短編集35(過去作品)
しかし、その晩は大人皆で捜索に行ったのだが、結局見つからず、そのまま警察に捜索願を出すことになった。その日、沢木は眠れなかった。気分が高ぶって眠れないのも一つなのだが、
――自分がもし一緒に行っていれば――
と考えると恐ろしくてたまらない。
それとは別に、
――一緒に行かなかったことで恨まれているのではないだろうか?
と感じ、自分の臆病さに今さらながら嫌気がさしたものだ。まるで友達を見殺しにしたかのような罪悪感が身体の奥から湧き出してくるようで、どうしようもない。
沢木の潔癖症は、そういうところでも影響がある。潔癖症が決して得な性格でないことは、このことからもハッキリしている。
捜索願が出されてすぐにけんじは見つかった。見つかったというよりも、徘徊しているところを保護されたという方が正解だった。体力がかなりは消耗していて、目は虚ろだったらしい。そこをどう徘徊したのか分かっておらず、しばらく静養が必要だということだった。
それからすぐに西洋屋敷は立ち入り禁止となった。周りには鉄条網が張り巡らされていて誰も入ることができなくなってしまった。完全に危険区域に指定されてしまったようである。
いったいどこへ行っていたのか、ハッキリとしなかった。幽霊屋敷に勇んで入っていったという記憶まではあるらしい。しかもその時他には誰もいなかった。誘いかけたが結局誰も集まらなかったのである。
けんじの中の意固地な性格が顔を出したのだろう。
――意地でも俺一人で探検してやる――
という思いが彼から恐怖心を拭い去ったと言える。彼の性格を知っている友達は、皆激しい自己嫌悪に陥ったに違いない。
もし誰か一人でも一緒にいればこんなことにはならなかったはずだ。いや、何よりも彼を止めることだってできたかも知れない。いくら強がっていても、目の前に恐怖が横たわっていれば少なからず躊躇うのが人間である。それを思うと沢木は胸が痛んだ。
けんじはそれからしばらくして引っ越していった。結局その後入院生活を余儀なくされたけんじは、そのまま学校に来ることもなく引っ越していったのだ。したがって幽霊屋敷でいったい何があったのか不明だし、すべてが謎のままである。
西洋屋敷は鉄条網を張り巡らされてはいたが、取り壊しされることはなかった。取り壊されるものだと思っていただけに、実に不思議である。
「やっぱり幽霊伝説は本当だったんだ。幽霊のたたりを恐れて取り壊しをしないに違いないね」
そんな噂がちらほら聞こえてきた。今までなら、
「そんなバカなことはないさ。大人が幽霊の話なんてまともに信じるものか」
と一蹴するのだろうが、けんじの話があるだけに無視できないところがある。鉄条網に囲まれた西洋屋敷は前にも増して気持ち悪さを増大させ、夜は大人でも一人で歩くことのないところになっていた。
近くに家はあまりない。隣には空き地が広がっていて、けんじの件がある前は沢木もその空き地で友達と遊んでいた。気持ち悪い屋敷が隣にあるという程度で、意識しなければそれほど怖いとは思わなかったくらいである。
空き地を横目に見ながら歩いていくと、ちょうどYの字のようになった道に出てくる。そこの三角地帯には以前家があったのだが、今はない。子供の頃に三角形になった歪な家を「三角屋敷」と呼んだものだ。三角屋敷は別名「ネコ屋敷」とも呼ばれていて、住んでいたおばあさんがネコ好きだったらしく、寄ってくるネコを手なずけていたようだった。
それだけでも気持ち悪いのに、西洋屋敷での出来事はさらにそのあたりへ近づく人を遠ざけるようになっていった。
けんじは前からネコ屋敷をバカにしていたふしがある。確かに三角屋敷は歪な形で気持ち悪いと言っていたが、ネコと一緒に生活しているようなやつはロクなものじゃないという偏見があったのだ。
おばあさんもいつの間にかいなくなり、ネコだけが残ってしまった。おばあさんは亡くなったのだと聞かされたが、ネコは人にではなく家につくのだ。人のいない家に残ったおびただしい数のネコ、その不気味さったらなかった。
当然のごとくネコ屋敷こと三角屋敷は取り潰される。迅速に行われたようで、その日の朝から始まって、学校から帰る午後には、残骸もすっかり片付けられていて、そこに家が建っていたなど知らない人なら分からないだろう。
「本当にあっという間だったな。まぁ、これであの気持ち悪い屋敷を見ないで済むな」
とけんじが言っていた。ガキ大将っぽさが前面に出ていたが、結構繊細な考えを持っている。理論立ててものを考えることが好きで、それだけに超常現象など信じられないということで、意地でも冒険心が湧いてくるのだ。そのことは本人も口にしていて、
「自分で納得しないと信じない方だからな」
と嘯いていたが、そのあたりが沢木との考えが合致するところなのだ。
ネコ屋敷がなくなってY字路から見える光景は一変してしまった。それまでは先が見えなかったがなくなってしまうと、かなりの範囲を見渡せるようになっていた。遠くに見えていた山が近くに見えるようになったが、それも慣れてくるとまた遠くに感じられるようになった。まるで歯が抜けた後の口の中のようだ。気がつけば元の感覚に戻っている。
Y字路からは右側にしか行ったことがなかった。友達の家も右側にしかなかったし、左側に行けば山の方に入っていくだけである。きっとほとんどの人が右側にしか行かないだろう。
そのY字路を北海道の写真を見ていると思い出すのだ。
一直線に続く道が繋がっているだけで、Y字路を思わせる写真が一枚たりともないにもかかわらず、思い浮かぶのは不思議で仕方がない。
今まで二者選択で失敗したことはないと思っている。選択に対してもそれほど意識したことがないし、迷いがなかったことで失敗がなかったと思っているのだ。迷い始めるととことんまで迷ってしまって袋小路に入り込んでしまうことが分かりきっているからだ。
けんじの一件があって、その思いが確信に変わった。あの時にもし一緒に行っていたとすれば……。考えただけで、今でもゾッとしてしまう。
けんじが彷徨っていたのがどこだったか、ずっと気になっていた沢木だった。
夢で何度もY路地が出てくる。けんじがY路地に差し掛かっているのだ。どちらに行こうか迷っている。危険を冒してでも左へ行くか、無難に右へ行こうか、心のうちが覗けてしまう。
――僕なら絶対に右だな――
迷いを感じることなく、きっと右しか見えていないだろう。だが、Y路地の前に立って一旦迷ってしまうと、本当に左側が見えてこないものなのだろうか?
今まで二者選択があって成功してきたのは、最初から迷いがなかったからだろう。怖いもの知らずだっただけだと言えなくもない。もし、そんな人間が怖さを知ってしまったら……。そう考えるとゾッとしてしまう。
「北海道、行ってみたくなったな」
その時から北の大地への思いが急速に強くなっていったのかも知れない。
元々がなかった思いである。強くなり始めればあっという間で、写真でしか見たことのない土地、一気に想像は膨らんでいき、頭から一時も離れなくなってしまっている。
作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次