しているんじゃないかって思うんですよ」
「どういうこと?」
「抑えの投手の話をさっきしたでしょう? あれだった十分に酷使していることになると思いませんか?」
「確かに言われてみれば……」
「それにね。昔言われていた当たり前のことを近代スポーツは否定することが多くなったんですよ。たとえば、今は練習中などでも、水分補給は当たり前になっていますが、昔は練習中に水分を摂るのは厳禁だって言われていたんですよ」
「どうしてなんですか?」
「バテるからだそうです。今は水分を摂らないと、脱水層状になって救急車で運ばれたりすることが多いでしょう? このこと一つをとっても昔とは違うんですよ。昭和の頃のスポーツ選手に、練習中水分を摂るなんて言えば、怒られるかも知れませんよ」
「でも、それは環境の変化が大きいんじゃないですか?」
「そうですね、地球規模の環境の変化ということですね。今の時代、夏の暑さは昔の暑さとはまったく違うらしいですからね。今は最高気温が三十五度を超えることなんか当たり前じゃないですか。四十度近い時もあるくらいで、体温よりも高い気温なんて、昔では考えられませんでしたからね」
「昔って、どれくらいの気温だったのかしら?」
「僕が聞いたところによると、三十年くらい前だと、最高気温が三十三度を超えることなんてほとんどなかったって聞きますよ。今でこそ電車に乗れば全車両冷房が入っていますけど、昔は冷房が入っている車両の方が少なかったって聞きます。それでも我慢できるほどの暑さだったんでしょうね」
「そうですね。今だったら、熱中症でいっぱい救急車で運ばれることになるでしょうね」
「もっとも、昔は熱中症なんて言葉もなかったくらいですからね。日射病という言葉があったと聞きますね」
「日射病ですか?」
「ええ、それが熱中症とどう違うのかは分かりませんが、それだけ今と昔とでは暑さの次元が違っていたんでしょうね」
「それは規模が違うんじゃなくて、次元が違っているということですか?」
「ええ、あなたのいうのは、日射病の延長戦にあるのが熱中症ということなんでしょうか、私には、どうも違うように感じるんです。だって、熱中症というのは部屋にいる人だってなるっていうでしょう? 冷房の効いている部屋でもなる人がいることもある。日射病という言葉は限定的な気がするので、僕は敢えて、規模が違うとか、度合いが違うとかは言わず、次元が違っているという言い方をしたんです」
と、下田は言った。
「なるほどですね」
と言って、彩香は少し考え込んでしまった。
「少し話が脱線してしまったけど、ピッチャーはとにかく消耗品なんですよ。だから、なるべく選手を肉体的な部分だけで見るんじゃなく、メンタルな部分でも見ておかないと、精神的な部分で壊れていく人もいるでしょうね。精神的に傾いていれば、いくら身についているといっても、フォームのバランスを崩してしまう。バランスを崩せば、当然今まで投げれていたボールもうまく投げれなくなり、相手に簡単に打ち返される。そうなると、ピッチャーも自分のフォームの狂いに気付いていないと、さらにフォームを変えようとするかも知れない。それは本末転倒なことなのに、気付かないことが自分の罪であることになってしまいます。そのうちに、体のバランスを崩すことで、故障も起こしやすくなり、どんどん泥沼に入り込むことになるでしょうね」
「その選手が復活できればいいんですけど……」
というと、