小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集35(過去作品)

INDEX|2ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

「何と言えばいいのかな? 冷静すぎるというか、悪く言えば冷めているように見えるんだよ」
 果たして予感は的中した。自覚していることと同じことを言われたからだ。それまでに何度も、
「お前、変わったな」
 と言われ続ければ、嫌でも考え込んでしまう。まして沢木というのは、いつも何かを考えているタイプの人間だ。
「冷めているのかな?」
「確かにお前は学生時代、どちらかというと情熱的って感じだったからな。喋っていて自分で分からなくなることもあっただろう?」
「そうだな、気持ちが乗ると興奮してくる時もあったからな。言いたいことをまくし立てていたような気もするな」
「そうだろう。それが今では考えてからすべて喋っている。だから、悪い意味で変わったわけじゃないんだ」
 フォローしてくれているのは分かるが、それでも自覚としてはあまりいい方に変わったように捉えていない。どうしても考え込んでしまいそうだ。
 喋っていても冷めた目で見ているのではないかと思える時が何度かあった。それまでは、
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
 と言われて、
「怒ってないよ」
 と言い返すほど、話に集中してくると相手を説得させたいがために必死になっているようだ。
「君は気持ちがすべて口調に現れるようだね」
「そうなんだよ。あまり得な性格じゃないよね」
 思わずうな垂れてしまう。相手が友達ならそれでもいいのだが、仕事をしていて、しかも相手が商談相手などだったら、せっかくの商談も台無しである。どんなにいい資料を作っても、どんなにいい企画を示しても、最終的には信頼関係。築き上げたあとで、何もかも自分の性格を把握してくれている人が相手ならまだしも、そうでなければ損をするのは自分である。
 声のトーンが少し低く、喋り方もゆっくり、しかもそれほどイントネーションに差がないとくれば、それはもはや冷めているように見られても仕方がないだろう。初対面の人であっても、以前からの知り合いであっても同じである。以前からの知り合いの方が余計冷めているように思えるかも知れない。
「あなたはさぞや潔癖症なんでしょうね」
 商談の時に言われたことがあった。
 相手の人も雰囲気的に同じようなところを持った人だと最初から意識していたが、その言葉で初めて潔癖症なところだと気付いた。年齢的には五十歳にまでは達していないだろうが、確実に四十歳は超えているように見える。肩書きも「課長」となっているので、貫禄を持って見られているのではないだろうか。
 同じものを持っている人は、自分のことは分からなくとも、人のことはハッキリと見えてくるものである。今までに沢木も同じようなことが自分自身にあったのを思い出していた。
 沢木の商談相手にしては少し歳を食っている方だ。ほとんどが三十代前半のそれほど年齢的にも変わらない人が多いので、ある意味商談もやりやすい。雑談でお互いのコミュニケーションを図ることができるからだ。だが、課長は年齢が離れているからといって、相手が「若僧」というイメージで見ているようには思えない。どちらかというと優しい父親のような目で見られているように思えるだけに嬉しく感じるのだ。
 失礼があってはいけないと思う。それだけに余計に考えながらの話にもなり、他の人にはない緊張感を持つのだ。しかし自分ではその緊張感は悪いものではなく、むしろ心地よいものに感じられる。それだけ成長したのだろう。
 とにかく商談の時は迷わず自分や、自分の作成した資料に自信を持つことにしている。そうでないと言葉すら出てこないからだ。
「いつも頭の中で何かを考えているのは悪いことではないが、時々気分転換をしないと自分で自分を苦しめるだけだよ」
「はい、分かりました」
 本当に沢木のことを理解しているようだ。
 ある日商談を済ませていつもの道を駅へと向かっていた。いつも通る道は途中工事中で、少し遠回りを余儀なくされたのだが、国道沿いの大通りに出るので、久しぶりに本屋に寄ってみようという気になった。
 国道に出る頃には、もう日が暮れていて、車のヘッドライトが眩しかった、少し小雨が降っていて、すでに路面に光が反射していた。
 天気予報をあまり信じる方ではないが、それでも降水確率が高ければ傘を持って歩くようにしている。その日は正解だった。
――ちょうどいい、雨も降ってきたことだし、本屋でゆっくりしていくとするか――
 そう考えながら本屋へと向かった。
 国道沿いの本屋なので、それほど専門的な本は置いてないだろう。だが暇つぶしにはなるはずだ。
 入ってすぐのところに地図や旅行関係のガイドブックなどが、ところ狭しと置かれている。
――あれだけ学生時代によく旅行に行ったのに、最近は行かなくなったな――
 そう感じながら適当に手に取って見たのが北海道だった。
 北海道には行ったことがなかった。テレビドラマなどで見る程度で、行ってみたいと思うことはあるが、本当に行こうと計画を立てたことはなかった。もっと近場で行きたいところがたくさんあったからだ。
 同じお金を使うなら、近場でいろいろ見てみたいと考える方である。堅実というのだろうか。人からは、
「安物買いの銭失いって言葉もあるぞ」
 と言われたこともあるが、苦笑いをするだけで、返答はしていない。言われてもピンと来ないからだ。
 この場合も無意識に比較しているのだろうが、その比較対象が自分にはピンと来ないだけなのだ。
 手に取った本を見ていると、目の前に広がる大平原、さらには、果てしない地平線の向こうに沈む夕日を見つめている牧場の様子などが写真に収められている。いかにも旅行者にはたまらない写真なのだろう。どうして今までピンと来なかったのか分からないくらいにその時の沢木は見とれていた。
 見取れていたのは、その雄大さにだけであろうか? いや、よく見るとその光景には見覚えがあったのだ。いつだったか覚えていないが、夢で見たような気がして仕方がない。今沢木は夢の世界へと誘われているようだ。
 夢の世界を思い出して陶酔することなどなかった沢木にとって、写真を見ている自分が本当の自分なのか分からなくなりかかっていた。元々夢を見ている時でも、見ている自分と夢の中の主人公である自分が別なのだという意識がある。夢の中で繰り広げられる舞台は、本当に自分のために用意されているのだろうか? それ自体が疑問なのである。
 それだけに夢の世界がまるでテレビドラマのように思えてならない。
――まるで他人事――
 確かに潜在意識が見せるものなのだろう。会いたいと思っている人が夢の中に出てくることもしばしばあった。しかし、実際に会っているのは自分の姿をした「主人公」なのである。意識は外にあって、ドラマを見ているだけの「視聴者」に過ぎない。少しは夢の中で自分の意識が働いているのだろうが、どこまで影響力があるのか分からない。そんな世界も気がつけば終わりを告げている。しかもいつもあいまいなところで……。夢とはかくも不思議なものである。
 学生時代の彼女に、
「私一度北海道へ行ってみたいの。今度行くのよ。おみやげ何がいい?」
 と言われて、
「何だっていいさ、あまり知らないからな」
作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次