短編集35(過去作品)
Y字路
Y字路
離婚してから三年、今までに出会いがなかったわけではないだろう。
――出会いなんてどこにでも転がっているさ――
と離婚してすぐに感じた思い、ここまで簡単に割り切れる自分が気持ち悪かった。
里山勝也は離婚をそれほどにしか考えていなかった。
「離婚は結婚する時の何倍も体力を使うものだよ」
と離婚相談した相手である先輩も離婚経験者である。先輩はそれからしばらくして他の女性と知り合い、今は幸せに暮らしている。見た目ほど幸福とはいえないかも知れないが、アドバイスの的確さは今の幸せを物語っているようで、羨ましい限りだ。
「別れた女が嫌だったわけではないんですけど、それほど離婚に際して実感がないんですよ。どうしてなんでしょうね?」
子供がいないことも一つだが、お金のことで揉めることがなかったのが幸いだった。
「普通は小さなことでもお金で揉めるんだけど、お前の場合は幸運だったな」
先輩の言葉には重みがある。子供が三人、そして離婚の原因が先輩の浮気にあるのだから、お金だけに限らず揉めない方がおかしい。先輩は根気よく、そして何よりも誠意を持って離婚に望んだのだろう。大して揉めることはなかったようだ。
今までにも離婚に限らず相談していた先輩であるが、最近はご無沙汰だった。勝也自身先輩に相談するような変化があるわけではない。あまりにも平凡すぎて、自分が分からなくなりかけているくらいである。
離婚してすぐはそれこそ、いくらでも出会えると思っていた。結婚をしていたから他の人を好きにならなかっただけで、一人になればわだかまりもなく女性と話ができると思ったからだ。
結婚している頃は、他の女性と話すことに違和感はなかった。ただ女房がいるということで、
――これ以上仲良くなってはいけない――
と思うが、別に欲望を抑えていたわけではない。世間話を普通に楽しめた。
相手も自分が既婚者ということで警戒心も薄かったのだろう。友達感覚で話ができて、
「まるでずっと前から知り合いだったような気がしますね」
などというセリフも自然だった。
離婚して女性と知り合うたびにそのセリフが口から出てきた。自分では自然なつもりでいたが、相手はどうだったのだろう。その時の相手の表情が少し硬くなったのを何度も見ている。警戒していたに違いない。
口説き文句というのはタイミングが問題だ。一度結婚していて、お互いに何もかも分かり合っていた仲だと思っていた女房とのことが頭に残っているだけに、どこかぎこちなさが出てくるのだろう。
今までに口説き文句のタイミングの悪さで、せっかく仲良くなりかけた相手と別れるきっかけを作ってしまったことも何度あったことか。
そのうちに知り合うのが怖くなってくる。怖くなってくると、さらに面倒臭くも感じてくる。出会いがないのも当たり前だ。煩わしいことが嫌になってしまうのだから出会いもない。仕方がないで片付けてしまっていいのだろうか。
――笑顔を忘れてしまったかのようだ――
煩わしいことを嫌うようになると、仕事のことだけが頭に残ってしまう。元々仕事人間になるのが嫌で、
――仕事よりも家庭――
と思っていた勝也である。そのことを妻はどれだけ理解していただろうか。
離婚の原因は今でもハッキリとしない。
「性格の不一致、考え方の相違」
という漠然としすぎている理由。納得できるわけはなかったが、先輩に相談すると、
「今一番多い理由だよな。きっと奥さんにもハッキリとした理由が分からないんだよ。耐えられるだけ耐えて、そして出した結論じゃないのかな?」
理由が漠然としているだけに、女房も苦しんだに違いない。しかし、夫の立場からすれば、
「それならそれで最初から相談してほしい」
と言いたくもなる。だが、結婚してからずっとツーカーの仲で何事も会話しなくとも分かり合っていたと思っていた二人である。今さら相談もできないと言われれば納得するしかないだろう。
仕事よりも家庭が大切だという思いは、裏を返せば、
――家庭のために僕は働いているんだぞ――
という気持ちがなかったとは言えない。押し付けに近いものが勝也の中にあり、勘の鋭い女房がそのことに気付かないはずもない。
――夫なんだから、それくらいのことを考えても当然だ――
結婚というのはそういうものではないだろうか。
結婚当初、妻は分かってくれていたはずである。仕事を家庭に持ち込みたくないと口に出して話した時、
「大丈夫よ。私はあなたの力になりたいんだから」
と言っていた。その言葉をそのままストレートに受け取り、知らず知らずに甘えていたに違いない。
離婚するまではさすがに悩んだりした。しかし、実際に離婚してしまうと気持ち的にはアッサリとしたものだった。結婚した頃のことを思い出さないわけでもなかったが、それよりも、目先の苦しさから逃れられたことへの安心感の方が強かった。
――今度こそ失敗しないぞ――
と心に決めたが、失敗という言葉をその時は深く考えていなかった。
失敗ということは、自分が結婚生活の反省をしっかりしなければいけないということである。しかし、離婚して感じたことは、
――自分が悪いんじゃない。向こうがわがままだったんだ――
という思いだった。だからこそ、すぐに付き合う女性が見つかると思っていたのだし、それほど寂しさを感じることはないと思っていた。悩むことから開放されたはずだったのだ。
転がっているはずの出会いだったが、なかなか女性との出会いはなかった。離婚して三年が経つが、今までに付き合いに至りそうだったことといえば一度くらいだっただろうか。
あれは離婚して一年が経とうとしていた頃だったように思う。相手は同じくらいの年の女性で、結婚経験はない人だった。勝也の性格からして、知り合った人には自分のことを一番最初にほとんどのことを話してしまわないと気がすまない方である。当然離婚経験のあることはすぐに話していた。
途中で分かって相手に嫌な思いをさせるのが嫌なのと、勘の鋭い女性であれば、すぐに勝也の態度から離婚経験があることくらい気付くと思ったからだ。
勝也は考えていること、わだかまっていることがすぐに表に出る性格らしい。よく友達にも言われてきた。
「私、離婚経験のあるなしなんて気にしませんわよ」
と言ってくれた。心の優しい女性だということはその一言でも分かる。
一緒にいて久しぶりに楽しい気分にさせられた。デートというとドライブがほとんどで、綺麗な景色の見れるところを好む彼女にナビゲータをさせ、ハンドルを握っていると、自然と楽しくなってくる。
楽しければ楽しいほど、思い出すのは別れた女房とのデートだった。彼女に悪いと思いながら思い出している勝也の気持ちを彼女は分かっているようだ。楽しいはずのデートで会話が少しずつ減ってくる。これも勝也の性格である。口から出てくる言葉は、別れた女房とのデートの時に発した言葉がそのまま出てきそうで、それを嫌ったのだ。
――自然消滅――
しばらく彼女からの連絡が途切れていたので、一度勝也の方からメールしてみた。
「今度、いつ会えるかな?」
作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次