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短編集35(過去作品)

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 その頃は情熱的な性格だったので、彼女は沢木の落ち着いた喋り方に戸惑っているようだった。
「ええ、じゃあ、適当に買ってくるわね」
 悪いと思ったが、興味のないことにあまり情熱的になれない。特に北海道に対してはそうだった。
――なぜ北海道にそんなに興味がないのだろう――
 と感じていたが、写真を見ると何かを感じて見入ってしまっていた。そう、本屋で見た大平原の写真などのような典型的な北海道の写真にはつい見入ってしまうのだった。
 クーラーの効いた本屋で見ていると、まるで本の中から冷たい風が吹いてきそうな、そんな不思議な雰囲気がしていた。
 北海道への興味は小さい頃からなかった。
 頭の中にイメージは湧いていて、壮大な光景を見ることもあった。小学生の頃など、どこまでも果てしなく続く道を夢に見た記憶がある。ただ漠然と見ていた記憶もあれば、その道を歩み続けた記憶もある。果てしなさが怖かったのだろう。
 歩み続けた記憶がトラウマとして残っているのだろうか? 
 最初はただ前だけを見て歩いている。なかなか辿り着けないのは覚悟の上だが、一向に変わらない景色を見て、思わず後ろを振り返る。その時に思い出すのは、聖書に出てきた「ソドムの街」である。
「振り返ってはいけません」
 これは昔話でよく言われることだが、沢木には不思議で仕方がなかったことがある。
「振り返ってはいけない」
 と言われて振り返ると、石になったり、死んでしまったり、違う生き物に変身してしまったりするのだが、本当に振り返った瞬間、目の前のものを確認できたかどうかということである。
 事故や自殺で死んでしまう人も、本当に自分が死んでしまったことを意識しているのかどうか気になるのだ。
「そんなことを気にしてどうするんだ」
 と友達に嘲笑されたが、気になり始めるとどうしようもなくなる性格なので、夢でも見たりするのだ。振り返ってしまうシーンでいつも夢は覚めてしまう。もちろん、その瞬間に死んでしまうという意識はあるのだが、振り返った時の心境を思い出すことはできない。
 夢というのは潜在意識が見せるものだ。少しでも自信のないことだったり、逆に信念を持っていることがあったりすると、それ以上を夢の中だとはいえ、見ることはできないのだ。
 北海道の果てしなく続く道、後ろを振り返ったはずなのに、振り返ったが最後、そこから先の記憶はないのだ。
 本当は見たはずなのに、何かの力によって、見たということを忘れさせられてしまう。どこかから見えない力によって支配され、自分の力が及ばないところがあるのだ。
 興味がないというよりも、夢で見た果てしなく続く道が怖いのかも知れない。目の前に広がっている綺麗な草原、緑とはこれほど美しいものかと感じているが、あくまでも夢だと認識した上でのことである。
 実に不思議な感覚だが、夢だと分かっていて美しい緑を嘘だと思いたくない自分がいる。夢だと思うことですべてを否定してしまうのが惜しいくらいの美しさなのだ。
 しかし、それは最初だけで、次第に強くなってくる風に、
「やっぱり北海道なんだ」
 と思わせる顔を叩くような痛さを感じていた。
 冷たさと言ってもいいだろう。爽やかな風が吹いていたと思ったのは一瞬で、みるみるうちに木枯らしのような冷たさを感じる。
 北海道の寒さを知っているわけではないのに、その恐ろしさに震えが止まらない自分が不思議で仕方がない。それこそ見えない力に引き寄せられるように前へ前へと進んでいくが、それは自分の意志に反してのものだった。
 まもなくやってくる猛吹雪を予感していると、気がつけば目が覚めていた。猛吹雪を見ることもなく意識が飛んでしまったのだ。タイムマシンがある一点を超えることによって成立するならば、目の前を通り過ぎて現れた先に何があるというのだろう。それが時間なのか、スピードなのか、残された場所しか思い浮かばないではないか。
 怖い夢を見たことがトラウマとなり、頭の中に残っているが、決して実際に見ようとは思わない。好奇心以上の恐怖心を与えられていたのだ。
 決して好奇心が薄い方ではない。どちらかというと、子供の頃から冒険心は豊かで、家の近くにあった防空壕跡や、廃墟などに友達とよく友達と探検に行ったものだ。
 そんな友達がまわりに多かったのも、冒険心を掻き立てる原因だったのかも知れない。
 学校からの帰り道、大きな西洋屋敷が廃墟となっているところがあった。夜になると幽霊が出ると噂されているようなところで、実際に青白い閃光を見たという人が後を絶えない。
「まるでひとだまのようだったわ」
 OL風の女性がそういって友達に屋敷を指差しながら話しているのを見たことがある。
 彼女の指先は震えていた。顔色もあまりよくなく表情も強ばっている。まんざら冗談では片付けられないことは子供が見ても明らかだった。
 しかし、ひとだまなんて、リンが燃えた時の化学反応が引き起こすものだということを学校で教えてくれた。そう考えると実際に見たわけではないのに、恐ろしさは半減する。むしろ、この目で確かめたくなってくるくらいである。
 沢木は自分が実際に見たり触ったりしたものでないと信じないタイプだ。それだけに冒険心が豊かでないと勤まらない。本当に小さい頃というと怖いだけだったが、学校で友達がいっぱいできると集団意識からか、怖さが少し麻痺してきた。
 最初から、怖いところに行くような度胸のある友達ばかりではなかった。さすがに誰かが言い出さないと、誰も言い出さない。
 そんな友達の一人に「けんじ」がいた。どんな字を書くのかすら忘れてしまったが、みんなから「けんじ」の愛称で呼ばれていた。いかにも腕白少年ぽくって、Tシャツに角刈り、半ズボンが似合っていた。
「あそこのお化け屋敷、行ってみようぜ」
「お化け屋敷?」
「ああ、例の人魂を見たっていう西洋屋敷さ。前から探検したいって思っていたからな。皆も行こうぜ」
 さすがに躊躇った。けんじの表情は目をカッと見開いていて、今にも襲い掛かってきそうな形相をしていた。まるで何かに取り憑かれたような表情に見えたのは、その時沢木だけではなかっただろう。
 その日の夕方に集合することになったのだが、さすがに沢木は恐ろしくて行くことができなかった。その日の昼間、
「お前は行くのか?」
「いや、怖いんだ。本当は行ってみたいんだけど、夜になって真っ暗な中行くのは恐ろしいじゃないか」
 そういう会話を数人の友達としていた。完全に行く気になっているのは、けんじだけだったのだ。
 けんじは親分肌ではない。しかし、こういう冒険心のいることに関してはリーダーシップを発揮する。そして恐ろしいほどに冷静なのだ。まるで何かに乗り移られたかのように見えるほど、普段の人格との違いを見せている。冷静すぎて怖いのだが、それは皆も感じていることらしい。相談してきた友達は、結局行かなかった。
 その日の夜にちょっとした騒ぎになった。けんじが行方不明になったというのである。その話を聞いた沢木はすぐに大人たちに昼間の会話を話し、すぐに西洋屋敷を探してもらうことになったのだ。
作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次