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短編集35(過去作品)

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 と感じることも少なくないだろう。我に返ると感じる時、それは以前にも同じような思いをした覚えがあるからである。しかしそれが何かは分からない。思い出そうとした瞬間には忘れてしまっているからだ。
 だが、今回に感じたシチュエーションはけんじが行方不明になったあの日を思い起こさせるようなのだ。あの日にあったことを自分が知っていて、わざと忘れようという意識があるために却って忘れられず、記憶の奥に封印した形になっているのだ。
 睡魔が襲ってくる時がある。涙が溢れてきて、却って視界がクッキリとしてくるのだ。森から出ようとして湿った道を歩いていると、睡魔に襲われている自分に気付いていた。
 睡魔が襲ってきて、気がつくと数時間も経っていたということがある。まるでタイムスリップしたのではないかと思えるほどの時間で、その間に時間の経過を一切感じることはない。その場所にいる自分がいきなり消えて、数時間後、まったく同じ場所に突然現れる。そんなことを何度も想像したものだ。
――果たしてそれは同じ空間なのだろうか?
 記憶が飛んでいるのではなく、肉体も飛んでしまったような感覚、得てしてそんな時に何か大切なことを思い出していたように思える。記憶の奥に封印されたものが出てきて、我に返ってしまうと大切だと思っていることが、また封印されてしまう皮肉な結果になっているのではないだろうか?
 けんじもあの時に今の沢木と同じような思いをしたのかも知れない。森の中から一本の大切な木を探そうとしている。沢木のように絶えず比較対象を求めて生きてきた人間にはそれほど苦にならないことでも、まったくといって考えてこなかった人間には辛いことだろう。
 けんじにあの時何が起こったのか?
 今では誰にも分からない。あれからけんじはしばらくすると精神的に落ち着きを取り戻し普通の生活に戻ることができたのだが、その時の記憶は完全に消えていた。
 いや、頭の中に封印されているのではないかと思う。完全に記憶が消えてしまうということは沢木には信じられない。
――過去の記憶をふとしたことで思い出すことが時々あるではないか――
 そう言い聞かせる沢木だった。
 自分の将来というのを沢木は最近考えるようになった。
 それまでは人生の分岐点、Y字路に差し掛かると、日頃から比較対象を持って生活していたので、難なく選択することができる。しかし、それは自分の将来というものを考えなかったからだ。目の前の分岐点以上先を見てしまうと、そこにどうしても迷いが生じてしまう。迷いが生じてしまうと、そう簡単に選択などできるはずはない。
 目先のことだけを考えて生活することで今まで成功してきた。怖いもの知らずだったとも言えるが、それも一つの人生だと思っている。
 もしあの時、けんじが自分の人生を見ていたとすれば?
 けんじはあまり細かいことを気にする方ではなかった。ある意味、沢木とは正反対の性格である。しかし、なぜか沢木はけんじが気になっていた。
――自分にないところを持った人は気になるものだ――
 ということなのだろう。けんじも同じ思いだったように思えてならないのは、けんじが冒険心をたき立てられた時、必ず沢木を誘うからだ。怖くて一緒に行動できないことが多かったが、なぜかけんじは必ず沢木を誘っていた。
 お互いに引き合うものがあった。意識しているいないを別にして同じ空間に二人だけが存在しているような気持ちになることがしばしばあったのだ。
 同じ空間を特定の人と共有できる。しかもまったく違った性格で……。
 けんじはそんなタイプの人間だったのかも知れない。あの日、きっと彼は誰かと同じ空間を共有していたに違いない。沢木はそれが、違う時間に存在しているけんじ自身だったように思えてならない。
 普段からまったく比較対象を持たずにいた人間が、急に同じ空間に別の時間に存在する自分を見たとしたら……。深く考えることのなかったけんじの頭はオーバーヒートしていることだろう。
 その時に一緒に存在した違う時間のけんじはどんな性格だったのかを思い知るのは難しい。同じ人間なのだから、それほど違うとは思えない。だが、その時のけんじには、まったく違う人間に見えただろう。なぜなら自分のことを顧みることをまったくしなかった人間だからだ。
――木を見て森を見ない。一本の木を隠すには森の中――
 同じ風景でも、まったく違うシチュエーションではないか。そんな思いをその時のけんじはしたのかも知れない。そして、今沢木が同じ思いをしている……。
 そして沢木にとっての「ソドムの街」、それは幸子の存在そのものではなかったか。きっと幸子にとって重大な選択を、沢木が自信を持ってしてしまったように思う。そしてそれが無意識に、トラウマとして自分の中に残っているのだろう。
 レンタカーを返しに行って廃墟屋敷の話を店の女の子にしてみた。予感めいたものがあり、返事も想像していたにもかかわらず、沢木はその場で固まってしまった。
「廃墟屋敷? そんなものあそこにはありませんよ。まわりを森に囲まれた素敵なところです」
 という返事だった……。

                (  完  )

作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次