永遠の保障
少なくとも、今月中に来ることだけは、頭の中で確定させていたのだった。もちろん、友達に対して顔に出さないようにして、誰にも言わずに来てみようと思ったのだった。
野球場での出会い
その機会は一週間後に訪れた。
その日は予定していた友達との約束をドタキャンされて、どうしようかと迷っていた時だった。数日前から約束をしていたのだが、
「ごめん。今日、彼とどうしても会わなければいけないんだ」
と頭を下げられればしょうがない。
その友達は、彼氏との仲が微妙な時期で、最近まで、
「別れた方がいいのかしら?」
と愚痴をこぼしていたのだ。
彼女はすぐにネガティブに考えてしまう方で、ただでさえロクなことを考えないのに、重大なことを簡単に、
「別れた方が」
などと口にするようになると、赤信号だった。
まだ、愚痴を聞いてあげるようがマシである。
ただ、喧嘩の内容は大したことではない。普通のカップルなら、一日経てば言い争ったことすら忘れてしまいそうなことなのに、彼女の場合はなぜか尾を引くのだった。彩香は友達の彼氏がどんな人なのかを知らない。知りたいとも思わなかったが、さすがにこれだけ愚痴を聞かされると、気にもなってくる。
そんな彼女が
「彼氏と会わないといけないの」
と言っているということは、何かの結論が出るに違いないと思った。
「いけないの」
という言葉には二つの意味があると思っている。
彼氏が何かを決意して会おうと思ったのか。もしその場合は別れを告げられる可能性も結構な確率であるだろう。もう一つは、彼女の方から呼び出した場合である。その時は、彼女の方から別れを切り出すことはないと思っている。
「女性って、男性と違ってギリギリまで我慢するのよ。我慢している間は相手にその思いを知られないようにしながらね。だから我慢ができなくなってキレてしまえば、もう後戻りのできないところまで来ているの。その時、相手の男性は初めて別れの危機に気付くんだけど、後の祭り。そんなことって結構あるんじゃないかな?」
と言っている友達がいて、その話を聞いて彩香は、
「うんうん」
と、納得しながら頷いていたが、その友達は、
「え〜? そうなんだ。私には分からない」
と言っていた。
天然なところがあり、さらにネガティブにしか考えられない彼女は、女性から見るとイライラするタイプなのだが、男性から見ればどうなのだろう?
「守ってあげたいタイプ?」
という男の子がいたが、彼女に対しての意見はその男の子だけからしか聞けなかった。
他の人にも聞いたような気がしたが、彼女に対しての答えを得ることができなかった。ひょっとすれば何かを答えていたのかも知れないが、あまりにも印象に残らない返事だったのか、それとも彼らが戸惑いながらの返事だったことで信憑性のなさを感じたのか、まったく意識していなかった。
そんな彼女にできた初めての彼氏。
「え? あなた今まで彼氏がいたことがなかったの?」
他の人は驚いている。
見た目にはかわいらしさがあり、無垢なところが魅力だと思っていた彩香も、意外だった。あまりにも意外なので声が出なかっただけで、声が出れば、奇声をあげていたかも知れない。
「ええ、彼氏と呼ばれる人はいなかったわ」
と彼女がいうと、興味津々の女の子がさらに質問をした。
「告白とかされなかったの?」
「いえ、されたことはあるんだけど……」
というと、
「そんなに面食いなの?」
「そんなことはないわ。他の人とタイプはそんなに変わらないと思う。それにね。デートをしたことはあるのよ。でも、続かないの」
それを聞いた彩香は、
「合わなかったじゃないのかしら?」
「どういうこと?」
「デートまでこぎつけたということは、お互いにお付き合いする気はあったということよね。でも、次はなかったということは、そのデートはぎこちなかったんじゃない?」
「ええ、そういえば、ほとんど会話がなかったような気がするわ」
「なるほどね。相手の男性はかなり気を遣っていたと思うんだけど、それでもあなたが会話に乗ってこなかったことで、冷めてしまったのかも知れないわね。ひょっとするとあなたを好きになって告白してくる男性は、熱しやすく冷めやすいタイプの男性ばかりだったのかも知れないわ」
というと、他の友達も、
「そうね。言い方は悪いけど、告白してきた男性は、あなたの中に新鮮さを見たのかも知れない。でも、その新鮮さを一度のデートで台無しにしてしまった。気を遣わなければいけない新鮮さなんて、ありえないと思ったんじゃないかな?」
と言っていた。
それを聞いた本人は考え込んでいたようだが、
「そうかも知れないわね。じゃあ、私が悪いというわけではないのよね。これからまだまだ彼氏ができるチャンスがあるということね」
普段からネガティブにしか考えようとしない彼女が、この時ばかりは、楽天的な考え方をした。
――開き直ったのかしら?
と感じたが、どうやら、その考えに間違いはなかったようだ。
それから少しして彼女から、
「私、彼氏ができたの」
と、今までにない嬉しそうな表情で話していた。
嬉々としたその表情は、他の女の子からも感じたことのない特別な感じがして。
――これも彼女の魅力の一つなんだわ――
と感じた。
「よかったじゃない。そんな人なの?」
と聞くと、ニッコリと笑って、
「ごく普通の男性」
と答えた。
「なるほど、あなたには一番いいのかも知れないわね。気を遣うことを自分で意識しないような男性であればいいわね」
と彩香は答えた。
「ええ、私もそう思う」
彼女は、それからしばらく彼との蜜月が続いていたようだった。
ただそのうち、
「彼が少し冷たくなったの」
死んだような目をしている彼女を見かけて話を聞いてみると、そういって泣き出したのだ。
「どうしたの? あれだけ楽しそうだったのに」
「ええ、ずっと夢のような時期が続いていたのに、最近は話をすると、返事も上の空になってきたのよ」
という。
「そんなことだってあるわよ。長い間付き合っていれば、ずっとラブラブなんてありえない。その人にはその人なりのプライバシーもあるでしょう? 仕事だってあるんだし、あなたのまだ知らないその人の家族だっている」
というと、彼女は考え込んでいるようだった。
「そうよね。確かに私は彼のまだ何も知らないような気がする。いろいろ聞くのも悪いと思うし、本当に話したいことがあれば彼が話をしてくれると思っていたから」
と彼女が言った。
「そうなのよ。それがあなたが彼に気を遣っているということなのよ。あなたが今まで付き合ってきた男性も同じ気持ちだったのかも知れないわよ」
というと、
「ああ、そうかも知れないわね。私が知らず知らずに態度が変わっていたのかも知れないわ」
「そうとは限らないわよ。今のあなたのように、ラブラブな期間を過ごしていたことで、それを当然と思うようになると、少しだけ雰囲気が違うだけでも、まったく性格が変わってしまったかのように見えてしまうんじゃないかしら? そう思うと、あなたはそんなに悩む必要はないと思うのよ」