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短編集35(過去作品)

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 鍵を回して扉を開けても、中から返事があるわけではない。しかも真っ暗な部屋の中から這い出してくるのは冷たい空気で、廊下を見つめると、果てしなく続いていそうな暗闇が、あたりを支配しているようで気持ち悪い。
――誰もいない家の玄関がこれほど気持ち悪いものだったなんて――
 今さらながらに思い知らされた。明かりをつければ暖かさが戻ってくるような気がしたが、それは甘かった。幾分か違うが、なまじ明るいだけに、却ってゾクッとした寒気が私を襲う。部屋に入って最初にしたことは暖房をつけることだった。
――誰かがいてくれることが、これほどありがたいことだったなんて知らなかった――
 父は母に、今私が感じていることを感じたことがあるのだろうか?
 咄嗟に母の顔が浮かんできて、まるで自分が父になったような気がした。昔の家だとマンションのような暖房効果もないだろうから、誰かがいないと今私が感じた以上の寒気を感じるに違いない。しかもストーブを入れたとしてもしばらくは暖かくなることはない。
 出張先などのホテルで感じたことはあるかも知れないが、自分の家で感じるのとでは明らかに違う。父の若い頃の顔が浮かんできそうだった。
 昔の写真が無性に見たくなったのは、そんな時だった。
――死んだ人のことを悪く思うのはよそう――
 と感じたのである。
 クッキーの箱を開けてみる。久しぶりに明けるクッキーの箱には重たさを感じ、押入れの中が湿気ていたせいもあるのだろう。ゆっくりと出してきて、リビングのテーブルの上に置いた。
 このクッキーの箱を開けるのは三回目である。
 母に最初に見せてもらった時、そしてここに引越してきてすぐ、茜に見せた時。そのどちらも押入れの前という暗いところで開けたので、明るいところで見るのは初めてだ。しかも必ずそばに誰かがいて一人で開くのも初めてである。
 ふたをとってテーブルの上に置くと、金属の乾いた音が静かな部屋に響いた。暖房はだいぶ効いてきていて、寒さは感じなくなってきていた。それどころか、背中に汗を掻くほど、暖かくなっている。額を触れば、少しだけ濡れている。
 綺麗に整理して置いてくれていた父とは違い、引越しなどがあったせいか、ふたを開けるとバラバラに入っている。
――父の几帳面さを今さらながらに思い知らされたな――
 束を箱から出しながら、そう感じていた。やはり美的感覚に共通点はあるのだろうが、それを生かすか生かさないかは、元々の性格にあるのだろう。几帳面が板についていた父とは違い、私はかなり大雑把な性格で、少々散らかっていても気にならない。いや、散らかっていない方が、気持ち悪いくらいなのだ。
 今でも何がどこにあるか分からない。茜にすべてを任せているので、薬を直してある場所すら知らない状況だ。
「本当に楽しそうな顔をしている」
 一枚一枚確認しながら見ているが、私の記憶にある怖い父の顔は一つとしてない。
――自分の記憶が間違っているんじゃないか――
 と感じてしまうほどで、二度と見ることのできない父の顔、それは怖い顔も穏やかな顔も同じである。それだけに、私のこれからの父への記憶は、きっとこの写真が作っていってくれることだろう。穏やかな父しか私の中に残らない。それでいいのだ。
「おや?」
 よく見ると、下の方に封筒が見つかった。
「どうして今まで気付かなかったのだろう?」
 と感じたが、その封筒は茜と一緒に開けた時に気付いていたような気もする。しかし、茜に見せた時は引越しの途中で、それどころではなかった。今は初めて見たのではなかったようにも感じている。
 かなり古い封筒で、昔の茶封筒が色褪せて、ところどころまだらになっているように見える。
 封筒を取った手が震えている。
 封がされているが、セロテープで止められているようで、よく見ると、それほど古いものではない。
「母さんが開けたのかな?」
 気がつけば自分でセロテープを剥がそうとしていた。
 封筒が古いわりにテープの粘着が強いことで、なかなか剥がれない。少しじれったさを感じながら、静かな部屋に胸の鼓動がこだましている。それが少しずつ早くなってきていて、期待と不安でいっぱいになっているのを感じる。
「ビリビリ」
 業を煮やした私は、ついにテープを剥がすよりも封筒の方を破いていた。
 中に入っているのは、写真であることは分かっている。それは一枚のようで、あとは紙が入っているようだ。
 写真を取り出す。
「あれ?」
 取り出したら裏側だったようで、真ん中あたりが光っている。どうやら、一度真ん中から破いたのを、後ろからセロテープで補修したようだ。
 思い切って表を向けてみた。
「これは……」
 そこに写っているのは二人だった。一人は小さな女の子で、もう一人はその父親……。
仲良く並んで写っている。そのちょうど真ん中あたりで破られているので、まるで二人の仲を裂いているように見える。
 父親は、私の父である。実にニコヤカで、私と写っている写真よりもはるかに嬉しそうな笑顔である。もちろん、今までに見たこともなく、想像の域を完全に超えている。
 そしてもう一人は、姉である。姉も実に楽しそうな顔で写っている。今までの写真で見た姉の写真とはまったくの別人に感じる。
 一枚の紙を取り出してみた。
 やはりそこに書かれているのは、父と姉の写真であった。手紙の内容を読んで私はしばし驚愕で動けなくなった。
 手紙の筆跡に見覚えがあり、その大きくがっちりとした男文字は明らかに父のものだった。
 そこには父と姉の血がつながっていないことが書かれていて、それを知った時の父の憤慨、そしてその矛先はもちろん、母に向けられたこと、さすがに姉に対しては手を出していないことが書かれていた。しかし、幼い娘に手を出してはいけないという気持ちと、自分の娘ではないという憤りが、母に向けられるだけでは、とても自分の中で消化できるものではなかったようだ。その時の父の精神的な苦しみが、その手紙には書かれていた。
 写真を破ったのは父である。手を出せない苦しさから、一緒に写った写真を引き裂いたのだろう。だから、父と姉の一緒に写った写真が極端に少なかったのだと、手紙を読みながら咄嗟に感じた。
「どうして、そんなに許せないことなんだ?」
 私は結婚したばかりで茜のことを信じている。もちろん、そんなバカなことがあろうはずないと思っている。
 父も母に対して同じことを感じていたはずだ。当然、結婚したからには、相手を愛し、お互いに偽りのないことを感じていたはずなのだ。特に厳格な父である。
「裏切られた」
 と感じた気持ち、分からなくもない。
――父の厳格さに異常なものを感じていたことで、私にも何となく分かっていたのかも知れない――
 幼児虐待する父の夢、これは真実に近い夢を見ていたのだ。たまにしか見ない夢だったが、今思い出すと、写真の女の子とダブって見える。
――父の無念を自分が夢で見るなんて――
 何とも言えない気持ち悪さを感じ、ただ、溜息をついた。
作品名:短編集35(過去作品) 作家名:森本晃次